第22話 揺れて(4)

いつの間にか

カミナリはどこかへ消えた。



あー。

やっちゃった・・。



八神はうっすらと明るくなってきたカーテンの向こうの光を見た。


ベランダに出てタバコを吸った。



もう

ウソみたく雨があがって。

ぽたぽたと雨雫が音を立てて。



そうだ。

この前のときも

ほんっと

すっげー

ヤな気持ちだった。



すっげー

悪いことしちゃったような気がして。



そのあと、しばらく美咲の顔を見られなかった。


いや

美咲の父ちゃんや母ちゃんや。

大きく言えば

ウチの家族にさえ

申し訳ない気持ちでいっぱいで。



ベッドに丸く布団を被ってスヤスヤと寝息を立てている美咲を見た。


あ~~!

どーする!

おれっ!!



八神は頭をかきむしった。




八神が作った朝食を食べながら美咲は


「あたし、やっぱり部屋決まるまでホテルに泊まる。」

突然、そう言い出した。


「え?」


「もし、仕事決まらなくても。 貯金で当分は何とかなるし。」

と明るく言うが、


「・・仕事決まってない人に部屋貸してくれないよ。」

八神は現実をつきつける。


「え! そうなの?」


「前におれの音大の時の友達、プーになっちゃって。 新しく部屋借りなくちゃならなくなったとき、すっげー苦労してたもん。 やっぱ定職がないと貸すほうも嫌がるよ。」


「え~~、どーしよ。」



ここにいれば?



そう言いかけたが、やっぱり自分の心の何かが邪魔をする。



そして、


「あ、そうだ。 ウィークリーマンションは? あれなら敷金礼金いらないし。 この辺ならけっこう安いトコあるかも、」

思い出したように言った。


「ウィークリーマンション?」


「それなら家具も備え付けだし。 当面はいいんじゃない? 今日、ネットで探してみる。 昼休み電話するよ。」


「・・ありがと、」

美咲はニッコリ笑った。


半ば意地のようになっていた彼女が

なぜ急にここを出て行くと言い出したのか。

その理由を聞くのが怖かった。



「おれさ、」


八神はボソっと言う。


「え?」


「おまえのこと・・都合のいい女にしたくないんだよ、」



うまく言葉にできないけど

もうそれしか言いようがない。


「慎吾、」


「ごめん。 ほんっと、考えられない。 でも、美咲が東京で頑張ってやっていきたいって気持ちはわかるし。おれでできることなら、協力したい。 美咲は一人暮らしなんかしたことないし、ちょっと心配だから。 ウチの近くに部屋、借りてもいいし。 だけど、」



八神はもう自分で何を言っているのかわからなくなる。

美咲はそんな彼の気持ちが

痛いほど伝わり、



「もういいよ、」



ふっと笑った。



「え?」



「わかった。 もういいから。 慎吾が困ることは、しない。」


「美咲・・」


「慎吾は高校のときから、ここを出て東京に行きたいってずっと言ってたもんね。 あたしは大学も地元だったし、就職だってウチの会社に就職しちゃったし。 なかなか踏み込めなくて。 でも、どこかでうらやましかったんだと思うよ。 慎吾のそばに行きたくて、出てきちゃったけど、今は東京で仕事して頑張って暮らしたいって。」


彼女は落ち着いた笑顔でそう言った。


「ん・・」


八神は小さくうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る