第125話 ラブリーなエリアで待ち合わせ


 久々にジョーからメールが来た。


日本イベントあるけど行かない?


ジョーにはいろいろ過去に義理があり、俺はジョーの誘いは断らない。


 また、うまい具合に、ちょうど、そろそろ会ったほうがいい?と思い出す頃に連絡が来る。


待ち合わせどこ?


 カフェ。


 ジョーはああ見えて、すごくセンスのいい男。中国人でお世辞にもイケメンとは言えないんだが、センスはピカイチ。俺よりセンスいい。もしかして痩せたらイケメンかもしれないぞ、ジョー。癒し系のジョー、俺は出会った時から、実は結構、気に入っていた。俺がカバンにつけてる兄貴の戦利品のカピ@@ちゃんを「ぷぎー!」と言いながら掴んだ時だけは、許せなかったが。


 俺のカピパ@ちゃんに触るやつは、たとえ5歳の女の子でも容赦しねえ。触るな。お願い抱かせて、と懇願されたが、絶対に嫌、と断った俺。そうしたら、どうやっても触ってやろう、とやってくる。


 やめろ、俺のカピ@ラちゃんに触るな亜ああああああッ!!!


 ちなみに俺は、大きな@ピパラちゃんと毎日一緒に寝ている。居ないと寝られねえ。兄貴、いいものくれたよ。俺、電気消して今や一人でも寝られる。


 長年の問題がこんなに簡単に解決するとはな。俺は震災後、電気消したら寝られないことに悩んでた。暗いと怖くて寝られねえ。


 仕方ないからBのベッドにこっそり入って寝ていたが、よくあることなんだが、隣に寝ると、俺を女と間違えやがる。まあ、そんな話はどうでもいい。


 で、場所、まだ決まってない、とジョーは言った。打ち合わせの後すぐ飯食おうや、と。


  ジョー仕事、最近どう? ……え? 勤めてない?辞めた?



 うああ。マジですか。俺も外食したくないです。この国、バカ高いのに、外食まずい。


 俺は「俺さあ……キッシュ作るけど、公園で食わねえ?」と聞いた。笑っちゃうな、俺。男二人で日曜の公園でピクニックか。何かあんまり見たくない構図。


 実は俺、書いたかもしれないが、外食大嫌い。ジョーはセンスいいから不安ないが、カップの汚れたカフェで、水道水で煎れた真っ黒な紅茶とか飲めねえ。臭い。俺は人の手作りの飯とか、ほんと嫌なんだよ。トラウマかなんかだね、きっと。食べられなくなった時、俺、毒殺されちゃった過去の記憶、ちょうど思い出したから。


 ショッキングだったなあ。好きなやつに殺されるというのは。


 好きなやつだったのかな。よく分からないが、好きなやつもろとも死んだことを覚えてる。ああ、そっか、好きなやつに殺されたんじゃなく、誰かに殺された。多分。


 たまたま一緒にいた、俺の好きだったやつ……その時、俺、女で、本当にそいつのことを愛していたらしい。最期をよく覚えている。苦い毒の味がしたキスだった。これで一緒に死ねるんだ、と。


 料理に入っていた毒じゃねえな。多分、酒かなんか、液体に入ってた。どっちが先に毒を口にしてしまったのか、分からねえ、思い出せない。


 とにかくこれで終わりなんだと思った。一緒に死のうと。そういう一瞬の判断って、できるものなんだな。


 ロミオとジュリエットでは、確か毒を残しておいてくれていれば、というような流れがあった気がするが、自分は、全く迷いがなかった気がする。記憶を辿ると、相手も毒と気づいても、即死ではないタイムラグがあり、具合悪くなる前で、まるで時間が引き伸ばされるみたいに、その瞬間はものすごく長いものに感じられた。焼けるような酒の味。その味の方をよく覚えている。


 相手の男はものすごく美しい男で、現世でそいつに出会ってしまったから、そんな記憶を思い出したのか。俺が女の時、好きになる男は全員、黒髪のようだ。不思議な共通点だったが、なぜかそうだ。


 俺が食べられなくなった時、母さんの飯でも「毒入ってねえ?」と思ったくらいだから。俺、食べると必ずお腹が痛くなって、豆腐から始まり、サラダ、刺身、寿司、怪しいものすべて、食べなくなった。面白いことに、日本から出たら、治った。日本食、生ものが多すぎる。下痢ばっかりしていたのと比べたら、海外じゃお腹なんて壊さない。変だろ。だって、「火が通ってるもの」しか食わねえし。海外は涼しいから、細菌の繁殖もない。シャーレの中で爆発的に細菌が増えてても、それね、食っても大丈夫とかあるの。知ってた?これ、食べても平気なんだよねえ。


 百貨店に勤めて、食品検査していたお姉さんが言った。もうものすごい長い髪のお姉さん。俺もしかして、この人のことも、前に会ったことあるのかもしんねえ。お姉さんは言った。検査して、菌うようよでも、食べちゃうよ?全然平気。売ってて賞味期限切れる前の商品だから、店頭に並んでて、お客さんまだ買ってるし。


 世界ってそんなもんだよね。大丈夫な時は大丈夫。そうでない時は、さっき、開けたばかりの瓶詰めの保存食でも死ぬもんね。


 まあ、そういう理由があり、俺は人と会うのも嫌いだった。気持ち悪くねえか?怪しい水飲むの。俺は洋服が汚れるようなシートに座るのも嫌いだ。誰もいない野山で石の上に座るのは全く抵抗ないが、人が嫌いだ。一度、バスの中で、紳士のズボンの上に、キラリと光る小さな白い虫を見た。


 俺、こんな時だけ視力いい。うわあ、ステージみたいに光でキラキラ目立つ。ワンマンステージ。


 あの虫はだな、俗に言うシラミというやつだ。止めてくれよ。一体どういうところに住んでるんだ。猫や犬につくシラミは黒いが、そいつは綺麗に真っ白なんだよ、生まれたてのフレッシュさで、ゴマ粒より小さい。俺は密かに昆虫にも詳しいから、日本じゃ見たことないような昆虫類については、繁殖すんなよ、と思ってしまうわけ。


 日本だと何もかも、そこまでひどくないが、俺は氷の入った水は日本でも飲まない。お茶も飲まない。氷、サラダなんか、A型肝炎怖くないか?日本の場合は、サラダは過酸化水素水につけて消毒してるだろうが。豚肉なんかもやっていて「客が食べてわかるレベル」の濃度の液体に浸けて売るとまずいだろう。俺、運が悪いことに、一度だけそういう豚肉にあたったことがある。日本だった。


 ごく普通のスーパーだったが、何かを間違えたらしい。洗い忘れたとか、濃度とかか?母さんは、あなた、ありえないくらい、ものすごく注意深く生きているくせに、人が絶対に踏むことない地雷を踏むわね、と言った。


 そうなんだよ、俺のサラダには青虫、俺のうどんにはゴキブリ。


 全て日本の話だから、いや俺、ものすごくまともな店を選んで入ってる。当たり前だろう。汚い食堂は、服汚れるから嫌いなの、俺。ジーンズとか頻繁に洗えないじゃん。なのに脂コテコテの席の食堂とか、席に座るの嫌。それでこれだから。なんなんだろう。


 弁護士になり損ね、結局、うどん屋を継いだ友人がいて、そいつが言ってた。「ここだけの話な、ゴキブリが釜茹での大釜に落ちるのを100%防止する方法などないんだ。構造的な問題。秘密な」


 暖かい場所に集まる性質のある昆虫なのだから、おお、あったかい、ムシムシして気持ちいい、と喜んでて、足を滑らせ、ツルッと落ちるらしい。小さいと特に。大きいと目立つからそこに到達するまでに、退治されるよな。目立って。


 まあ、そんなわけで、タイなんか食用ゴキブリが屋台で売ってるから、気にしない人もいるかもしれないが、俺は気にします。


 俺は昆虫とは比較的関係がましな方だが、ゴキブリだけは論外で、あまり出会いたくない。奴らは小麦も大好きだから、パン屋さんは気をつけて!


 お茶は降り注ぐ大気汚染が気になる。お茶ってな、飲む前、茶葉を洗う台湾なんかのお茶はよくわかってる。洗って飲むからまし。「お茶っぱ」はな、製造工程では洗わない。洗ってない茶で煮出した水をそのまま飲む。俺、できない。


 で、俺はBがいなくて、絶対に余るキッシュをどうしようか考えていた。ちょうどそこに、ジョーの電話。俺の手作りキッシュ食べねえ?変なカフェより安心だぞ、とは言わなかった。ジョーは素敵なカフェしか選ばないの知ってる。


 俺はレシピが適当なため、今回、間違って卵を2個入れた。持たねーかも。それで氷をたくさん入れたバッグでジョーと昼飯するべく、おしゃれなエリアを訪れた。洋服のブランド、新進気鋭のデザイナーがたくさん出店するような、ラブリーなエリアだ。


 密かに俺、こう見えて、「今・弁当運んでる人」なんだが。やだなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る