第156話 屋敷の問題

最初は、共有する庭の境界線の少し内側に、ツルバラを植えるために土を掘っただけだった。俺がそっと掘っていたが、続きをBに頼んだのが、運の尽きだった。


Bはバカみたいにツルハシみたいなのを買ってきて、ガンガン深い穴を掘り、あろうことか、隣と繋がっている土に埋まった自動散水システムのチューブに穴を開けてしまった。


場所を決めたのが俺だったから、責任を感じたが、この程度の穴なら、シリコンで閉じて土を被せてしまえば、水漏れしない可能性が高いんじゃないか、と思った。例え、水漏れたとしても、水圧がそこのスプリンクラーだけ、多少下がるくらいで済むかも、と言った。にも、かかわらず、アホなヤツは、電鋸でその穴のパイプを輪切りに切断してしまった。一体何を考えているんだか。


 あのな、5ミリに満たない小さな穴を、治すために、直径15センチのパイプを電鋸でスパッと切断するバカがどこにいるんだよ!


 俺は、あーもう、バカじゃないかと繰り返した。


 ヤツ、新しく買ったノコを使いたくてうずうずしてたが、バカすぎる。


そのパイプの端を持って店に行き、新たなパイプでのジョイント部品、探すため?店の人がそうしろと言った?


お前な、水道工事の作業したことないのに、素人ができるわけないだろ!


 俺が言った通り、その日、水は池を作るくらい噴出した。


 もう面白いくらい湧き出る泉になり、ここでプールが作れるんじゃないかという水は、台所の壁に向かってまっすぐ小川の流れみたいに直撃した。


俺は、家、大丈夫か、と不安になる。


まあ1日くらいなら、と、なんと、次の日も水が。


 ムッシューに水止めるように、言わなかったのかよ!



ムッシューも昨日の洪水の大惨事を窓から見てるだろうに、何考えてんだか。



 俺は泥だらけになりながら、バケツの水を掻き出した。もっと遠くの植木にやりに行く。2時間半、膝を土に付け、水を汲み、他へ流すを単調に繰り返した。真っ暗な中、泥だらけになりながら、一人で湧き出る泉の水と格闘する俺。


 もちろんBはバカだから寝てしまって、いない。


 あいつ、台所の床から水が噴き出してきたり、台所がカビだらけになってから初めて、慌てるんだろ。



俺は、戦場さながらにべちゃべちゃに這いつくばりながら、水の掻き出しを続けた。ムッシューは絶対この様子を窓から見てるはず。間違って水道管を壊したこと、伝えたはずだ。1日目は、様子見で散水する、とは言ってたが、なぜ止めない?



俺は、昼に念の為、自分で言いに行けばよかった、と激しく後悔した。あのムッシュー、こんな深夜に家を訪ねてこられるとか、許すわけがないから。非常識な時間にムッシューを訪ねて行くより、自力で解決の方がマシ。たとえ自分の家の階下が火事でも、「外はなんの騒ぎだ、騒がしい」と、紳士なムッシューだから、発見が遅れそうだ。何かあっでも、タイタニック号の最期みたいに、正装のままで沈んでもらうしかない。異常だが、でないとこちらが非常識と糾弾されてしまう。


ムッシュー、絶対にこの惨状を窓から見ている、と思ったが、俺は叫ぶわけにいかず、仕方ないから一人で黙々と、インドのカースト最下層の労働者みたいに、ドロに転びそうになりながら、水の汲み出しを続けた。


次の日、俺はムッシューに懇願した。


家が流れるくらい大量の水が噴き出してます、絶対に散水システムを止めてもらわないと困ります。



 こちらが壊しといて言うのもあれだが、仕方ない。「そちらの庭のシステムは直さないい。もう水止める!」と言ったのはムッシューだ。俺らの庭にまで自動で、今まで散水してくれていたのは、善意だったのだから、何と言われても仕方ない。


実は俺は、雨でも冬までたっぷり自動で水を撒く、この仕組みのせいで、たくさんの不快害虫に悩まされていたため、庭が干上がるくらいでちょうどいいんじゃないかと思っていた。本当に必要な場所にだけ、ジョウロで水をやればいい。



で、なんと翌日、俺が外から帰ってきたら、2本ともパイプが切られてた。


一本のみならず、もう一本までも。


信じられないB、一本切っただけで死ぬほど水が溢れて困ったのに、2本とも、切るかな!



もう一本はここのスプリンクラー、他のもう一本は、ムッシューの家の方に戻って伸びていて、そこのパイプを使って、ガレージの先のムッシューの玄関サイドの庭に散水する仕組みになっていた。


だから、たったの2時間半で止まったのだが、2本とも切ったら、まだあとプラスで1時間は水が出続けるにちがいない。


 俺はクラクラした。


 B……もう俺、知らないぞ!



 しかもBは、ムッシューがそうしろ、と言ったと言う。ちょっと待て。どうせプロに修理を頼むのに、なぜ素人のBに切らせる。


 切って閉じてもだな、絶対に閉じた先から100パーセントで水漏れするぞ。バカなんじゃないのか。


 水圧で下手したら、水てっぽうのように、被せていた管の先の蓋がぶっ飛んで、水がドバーーーーッ!


噴水みたいなことになるぞ。



 俺は、10万円どころか、これ直すのにいくらかかるんだ、と卒倒しそうになった。この国は何でも馬鹿高い。


 見ていてちょちょっと俺が真似できそうな簡単な水道工事でも2〜3万円は軽くかかる。


 ちくしょう、水道・電気工事の知識、日本で得ておくべきだった、日本だったら簡単に学べたのに、と俺は地団駄を踏んだ。


 こっちのいい加減な工事見てると、俺がやったほうがいいんじゃないか、と思うことが多々あった。


 俺は手先は不器用だが、何でもやろうとする方だ。俺が初めて、自作の日曜大工の椅子にペンキを塗ったのは8歳の時だぞ。


 日曜大工の「金槌の使い方」も知らないような男はな、男じゃねえ。


 釘の代わりに指を打ち付けそうなB。


 おい、その金槌、日曜大工用じゃないぞ、釘打ちに使うな!傷むだろ。


 俺は、Bと一緒にいて、お互いダメになり始めてる、と感じて仕方なかった。お互いがお互いにアレルギーになってきてる。


 今までは、庭がろくにないマンション暮らしで、こんな問題は起こってこなかった。まさかこんなにBが鈍くて、しかも、鈍いくせに俺の言うことは全く聞かなくなるとか、想定外だった。


 そんな時に、また別の問題が持ち上がる。



 

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