マブタノキミ 10

私はその声を聞いた瞬間、医者の腹に反射的に膝蹴りを入れていた。

予想はしていたが、医者はダメージを受けない。

のけぞりもしない。


クツクツと笑いながら医者は少女の声のまま言う。


「だからぁ、妄想に直接攻撃しても意味ないってば。

マシーンを探したって無駄だよ、このおじさんを出してる私自身はいつもの場所にいるんだから。」


いつもの場所という言葉に背筋に嫌な汗が流れた。

あの場所にはもう行きたくない。

行くことは出来ない。


「アサヌマさん!」


キジマが私にドーリィとマシーンを投げて寄越す。


「いや、私はドーリィは…。キジマ、お前が使」


「なんでテメェがやりたくねえことをいつも俺に押し付けんだよ!あんたは!」


戸惑いながらマシーンを返そうとすると、キジマが吠えた。


確かにそうだ。


私は私がやりたくないことをキジマにやらせることで、今まで事件を解決してきた。

あのとき、周りの連中が私にさせたように。


いつの間にか、医者はナイフを持っていた。

そのまま、キジマにジリジリと近づいていく。


「やめろ!やるなら私だろう!

お前が憎んでるのは、私だろうが!」


悲痛な叫び声が聞き入れられることはなく、医者は私の方には見向きもしないまま、歩みを止める気配もない。


「んな説得とかする前にドーリィ使ってくださいってば!」


壁に追い詰められたキジマが私を急かしても私は動けずにいた。


「なに言ってるの?私はアサヌマさんを憎んでなんかいない。私はアサヌマさんを」


「チクショウが!恨むぞアサヌマぁああ!」


キジマの声が私の聞きたくない彼女の言葉をかき消す。


手にしたこの毒々しい色の薬を飲まなければいけないことはわかっているのに、身体が動かない。


「ヅッ……!ッァあっ…!!」


腕を前で交差させ防御体勢を取ったキジマの腕をナイフが切り裂いた。


キジマの悲鳴が耳に痛く響く。


医者は、いや、彼女は、少し後退り、勢いをつけてキジマにナイフを垂直に向けたまま突進した。

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