第332話 俺をよく知るあいつの声


 俺はせっかくこれで、キリよくアテナイも終わりだな、と清々しかったのに、むしろ、周りから「混乱する!」と責められてうんざりしていた。


 いや信じなくていいから。俺は次を探すだけ。次のパズルのピース。


女性性、男性性を統合して円環になった後、どうするのか。次のステップだ。



 俺はがっかりしながら、他の奴らにはもうあんまり言うとややこしい、情報が得られるかと思って言ってみても、キチガイ扱いされるだけだ、たとえこういう特殊なワークショップでも、俺と同じ世界を見ている人はいないと、だからどうした、どうでもいい、次だ、と考えた。


 誰なら話がわかる?


 そう思った時に聞こえたのはあいつの声だった。


「岬、だから海外に出るなんて意味ないと言ったろう」


 俺はちょっと笑った。「確かにお前のいう通りだな。驚いたよ。あれだけの音を聞いておきながら、単にリラックスするだけかよ。感じないにもほどがある」


 俺は、飛び跳ねたり、すごい激しい動きが出るとまずいと考えてかなり自制して聞いていた。


 俺が前世で口寄せをしていた記憶ははっきりとはないが、正直、簡単だ。


 ああいうリズムで自分を自由に任せて降ろしてくるだけだ。ただ、乗っ取られないように気をつけるだけだ。


 俺は元々、シャーマンのはずだから、あの状況は懐かしくて、しかもああいう波長を持つ人の作った空間だから、まさか何かまずいということもあるまい。あの中にいた少なくとも4人はかなり波長が整っている先生レベルだ。俺の前に2人、先生が座っていたせいで、これがかなりシェルターになる、と俺は感じていた。まるでそこで音が吸収されるみたいになり、俺の座っていた場所は、ちょうどスポット的に「剥き出しのなま」の場所ではなかった。


 一人の先生は、横たわらずにじっと座っていた。その世界を楽しむというよりは、少し訝って見えた。何事も任せてしまうのは危険だから、俺もその姿勢は正しい気がした。俺自身、立って受けていたが、それは、何が出てくるのか、俺自身がもっと自由にいたかったせいだ。


 誰もいなければ、おそらく俺は、あの時代に生きた理想的な大きなソードを持った青年と同化していた。俺は、信じられないくらいに体温が上がったのを感じた。俺がこんなに高い体温で生きることはない。初めての体験に、他人の体を感じた。俺は、ここまで力強い肉体ということに、安心してそれから、自信を強めた。いつもこういう体で生きているなら。


 今の弱い、ひ弱な俺の体は、どこか冷たかった。Jさんも驚くほど体温が低い人だったが、体温だけの問題じゃない。Bは体温が高いが、無駄に何か溜め込んでいる。昔はそうじゃなかったが、Bは吸い込むだけ吸い込むフィルターのようだから、エバキュエイトしていかないと、自然にそうなるだろう。



 俺の波長はそう高くない、不安定だが、俺がマックスに理想的に生きた人間としてあの場にいれば、全く怖くない。結局のところ、結界を張るのも自然にそうなるということだ。俺は漲るエネルギーに、俺が高校生の時だって、ここまで気力と体がぴったりと沿ったことはない、と胸を張った。


 強くなるという体験は、本当に貴重だと感じた。常にこんなふうに生きるのなら、生死も全く超えている。俺を脅かせる存在は、悪魔でさえいない。


 その生命に根付いた強さというのは、本当に驚愕の体験だった。こんなふうに普通に生きていたら。この男は、女や金や、地位にも惑わされない。見ている次元が違うから。フォーカスを当てている場所が違うから、欲の魔の手が届かない。ないのと同じだ。


 それでいて、なぜ建設的に現実に生きられるのか。それは不思議なことだった。自然にこの現実世界と欲の鎖が切れてしまうと、肉体の中にしっかりぴったりと収まったままで生きることが難しく、肉体のメンテナンスをすっかり忘れてしまう。俺のように、寝たり食べたりというのを忘れると、肉体の方が悲鳴をあげてしまう。その点は疑問だったが、一つ学んだことは、自分さえしっかりしていたら、よこしまなものなど全く怖くないということだった。


 ただ俺は、そんな理想的な俺でいるということに慣れてない。世俗すぎるんだな。また、世俗で良いと思ってる。そこが違う。それはあの子と同じで、俺は、たとえ女性に生まれても、あの子のように理想的な人間には絶対になれないと感じていた。世俗というものと深く繋がったまま、その鎖を切ることができずにいた。


 俺は、あの子はどうなるのか考えた。さすがにあの子は俺ではない。外部のものだった。外部。


 俺はすぐ答えを見つけて、ため息をついた。神か。


 誰かが、あの子はそんな大それた存在じゃなかったさ、と言ったが、俺は即座に打ち消した。投影じゃない、そういうふうに自分のレベルまであの子を引き下げること、やめてくれ。


 あの子の笑顔の映像が、強く出てきて、周りの男の言うことなど、取るに足らない、俺の方が目があるのだから。お前の欠けた部分が、そういうものを、自分と釣り合うように、無理矢理に引き寄せてみせただけだ。


 俺は、次のステップはそこだろうと知っていた。男と女。それから外。神。


 本当は人が一人一人が創造主で神だ。俺はそこまで到達していないから、外部に神を投影し、崇めようとする。


あいつの声が聞こえた。


「だから俺が言ったろう。海外に出るなんて意味がないことだ、と。ごく普通に、日本にいて、そこから学ぶので十分だっただろう?」


 俺はそれには答えなかった。確かにこの環境は遅れているし、波長、粒子が荒すぎて、自分もそうなって、しんどい。実際のところ、俺の波長は驚くほど荒く、今度はもっと荒くなり、暴力や闇と同調をし始めているのを知っていた。殺しあうような低いレベルだ。信じられない。


 俺が上から、ただただ押さえつけていた強いエネルギーが、無理矢理に無軌道に、外に向かおうとしていた。最近の無茶苦茶な傾向は、俺自身を驚かせていたが、俺はさすがに手綱をしっかり握って離さなかった。これ以上、カルマを生み出してどうするんだ。


ここの波長は荒すぎて耐えきれない、と思い始めたが、まだまだ、どうにかするさ。


 俺は、YさんもBも、波長がとても粗いことを最初から知っていた。それは悪いことじゃなく、現実に順応するのに必要なことだった。粗いといっても細かい。繊細という意味だ。本当に波長が高い人同士は、会話を必要としない。話さずともお互いのことがよくわかるので、話す必要がほぼない。もしも口を開くとすれば、側で聞いている人が、意味不明な会話となる。俺には経験があるが、日本語のはずなのに、全く理解できない。話している内容が、文脈が全く掴めないのだ。住んでいる次元が違うから。まるで頭がぼーっとして、耳に入った言葉が勝手にポロポロ落ちていく。外国語が理解できないのとは違う、不思議な現象だったが、そこまで高次の人には滅多に会うことはなく、俺が出会ったのも、おそらく何か、重要な会議だったのだろうと思うが、たったの一度だけだった。俺はたまたま、先生に連れられてどうこうした。先生も今は、俺と同じように目が見えなくなりつつある。俺たちは目に見えないものを見過ぎるせいなのか。先生は俺よりもずっと年配の人だった。それでも、目が見えなくなるには早すぎる。


 俺は、実は盲目で生きた経験があるから、目が見えなくなること自体に不安はない。その代わりの感覚がすごく発達する。多分だから、俺の感覚は鋭い。耽美そのものの世界だったが、女性だった俺を助けてくれた男は、俺がよく知る、今の友人だった。俺は、周りの人が何度も姿を変え、俺と関わるのを知っているせいで、本当に頭が混乱した。突然に思い出した時、関係によっては言葉にならないショックを受ける。当たり前なんだが。今の生でもたくさんの、パズルのような小さなキーワードがすごい勢いでハマってしまって、腑に落ちる。ああ、そういうことだったのか、という感じだ。言葉にならない何となくの感覚には、実はすべてはっきりとした理由があることを俺はいつも知ることになる。


 俺はYさんを助けてあげたいと思ったが、俺が男である以上は、微妙な空気が流れる。Yさんが今必要としているのは、誰か寄り添ってくれる恋人であるから。


 俺はYさんが「私に近寄らないでよ」と言ったことについて「だって、Yさんが俺を呼んだから」と言ってしまった。しまった。


 Yさんは気づいてないが、俺はいろんなことを読んでしまう。Yさんの無意識は、男を必要としてて、俺は思わず手を差し伸べるように、側に行ってしまった。別に俺じゃなくてもいいんだが、反射的に手が出てしまった。


 Yさんがそういえば、レストランの日、寒い寒いと言うから、俺がちょっと近づいたら、すごくびっくりしてた。俺は、そういうエスコートするの、普通の女の子のデートじゃ、本当に普通だったから、しまったと思った。


 急にになったらおかしいよな。しかも年齢の開きがありすぎる。


 昔、俺が、あまりに遊んでるふうに思われてしまったのも、そういうところに起因していた。誰とでも良い感じになりすぎるから。いや別に、手をつなごうとしたわけじゃないよ。思わず風が避けられるこちら側に引き寄せようと、体が勝手に動いただけだ。


 俺はずっと最近は自重していて、あまり近づかないようにしていたのだけれど、気を抜くと、そんなふうな自分が出てしまう。


 相手がお爺ちゃん、お婆ちゃんなら違和感ないのは、彼らは物理的に手を貸してもらわないと歩けないからだ。だから俺、すごく老人に合ってるだろ? いつも喜ばれる。


 ただ、今はそれどころじゃないよな、だってものすごくYさんと気まずいから。結局、Yさんは、Bが言うには、今本当にまた、すごく追い詰められた大変な時期、お前、何も言うなよ、黙ってうなづくだけにしろ、と。


「お前さあ、なんでも当たり前のように人が理解できないことを言いすぎるんだよ。ちょっと黙っとけよ」


 俺はそうだな、と反省した。


「みんな引いてたぞ。お前が喋ることが、だから。頭おかしいと思われたぞ」


俺は「はいはいはいはい、もう言いません」と言った。


 実は俺の医者の友人が、かなり前に俺と喋って、俺も中・高校の友人という気安さがありぶっちゃけて喋ったために「お前、それやばい、本気で信じてるなら、薬出さなきゃならないんだけど俺は」と言われ、むしろ引いた。


 医者は会う人をすぐ患者にしたがる。


 いや俺、実生活に何も困ってません。人生の仕組みがどうやらそうなっているらしいから、どうしたら早く、繰り返す輪廻が終わるのか考えてるだけ。


 俺は、他の人に理解されない孤独を、孤独のままに放っておくしかないんだ、と思うしかなかった。滅多に共有できる人はいないが、ゼロじゃない。さみしいことだったが、実際にリアルに同じ世界を見れる人であれば、やはりあるじゃないか、と安心できる。


でもさ俺、Bと一緒にいる理由、Bは何も見えてないから、結局、楽な訳だった。


Bは俺のシェルターになっている。外部からやってくる気を感じないことでうまくシャットアウトするから。


 俺は大人しく寝るしかなかった。でないとBが俺のPCを使えなくしてしまうから。書けなくなるとすごく困る。


 どんどん変わっていく状況を記録しないと、どこがどうなってここに辿り着いたのか、あっという間にわからなくなるから。


  俺が記録することを辞められない理由、書かなきゃ、あまりに細かすぎて、どうやってここに到達することになったのか、その経過がわからなくなってしまうからだった。



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