第40話 パンドラの箱


 苦しい、苦しい……。俺は、自分が、俺、俺といつも自分のことを言ってることについて、自覚があった。


 苦しい、外に出たい、自分のことから離れたい。


 そんな時に、理想的なものを外界に見てしまうと、魅了されてしまって、まるで信仰対象のように崇めた。


 俺の前世というのはものすごく偏っていた。聖職者か娼婦か、子供か。踊り子の時や、海賊の時もあった。子供の時は、不幸な最後を遂げる。多くは戦争、あっという間に死んでしまう。そして、大人になったらこうしたかったのに、と、責任を丸投げした子供のままに俺は死ぬ。


 俺が母親になれたことが一度だけあった。でも、誰の子かわからない子供を産んだ。ものすごく可愛い子供だったが、俺は親でありながら、子供のその子に翻弄された。俺は母親なのに、子供の息子が拒めずに、おかしなことになり、どうしていいのかわからない日々を送った。


 俺はそんなことを思い出してしまったせいか、本当に上手く生きていけない。俺の中で、まるで昨日のことのようにはっきりと記憶が戻ってくると、普通の生活がとてもしにくい。


 そんなこと、つい最近まで忘れていたのにな……。


 どうやら、話すことによって、俺が封じ込めていたパンドラの箱が開いてしまったようだった。お前はおかしい、そう言われたら、そうなんだよ、俺っておかしいよ、と思う。


 今の俺があるのは、そういう全てをひっくるめて俺で、誰かが上手に言ってくれた。


 でもそれは、そんな気がするというだけかもしれないし、証明できることではないから、本当かどうかわからない、と思うしかないのでは、と。


 俺も、そう思いたい。特に、俺が母親で、息子から逃れられないのは恐怖以外の何物でもなかった。俺は母親で子供を溺愛しているのに、なぜこんなことになるのか。今でも説明がつかない。


 この話は本当に誰にもしたことがない。俺がなぜそんな記憶を思い出したかといえば、本人に出会ってしまったせいだ。でも、そいつは、絶対覚えてない。


 俺は、そんなふうに、過去に自分と会ったことある人と出会うと、恐ろしいくらい過去生のことを思い出した。人には理解できないことだから、俺自身、正直俺が、今どこに生きているのかがわからなくなる。前も書いたかもしれないが、阿瀬みちさんが「質量があるから、次元は超えられない」そう言った。


 でも俺の頭の中で、あまりにリアルに思い出される記憶を見せられると、俺は今ここにいる俺でなくなる。


 俺が呆然として、どこかわからないところに立ち尽くす時、それは、そこは、何もない砂漠だ。


誰にも出会うことのない場所で、俺は、どうしていいのかわからずに、ただ、助けが来るのを待っているのかもしれない。誰も来ない、誰も来ないのにな。


 俺は、ここから出るには、俺自身が歩かなきゃいけないと思って、それで今がある。


 それなのにな……俺は何も変わってないんだろうか。俺の努力はなんだったんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る