4話 討伐者と美女
4-1.加入
少し前のお話。
セノン・ラグウェルは宿屋で一人とても困っていた。思わず頭を抱える。
「どうしよう…」
討伐者として自分を鍛えてくれた、とても頼りにしていた年上の青年が、実は女性なのだととつい先日に本人の口から告げられてしまった。
絶対嘘だと信じようとしなかったセノンだったが、証拠を見せられては信じるしかなかった。びっくりしすぎて死ぬかと思った。
衝撃のあまり昨晩なかなか寝付くことが出来ず、セノンの頭は今もどんよりと曇っている。
今日は個人的な用事があるとかで、セノンが起きてからカイオは出かけていた。
ひとまず顔を合わせずに済むのはありがたかったが、これからどう接していけばいいのか分からない。
また明日から二人きりで旅をするのだと考えると、途端に胃が重くなる。
この町の宿は幸い別部屋だった。
だが、以前も何度もあったような二人きりでの同室宿泊が生じる可能性を考えると、セノンは気が気ではない。
さすがに女性だと明らかにした以上カイオもそのような事態は避けるはずだが、可能性を考えるだけで怖くなってくる。
さんざん悩んだ挙句、セノンは宿から出てある場所を目指すことにした。
(カイオ、怒るかな…でも、やっぱりこのままだと…)
セノンが悩みながらも一人で訪れたのは、討伐者組合の施設だった。
討伐者に対し、仕事や魔獣の情報、そして討伐者仲間を斡旋・提供する場所だ。
その幼い容姿のために周囲の討伐者たちにじろじろ視線を向けられながら、窓口へと向かう。
「あの…すみません」
「おや、どうしたんですか?君みたいな少年がこんなところに来て。魔獣討伐の依頼?」
緊張しながら話しかけた受付の職員は、セノンを見てそんなことを言う。
まあ、討伐者に見られないのは慣れっこだ。悔しいのは変わらないが。
「僕、討伐者です。セノン・ラグウェルといいます」
名乗りながら身分証明書を職員に差し出す。それを見て職員は驚いた。
「確かに。失礼しました、あなたがあのセノン・ラグウェルでしたか。本日はどのようなご用件で?」
「…僕のパーティに参加してくれる人がいないか、探してるんですけど…」
◆
「…それで?この方はどなたですか、セノン様?」
街中で、一旦用事を終えたということで戻ってきたカイオ。
しかしセノンと合流すると、その傍には一人の男性が立っていた。
「えっと…この人は、今日から僕らのパーティに参加してもいいって言ってくれてる人で…」
「ラケイル・ゴードンってものです。よろしく!従者殿!」
にこやかに笑いかけながら、男性はカイオに対して手を差し出した。
カイオはその手を取り、握手に応じながら男性を観察する。
年はおそらく二十代後半で、カイオよりもかなり身長が高く、筋肉の付いたがっしりとした体つきをしていた。
身に着ける分厚く頑丈な皮鎧は各所を金属板で補強しており、重そうだが動きやすさと頑丈さを両立している。
腰に下げた刃の分厚い斧も背の円形の盾も、カイオには振り回せそうにない。
顔つきは精悍だが粗暴さはなく、人好きのしそうな笑みを浮かべている。
まるで人懐こい大型犬のようだ。
「やっぱりさ、二人だけだとこれから戦力的に厳しいかと思って…ちょっと探してみたら、ラケイルさんなら今日からすぐ来てくれるってことだったんだ。それで、まずは一度カイオに会って貰おうと思ったんだけど…」
セノンは、緊張しながらカイオにそう説明する。悩んだ挙句に導き出した解決策がこれだった。
本当は事前にカイオに相談してから動こうと考えていたのだが、昨日寝付けなかったせいで今朝寝坊してしまった。
そのため話が出来ず、結局このような事後承諾になってしまった。
「今日を逃して明日になると仲間が見つけられないかもしれない」と、冷静さを欠いた頭で焦った結果だ。
「なるほど」
「ラケイルさん、すごいんだよ。討伐者を十年近くやってるベテランで、たくさんの魔獣も討伐してて、組合からの評価も高くて…」
「いやいや、やめてくださいよセノン君。たいしたもんじゃありません」
カイオに受け入れてもらうべく、施設で職員から教えてもらったラケイルの有能さを説明する。
するとラケイルは、大げさな身振り手振りを交えて朗らかに謙遜する。
その様子からも、身のこなしに隙が無いことが容易に見て取れた。
言葉とは裏腹に相当に腕が立つことが伺える。
「そうでしたか。素晴らしい人が加入してくださるようで頼もしい限りです。よろしくお願いします」
「こっちこそ有名な『希望の勇者様』のパーティに加えてもらって光栄です。どうぞよろしく!」
破願したラケイルに対し、カイオはいつもの薄い笑みを見せる。
(よかった…)
想像していたよりもずっと穏やかで順調な展開に、セノンはほっと安心した。
カイオに黙ってメンバーを加えようとしたことに一言あるかと思ったが、そんなこともなく加入を拒否もされなかった。
今日はもう時間も遅くなってしまったためこの町にもう一泊し、明日から町を出て討伐を再開することとなった。
ラケイルの加入は実質そこからだ。
その後ラケイルと別れて宿に戻り、二人きりで話す機会があってもカイオはラケイルのことについてとやかく口出しはしてこず、いつも通りだった。
これで明日から多少は安心して過ごせると、一息ついてセノンはすぐに穏やかな眠りについた。
◆
ラケイル・ゴードンは酒場で一人酒を飲みながら浮かれていた。
理由はもちろん、明日から参加することとなったパーティだ。
ラケイルはこの町で長期間過ごしており、馴染みになっていた宿も酒場もある。
わざわざパーティに合わせて宿の移動もせず、今日は一人で最後の酒盛りを楽しんでいた。
酒場にたむろする馴染みの同業者に今日のことを自慢し、羨みややっかみの声を心地よく浴びる。
中には殺気すら漂わせた強烈な妬みの視線も混じっていたが、どうせラケイルより強い同業者はこの町には存在しない。
その殺気すらラケイルをいい気分にさせてくれる。
(実力はついたがいまひとつ名声が得られてなくて、不満だったんだ。このタイミングで人気者のパーティに潜り込めるのはありがたい)
酒を勢いよく煽りながら、気分よく考える。
(少し一緒にいた感じ、勇者はまだまだガキだし従者も今一つひょろくて頼りねぇ。両方とも魔法は達者だって話だが、うまくやれば俺がパーティの中心になることも十分狙えそうだ)
自分が成功して名声を得、いい女やいい酒を望むままに手に入れる姿を想像し、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
昔は一笑に付す夢物語だったが、ここまでくれば決して手の届かない夢ではない。
その時、背を向けていた酒場入口の空気がざわりと騒然となったのを、ラケイルは感じ取った。
何事かと首だけで振り返り、胡乱気な視線を向ける。
すると、酒場に今まで見たこともないような美女が入って来ていた。
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