5月19日 異世界を旅する地図


 先生から来た仕事というのは、漫画原作を一緒に作る仕事だった。これまで受けていた仕事は、先生の作ったものに対する感想や、あらすじの書き換えなどごく簡単なもので、先生とのやりとりが増えた時「そこまで関わるのなら。土台が自分のアイデアで、作ったものを精査して書き換える変更を繰り返すなら、共同著作ということに」となった。


 先生はありとあらゆる物語を書いておられたが、俺たちが見抜いた骨子をびいを呼び込むことで変えてみようという意図がきっと先生の中にあったのだろう。


 終わってしまった今、俺たちの中にも、先生の中にも、苦い気持ちが残ったかもしれない。その理由は端的に言えば「愛の欠落」と言えた。


 俺はともかく、びいも先生も、その深い谷間を挟み、きっとお互いが被害者のような気持ちになっていた。この図式は、これまでの生まれ変わりで嫌という程繰り返してきたものだったため、今回も単に同じ轍を踏んだだけだ。


 びいは30日の間、脈絡のない異世界の情景を語り続けた。先生は「僕は別に面白い売れるお話を作りたいだけだ」と言った。でも霊感などないし、異世界を実際に旅することなどできない、と。びいは違った。どんどんどんどん、目の前の情景を語る。俺は、これを繰り返させるとまずいと感じ始めていた。びいが幼い頃に「わたし、気が触れた女の人の気持ちって、なんとなくわかる気がする」とマセたことを言っていた。びいの性質は嫌という程に「女」という気がした。


 俺はやめさせた方がいいと感じ始めていた。何よりも、寝たり食べたりできなくなるし、そのうちに目が痛い、と言い出した。先生にとって俺たちというのは、先生の立場を利用し、脅かすもののように、先生は感じている。


 そのことについて、なぜそんな図式になるのか。


 びいが異世界を読む、そのための鍵として、先生がいる、そのせいかもしれなかった。先生にまつわって、見えるものを読んでいく、おそらくそのせいだろう。


 びいは先生に王子様を助けてください、と言った。それはそれは、切実に。

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