第329話 俺は生まれ変わった
通訳の女性が、嬉しそうに流木を俺に渡した。俺は立ち上がって、先導者にお礼を言った。
こういう時に英語でも日本語でも、俺は普段の多弁と違い、つっかえがちになった。なぜか。
他の人に理解できるよう、うまく言えない気がした。だが、俺ははっきり言うことにした。
今日の体験は素晴らしいものでした。俺は……たくさんの前世の記憶があります。
俺は静かに言った。
ある時は女性、ある時は子ども。ものすごくたくさんあるんですが、そのどの時も、弱い立場、助けを求めて生きるようなそういう人生ばっかりでした。
俺は、できるだけストレートにいうしかないから、そう言った。
俺は、女性で生まれてくることが多くて、そしてその時は、必ず理想的な男に恋い焦がれて、何度生まれ変わろうが、その人が自分を助けにくるのを待ってました。
俺は意味不明に聞こえるかもしれないことも、はっきり包み隠さず言った。先導者は俺のいうことをまるで目が見えない人のように噛み砕くようにしっかり聞いているのがわかる。
俺、今日その男のビジョンを見ました。理想的な男、強く、自分を信じて、立派に生き抜いた男です。女性だった俺が、恋い焦がれていた男。
通訳の人が、俺に合わせて通訳するため、俺は思い出すようにできるだけ、途切れ途切れにゆっくり話した。うまく言えない。
でも……
実はその男、俺自身だったんです。
何となく、ざわついた気がした。
俺、知らなかったんですが、俺にもそういう「まともな男」として生きた前世があったんです。
俺、自分が弱いこと、自分がダメな男であること、そんなふうにストラグルの中で生きてたんですが、こんなまともな男だったことがあることを思い出して、驚いて。
俺は切った。
続けて俺は言った。何をどう言えばいいのかわからず。
俺の最も、まともだった前世は「老女」でした。祭り事を司って、神託をおろしてきて。でも俺、男性でまともに生きたことが、ほとんどなかった。いつも子どもとか、海賊とか、ろくでなしだった。
でも今日、俺はやっと、強くなれた気がする。
これで、男性性と女性性を統合できる。俺、まともな男として生きたことあるって記憶、これで、俺、やっと円環になれる。
俺は自分を信じることができる。自信を持てばいい、ただそれだけってことだとわかった。俺はまともだし、俺は、自分を信じればいいだけだった。
前にできて、今できないわけがない。俺が、女性だった時、心から求めていた恋い焦がれた人、あの人は、俺自身だ。
俺は更に続けた。
でも、全ては反射でしかない。過去生の俺、美しい女の俺、強い男だった俺、全て全部俺なんだ、しかもそれは、ただの反射でしかないんだ。
俺は、時々、詰まるように止まったのは、目をつぶって言葉を探し、ちょうど通訳の反復する声を聞いていたからだけでなかった。
何を言うべきか、どこからか言葉を下ろしていた。俺の言葉だけど、俺の言葉じゃない。
ただ、信じるだけでよかったんだ。それから、その全ては単なる反射、リフレクションだ。
俺は強くなれる。何も怖くない。自分の足で、ここに立てる。今立ってる。
ただ、自分にはできる、自分を信じるだけでいい。
俺は最初に、あの流木を見た時に、思いついた強い言葉は結局言わなかった。
頭おかしい奴と思われる。
俺は、これで全てを征服するんだ。征服した。
俺はそうは言わず、この素晴らしい機会に感謝します、と頭を下げた。
通訳は嬉しそうに、俺から流木を受け取った。
長い沈黙の後、先導者は言った。
ではこれで、本日のワークショップを終わりにしたいと思います。
俺は、俺に発言の機会を、まるで神が与えてくれたような気がしていた。むしろ、逆に、俺にはっきり言えと、そう言った気がした。
はっきり今日のことを宣言しろ、と。皆の前で。
そして俺は、その通りにした。俺は、気づいてなかったが、ただ、普通に、ごく普通に、自分を信じて生きて、自信を持ってそこに入ればいいだけだった。
なんて簡単なんだ。俺は、ビジョンで見えた、あいつが大好きだった。
黒髪の、美しい男。何度も俺はビジョンで見ていたが、まさかあいつが、俺自身とは思いも寄らなかった。
俺は嬉しかったとともに、安心した。俺の全ての過去生の不幸な女性たちは、これで救われた。俺が生きている限り。
俺はこれで、全てのカルマを、俺が力強く生きるだけで、果たせるんだという確信があった。俺が生きてさえいれば、他の、苦しんだ女性たちはそれで、それだけで救われる。
母さん。
母さんもだ。
あの美しい女性、過去生の俺とそっくりな母さん。
傷ついていることも外からは見えない。
俺が、しっかり生きていれば、あの人ももちろん救われる。俺は母さんが最も綺麗だった時を知らないが、そっくりなんだ。
そっくり。俺は、同じ人ばかりに囲まれて生きてる。俺の中の過去生の俺、そして目の前にまだ生きている母さんに、まだそっくりな人がいる。
俺は同じ人たちにばかり囲まれて、そして、全く気づいてないのが滑稽だと思いながら、もう一度、先導者に帰る前に挨拶に行こうとした。
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