第41話 勝沼(3)

みんなが楽しそうに飲んで騒いでいる中、八神は一人美咲の家の隅でボーっとしていた。


そこに置いてあるベンチにゴロっと寝転がって夜空を仰ぐ。



きれいな


まあるい月がぽっかりと


出ていた。



かわんねーな。


こうしてると。


ここでの景色も


なにもかも。



「もう、暗いじゃん、」


美咲がワイングラスを手にやってきた。


「え~?」


面倒くさそうに生返事をした。


「慎吾、ここで寝っ転がるのが好きなんだよね。 ここで昼寝しててさあ、気がついたら夜だったりすることもあったじゃん。」


美咲は笑う。



彼女の笑顔が


いちいち


心に染みる。



「美咲、」


八神は寝転がって月を見たまま


「おれ、つきあいたいって思う子がいる。」


ボソっとそう言った。



「え・・」


彼女は小さな驚きの声を出した。


「・・ごめん、」


もうそれしか言いようがなかった。


美咲はしばらく黙った後、


「・・どういう、人?」


小さな声で言った。


「オケにいた時のメンバーの子。 おれより4つ年下で。 ヴァイオリンやってるんだけど、ちょっとわけあって今はオケやめちゃって。 今、ちょっと壁にぶつかってて。 ヴァイオリンにすっげー自信なくしてて。 ほんとはすごく才能のある子なのに・・。 何とか今度出るコンクールに出ていい成績を残させてあげたくて、」


八神はのそっと起き上がった。



美咲は何も言わなかった。



しばらく二人は何も言わずに、庭の小さな池の水面に映る満月のゆらぎを見つめていた。


八神はポケットからタバコを取り出して口にくわえる。


「慎吾が・・タバコ吸ってたなんて知らなかった、」


美咲はポツリとそう言って少しだけ微笑んだ。



「え? そうだっけ?」


「前は喉に悪いからって・・吸わなかったし。 なんかほんとに慎吾、オーボエやめちゃったんだって、感じで。」


「ん、」


「あたしの知らない慎吾みたいで、」


美咲は寂しそうにそう言った。



また少しの沈黙の後、


「その・・コンクールっていつなの?」


美咲は八神を見た。


「え? 9月の頭・・」


「そう。」


それを聞いてどうするのか


八神には全く彼女の気持ちがわからず。



「さっきのチキン、すっごい美味しかったね。 今度作り方教えて。」


彼女は


いつもと同じだった。



結局、酒を飲まなかった八神は車で何度か往復してみんなをホテルに送り届けた。


美咲の家に戻ると彼女はまだ後片付けをしていた。


「遅くまで、ごめんな。」


八神もそれを手伝う。


「え、いいよ。 楽しかったし。 なんかあたし社員じゃないのに普通に混じっちゃった。 みんなホントいい人たちだよね。」


いたずらっぽく笑う。


「美咲も、仕事、頑張れよな。」


ボソっとそう言った。


「うん。 慎吾にもできるんだからあたしだって東京で一人暮らしできないわけない!」


いつもの自信満々の美咲だった。


「絶対、泣くからな。 おまえなんか。 寂しくて。」


八神もそう言って笑った。


「泣かないよ。 カミナリきても我慢する。」


「コドモか?」



こうして話をしてると


何も変わりがないように。


美咲との関係も


すべて


なかったことになっていくようで。




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