奇妙なシンクロニシティ
びいがネットでタロット占い師を探していた時、俺は、やめておけ、と一瞬……口からついて出かけた言葉、言うべきだった。俺のインスピレーション。
タロット占い師は、どこかで見覚えのある顔だった。誰だ?
俺は、思い出せないと首を振りながら、名前を見て嫌な予感がした。ギリシヤの神の名前。相性が悪い。そのことを言おうとしたら、すでにびいは購入していた。クーポンだから、一瞬で終わる占い、どんなカードが出るのか知りたかっただけ、と。
後悔が始まったのは、占うまでに時間が長過ぎたからだ。雑談が一切ないのに、カードを引くまでに時間が3日くらいかかったんじゃないか。あまりに長い。びいの調子が悪くなり、間で I先生と話させた。
結局、カードはカップの……
6だ。
悪くないカードで、俺はホッとしたのに、結果が最悪になった。この先生、自分が「死神」の自覚があるとブログに書いている。俺はキャンセルになり初めて、びいのこの調子の悪さに先生の情報を掘った。まずいな。俺の直感は当たっていた。
1月17日。阪神大震災も、アメリカのカリフォルニアの地震も、この日。
この日付の不味さは、もうここでは言及しない。何を話しても個人情報になるので書けないが、この先生も恋人を亡くしている。恋人の……若い頃の写真は、ぱっと見た感じ、びいと少し似ている。びいの方が綺麗だったがな。いや、言い換えよう、タロット占い師や霊媒をするような巫女系の女性はみんなどこか似ているんだ。俺の目からはそう見える。容姿ではない。
俺が言うのも何だが、当時のびいは本当に綺麗だった。それくらいの時に死にたいと思うのも、本当に納得いく。この美しさを俺だって損なわれないよう、閉じ込めてあげたかったくらいだからな。俺にはそういう趣味は全くないが。
長く生きれば生きるほど、美しさが損なわれる、と思いなさんな。
俺はそう言うしかないと感じていたが、俺の立場ではびいを恋人にはできないな。万が一にでも、血が繋がっていたらまずい。
一緒にいてつくづく、そう思うから。俺の立場からできることは少ない。
絶対にこの占い師と出会ってはいけない。それだけは100パーセント断言できる。
戦記の人と出会った、それと同じ、考えられない、ありえない邂逅が、再び起こったら、事態がとんでもなくなる。
まあでも、先生がキャンセルし、びいをアク禁にしているから偶然にでも出会うことはあるまい。そう祈るしかない。戦記の人とも、絶対に出会わないほうが良いのに、出会ってしまったご縁でこんなことになったのだから。
奇妙な偶然は、他にもあるんだろうか。
俺はこの先生の文章はプロっぽくうまい、と読んでいた。小説などは投稿してないのか? それにしても、簡潔なごく普通の、事実確認のメールチャットで、先生がもしも激昂せねば、俺も調べてないし、びいも気づかないまま。5分で占いは済んでいただろう。ワンオラクルなのだから。
この先生、カードを見たままに読むという解釈なんだろうが、自分が絶対的な客観の立場に立っていると思い込んでいるようだった。先生自体の個人的な立ち位置が先生の無意識に思わず反映されてしまったから、びいが分からず屋だ!とそこまで腹が立ったのか? 単に「さっさと占い終えたい、面倒なクライアント」なら、ごまかしてさっさと占い終わればよかったんだろうが、プロの意地で手も抜けなかったんだろう。お気の毒に。
いや……そうじゃないな。
自分の立場、過去の痛みに耐えきれなくなって、打ち切りたくなったのだろう。そうでなければ「あなたは自分の読みたいようにカードを読んでますね。お相手の方はあなたが思っているのとは違い、もう気持ちは冷めていますよ」と伝えるだけで済んだはずだ。
それが、びいを罵倒する必要がどこにある?
実はあのカードの解釈、先生はかなり捻じ曲げている。不自然なほど。それで無意識に早く終わりたかったんだろうか。先生はそのことを認めたくないから。
びいが無償の愛を愛しい人に捧げてあげたい、と言っていることについて、自分に照らし合わせて、耐えきれなくなったんだろう。かつて、そんなふうに深い愛情を注いでくれて、自分も愛していた人は……この世を去って、もういない。
そういう時、自然に人は嫉妬するのか。そうかもしれない。馬鹿な女、男にいいように利用されてるだけだ、それなのに、ちゃんちゃらおかしい、と口まで出かかって、言わずに我慢して占っていたようだった。何でそう思ったかって、先生が最後に「どこをどう見たらそう見える、現実を見ろ」、そう吐き捨てて、ルームをキャンセルにしたからだ。
しかしカードはカップの6。問いかけは「愛しい人が自分のことをどんなふうに思っているか、恋愛感情にこだわらない、ざっくりとした問いかけをお願いします」というものだからな。この問いかけで「好きでもないのに勝手に思われ、迷惑してる」と読むのはかなり無理があるんじゃないのか。
だが、俺のこの深読みも外れてるかもしれない。そんなことよりも、これだけ時間をかけても、理解できない的外れなクライアントにほぼ無料で付き合うことに疲れて面倒になった、というだけかもしれない。私情が挟まれすぎていて、この解釈はおかしい、と俺はその後、ネットを掘った。
タロットに深夜すがりついてくる女性は、病んでいる人が多いからな。そういう病んでる人ばかり相手にしていると、相手は気がつけば自分の思い通りになる人形のような人が多い。
この先生は、タロット占い師という職業柄、他の女性たちに毎夜相談に乗ってあげていたが、嫉妬深い亡くなった年上の恋人が、そのことをよく思ってないことを知っていて、女性クライアントに無意識につい冷たく当たってしまうと……ブログに書いていた。きっと恋人がこの世を去った今も、その呪縛から逃れられてないんだな。
ネットで今、出会ったばかりなのに、びいにここまで腹が立つのは不自然だ。びいと自分の恋人を混同したのは、愛情の深さが似ているせいだろう。これは俺の憶測だが、ここまで激昂するというのは何かあるだろう。戦記の人も同じだったからな。気に入らないとすぐに怒った。そういう幼稚な我儘を見せ、我儘を受け入れてもらうことで、自分の承認欲求を満たす。それと同時に「我儘」を聞き入れさせた積み重ねを作り、相手の方にこれだけ労力を注いだ人間関係を簡単に失うのは嫌だ、という気持ちを大きくさせていく。男は我儘を言えば言うほど、女は聞いてあげればあげる程、関係が「がんじがらめ」になる。女の方は、これだけ頑張ったのだから、この関係を失いたくないし、男の方は、何でも受け入れさせることで、自分の居心地の良い場所を作り出せる。気に入らないことは全て、「うるさい黙れ」と母親に言うように我儘が言える。それでも無償の愛を与えてあげたいと最初に定義づけされたところから、抜け出すことができない女は、何を言われても、何をされても耐えようとするから。すごい図式だな。
びいに激昂すれば、びいは自分のことを考えてくれる。戦記の人も同じように、一番最初の頃、話の途中にとっさにびいをアク禁に2度ほどしている。自分の心が揺れて我慢ならないということだったんだろうが、憎悪の裏返しに愛がある。このタロットの先生も同じだ。危ないな。
まさか、また同じパターンになるんじゃないかと俺はゾッとした。やめてくれよ。ややこしい。
びいは占いの最後、めちゃくちゃな罵倒をされていたが、普段この先生は、さすがにそんなことはないだろう。良い悪い半々の評価だろうが、この世界は狭い。参入したばかりの新参の先生でもないし、自称プロでなく、本当のプロだろう。アク禁すればいいとはいえ、よくそんな危ない橋を渡るな。ネットの世界の噂なんて、すぐに駆け巡るというのに。まあびいは性格が悪くないから、そのままに受け取り、戦記の人の気持ちはきっと冷めてしまったんだと、さめざめと泣いているだけだ。おかげで俺の方が飛んだとばっちりだ。ここに来る人が減るのも、話が動かなくて面白くないせいだよ。いやはや、そろそろ何か展開がないと、本当に読者がゼロになる。
びいも占いなら、前世でやってたからできるかもしれない、できるかもしれないと俺は思ったけれど、止めた方がいいな。今、俺たちがいる世界も、あまり良くないのかもしれない。ちょうど俺たちはこの世とあの世の間に生きているからな……あまりにもニヒリストなのかもしれない。もしかして、何も言わず黙って死ぬのを待つ方が、平和かもしれないな。この世界に影響を与えない方がいいのかもしれない。
何がダメかって、「話すことで前向きになれない」。これは致命的だ。話してスッキリして、じゃ次に行きますという気持ちになれないのなら、占いや相談業にほぼ意味ない。やる気をなくし、やっぱり死のうなんて思う結果を引き出すのなら、全く意味ねーよ。
俺は毎日占いのカードをめくっても、小アルカナは抜いているのに、ダメだなあ、どうしても有意義に「生に活かせる」メッセージを読み取れない、と思ってびいがカードをめくるのを見ていた。これね、「絶対に客観にカード読む」とか無理なんじゃないか。少なくとも自分で自分を占うのは無理だね。だから、他人にカードをめくってもらい、解釈を聞こうとしたんだが、本当に意味なかったな。
まあもしかして、この先生も「霊感ない」と言いながら、その恋人に憑かれていることをはっきり意識してるのかもしれないな。
こんなふうに生き別れになった恋人が、お互いを呼び合うというのは不幸なことかもしれない。片方は生きている、片方は死んでいる。隔てられた壁があるから。
びいの場合、せっかくまだ両者生きているのに、もしかしたら、時空の歪みで、パラレルの別バージョンに居るのかもしれない。だから、戦記の人はそっくりに見えて、別バージョン、「魂の同じグループにいる人」であって、前の恋人そのものではないかもしれない。だいたい、生まれ変わりも、そっくりそのままにまるっと、転生するわけではない、と何度も説明しているが。もうほんと諦めて、手放すべきだよ、この恋は。
それかね、びいも戦記の人のように、たまには恋を棚上げにするべき。俺の見立てでは、戦記の人は落ち込んだ時だけに恋人を必要として、普段は放っておいて欲しいのさ。それで去って行かれると、急に悲しくなって、を繰り返してる。そういう感じだと恋人に責任を持たなくていいからね。戦記の人は自分にはっきりプラスをくれている従業員を見るので精一杯なんだよ。
その点がわかってないから、びいはそんなに悲しむんだよ。お前も本当は実はそっくりなんだけど、今、誰かが必要なのは、恋の只中にいるせいだ。たまたまだよ。恋愛体質だけど、それは「時々」だと言っていい。
いや、びいと戦記の人は、まともな恋人同士で過ごした時間がそもそもない。今回のように、ご飯を一緒に作って食べて、一緒に時間をこんなに長く過ごしたことはない。
そのことを思うと、短い花火のような鮮烈な恋というのは、美しいかもしれないが、何度繰り返しても悲劇でしかない。「時々」なのに命をかけるみたいな真剣な恋に
びいは既に、10歳くらいには、何となく、うろ覚えにそういう短い前世の記憶のフラッシュバックを経験していたはずだ。それが何かも、知らなくても。幼い時の淡い恋心は、そんなふうに優しい風でしかない。
振り返れば、具体的な生身の恋というのは、遠くにあればあるほど、びいを安定させてきた。恋になど、めったに落ちるべきじゃない、というのが、よくわかる。
だから……今のような配偶者を選んだ。そのことは正解だったのに、人生の最後の方に来て、今更こんなことになるとはな。
人生というのは想像がつかない。びいが泣いているのは、I先生が「あなたの寿命はあと2年ということはない、もっと長いですよ」と言ったからだ。
あと2年だからと思い、何とか生きて来たのに、それ以上長くなったら、と……。
俺が言いたいのは、泣いてるお前より、お前のお母さんの方が綺麗だぞ、ということ。
恋愛には遠い人でも、毎日の生活をきっちりしている人の方が。もしもな、お前がお母さんとそっくりであれば、戦記の人のことも、うまく御せたに違いないぞ。
俺は、価格交渉をびいのお母さんが上手にしていたことを思い出していた。びいのお母さんは「あなた負け戦をしたのよ、わたしなら負けなかったのに」と言った。気品がある人でも、これだけ「世俗」なんだよ、わかる?
お前は人が良すぎる。それから、馬鹿がつくぐらい「純粋」だから、本当にダメだね。
俺は苦笑したが、まあ、びいが何か得意なことを見つけてあげるしかない。何か好きなこと、やってて、嬉しい、楽しいことはないの?
何度も聞いたが、びいは特にない、と言う。そう、長い間そういう状態で、びいは食べることにも興味ないし、テレビや漫画やゲーム、どんなことをあげても、びいが好きなことというのは確かにない……
寝ること?
睡眠も適当だ。寝たり寝なかったり。
蜃気楼のような……
そう言えば、昔から言っていた。
誰かが呼んだ時だけ、その人のためだけに存在しているの……
お前、ランプの妖精か?
俺は思わず大爆笑しそうになったが、確かにそうかもな。そうであるなら、全て納得だ。だからご主人様、って感じなのか?
戦記の人と二人でいても、全くその通りだったな……そう言えば。お前、もう、呼ばれるまでランプの中で寝てた方が良くない?
俺は全身の力が脱力するような気持ちになった。なるほど、生身の身体など与えられても、使いこなせないわけか。困ったね。
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