第74話 見えなくて(4)

斯波は、はあああっとため息をついて


「おまえは幸せだよなあ、」


と言ってみた。



「え? そうでもないですよぉ。 毎日、生きることに必死ですから。」


この


おなかの底をくすぐられるようなおかしさは何なんだろう。


コイツを事業部に呼ぼうと思った


志藤さんの気持ちがほんの少しだけわかるような気がした。


利口なヤツだけが


仕事ができるわけじゃない。


そういう次元を超えた人間が


こういう会社の中では必要なのかもしれない。



そう思ったら


また顔が緩んで


笑ってしまった。




もうすぐ仙台に着くころだった。


「おまえ・・ほかの女のこと付き合う気持ち、あるの?」


斯波は八神を見た。


「え、」


「今はないとしても・・そういう出会いとか求めてる?」



うーん



八神は必死に考えた。


「彼女がおまえのキープだけの存在だとしたら、それは失礼な話で。 この先おまえが好きな女の子ができてつきあうことになったって、彼女のことをポイするようなことだけはしちゃいけない気がする。」



斯波さんて


普段が無口なだけに


いちいち言うことが心に響くなあ。



八神は


そんなことを考えたりしていた。


八神は自分の心に問いかけた。



美咲が上京してくる前の自分と今の自分。


合コンに行ったり、彼女が欲しいなあってずっと思っていた。


マユちゃんとのこともあって


わけわかんなくなっちゃったけど。


でも今は


前ほど別に女の子との出会いとか


望んでない気がする。


ていうか


考えられない。




この気持ちは


目からウロコだ。



てことは?


おれ、美咲をその対象として考えてるってこと?



自分で自分にびっくりした。


一緒に食事をしたり、映画を見たり、ショッピングをしたり、テレビを見て笑ったり。


そういうことをする女の子は


美咲しか考えられない。



え? なに?


じゃあ、今おれ


美咲のこと彼女扱い?


あんなに気持ちは否定しておいて?


なに? おれ・・・



斯波はものすごく悩み始めてしまった八神を見て


「もうすぐ着くぞ。 荷物、」


と遠慮がちに声をかけたが、


八神は石のように固まったままだった。




仙台で来年はじめに行われるオケのコンサートの打ち合わせを終えて、翌日の午後にはもう東京に戻ってきた。


「ただいま、」


斯波が直接出社すると、


「おつかれ。 八神は?」


南が言った。


「コンビニ寄ってくるとか・・」


「どうせ、マンガとお菓子買ってくるつもりやろ、」


志藤も新聞を読みながら笑った。


「あいつのガキ話につきあわされてたいへんやったろ、」


「は?」


「前に八神と出張行った時さあ、だいたいゲームとマンガの話やったもん。 子供かって、」


「ま・・いちおう恋の悩みの話とかでしたけど、」


斯波は苦笑いをした。


「え? 美咲ちゃんのこと?」


南は興味津々丸出しで身を乗り出した。


「まあ、彼女のことで悩んではいるようです。 おれになんか言ってもしょうがないのに。」



そこに八神が


「ただいま~。」


と普通に戻ってきた。


志藤と斯波と南は思わず彼のレジ袋に注目すると、やっぱりマンガ雑誌が2冊も入っていた。


それを見て二人は吹き出した。


「え、なんですか?」


二人の反応に八神は暢気に言った。


「なんでもね~。 後で出張報告出しといて。」


志藤は笑いながら部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る