Episode1「王都での出会い」

1 隻眼の少女

 妖魔と人間は決して交わってはならない。人間相手に恋をしたら最後、力を利用され、おとしいれられてしまう。交流することはあれど、相手に親近感を持ってはいけない。常に人間には警戒を持ってのぞむようにと、子どもたちは親から教わる。

 自分たちの身を守るため。そのためには妖魔の能力である《リール》を扱えるようにならなければならない。裏切られないように。心が絶望しないように。

 妖魔族の誇りを持て。


「妖魔の誇り、か……」


『妖魔の歴史』と記された本を開き、文字をなぞりながら、ルファリ・クロマイルはぼそっと呟いた。くうを見上げる。


「誇りなんか持って得することってあるのかな。……もしかして他の種族の人たちが聞いたら怒るとか」

「怒る方はそうはいないと思いますよ」

「あ、リラ」


 ルファリの視界に白髪の青年が入ってきた。腰まで伸びた髪はうなじ辺りで一つに括り、執事服に身を包んだスラリとした体躯たいく。碧の双眸そうぼうを持った男は一見好青年に見えてしまう。リラと呼ばれた青年は、煎れたレモンティーをルファリの前に差し出す。


「読書を?」

「うん。妖魔についてちょっとね」


 妖魔ようま

姿形は人間と同じ種族だが、中身が全く違う。平均寿命が八十年ほどの人間に対し、妖魔はその倍以上に生きていく。さらに扱う能力は《リール》と呼ばれ、自然界に生存する火、水、風、土、といった要素を取り入れて発動させるというものだ。各々が生まれ持った色から発動させるため、練習すれば生活する程度であれば扱うことができる。

 ルファリが読んでいた本も、たまたま城下に出かけた際に、知り合いの貸本屋の店主リオンから勧められた。最近発売されたばかりの新刊らしく、文字が読めるようになったばかりの子どもにも分かりやすい様に所々に挿絵さしえを取り込んだ歴史書である。そこにはリールが生まれた起源や文化なども事細ことこまかに記されている。


「歴史本なんて、歴史を勉強する学者さんぐらいしか面白くないかなーって思っていたんだけど、なんだか読みこんじゃって」

「お嬢様らしいですね」


 リラに言われて、クスッと笑う。本を読むのは好きだ。文字を追うことで現実にはない本だけの世界に入ることができる。自分の知らない世界を視ているかのように感じられる。


「リオンさんが勧めてくれただけあって確かに面白いんだけど、自分たちの誇りを強調していいのかなー……なんて」

「思うのは人それぞれですからね。かくいう私も天魔てんまですけど、誇りとは無縁に生きてきましたから」

「そうだよね。私もそれほど拘っていないから不思議に思っちゃって」


 言いながら手元のティーカップを見つめる。まだ中身は残っており、水面から自分の顔が映っている。鏡越しに見えるその顔は、左目が覆われる様に隠れており、茶色いふわっとした髪は降ろされていた。人それぞれというより種族それぞれとでもいうべきか。しかしそれでは納得がいかないような気がする。差し出されたレモンティーを飲みながら考えたが、答えまでたどり着かない。難しいことを考えていたらせっかくのレモンティーの美味しさが一瞬抜けてしまった。


「考えるの、止めよう」


 今解決しないことは、時が経てばおのずと見えてくる。そうルファリは開き直り、読みかけのページに栞を挟んだ。


「そういえばリラ、どこか出掛けるの?」


 彼が部屋に入って来た時から手提げ鞄を下げていた。


「ええ。食材を切らしたので城下へ買い出しに行こうかと」

「城下に……」


 城下へ。その言葉を聞いたルファリは、露わになっている深緑の右目を輝かせた。低い姿勢になりながら、ルファリは恐る恐る執事の青年に問いかけた。


「あのね、リラ。街に行くんだったら私も……」

「お嬢様はダメです」

「どうして? まだ何も言ってないよ」

「いいえ言わずとも分かっています。お嬢様も街に行きたいのでしょう?」

「分かっているなら連れていってもいいじゃない」


 いいえいけません。リラはグイッとルファリに顔を近づけた。


「お嬢様が街に行きたいというのは何度も聞いていますから。そりゃあ私も最初はお供しましたよ? あなたにも外の世界を知ってもらいたいと願っていましたから。ですが、一度外に出てみたら真逆の方向へ行ったり、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。終いには王都から離れようとしたこともありましたねー」


 思い出したように淡々と語っていく。その内容は明らかに自分が仕えている本人に向けてのもので、決していい内容ではなかった。


「……何もそこまで言わなくても」

「言わなければ伝わりませんから。お嬢様はしっかりと決まった方向にいけない天然な方向音痴です」


 はっきりと言われてしまった。身に覚えのないといえば嘘になってしまうし、むしろあることばかりだ。一人で出かけようとすると必ずどこかで迷ってしまう。執事の青年がいなければあらぬ方向へ向かってしまう癖がある。指摘されるまで迷子だということに気付かず、結局目的地に行く事を断念してしまったことが何度か。

 ぐうの音も出ない。ではこのまま街に行く事を止めてしまうのかと聞かれたら「否」。自分にはまだ、手段がある。

 ルファリは目線を落として、ハァ、とため息をついた。


「街に行けないのなら、この本、リオンさんに返せないなあ」

「はい?」


 リラは不思議そうに首を傾げる。しめた、ルファリは言葉をつづけた。


「この本、実は今日までに返さないと延滞金が出てしまうの。出版されてから日も短いし、何より老若男女に人気のある本だから、きっと予約が殺到しているんだろうなー」


 予約がたくさんあると今借りている人は期日までに返さないといけない。本を借りること自体お金はかからないが、返却日が過ぎてしまうとその分の延滞金が発生してしまう。『妖魔の歴史』を借りたのが十五日前。一度借りた本は十五日以内に返さなければならない。ルファリはなるべくなら期日を守って読み切りたいと思ったのだが、今回借りたものが最後まで行くのに、早く読める人でもそれ以上の日数がかかってしまうのだった。栞を挟んではいるものの、返却日を過ぎてしまうより大事なことはない。

 リラが街に行く事を言いだしたとき、真っ先にこの作戦を思いついた。貸本屋に通っていながらのとっておきのもの。


「リオンさんも、今日私が来るとお店の前で待っていると思うの。もしも現れなかったら心配されちゃう」


 でも行けないとなると返せないからなー。残念そうに本を閉じて「延滞……」と呟いた。


「……分かりました。お嬢様も一緒に参りましょう」

「いいの?」

「こちらの本、本日までなんですよね? お金がかかってしまうとなると、今後の生活にも影響が出てしまいます」


 私も生活できなくなるのは嫌ですから。生活費の事を考えたらしく、リラはやれやれと両肩を落とした。ルファリの作戦勝ちである。嬉しさのあまり、笑顔を浮かべた。


「ありがとうリラ!」

「仕方ありません。しかし、絶対に道に迷わないこと。リラから離れないことを約束してください」

「うん。約束する」

「もし守らなければ、次からは私一人で行きますからね?」


 リラはそういうと、その場で目をつむった。青年の体が優しい光に包まれ、次の瞬間には小さな翠の相貌を持つ銀の子狐の姿に変わっていた。

 人と動物の二つの姿を持ち合わせる。それがリラの種族・天魔の特徴である。


「さあ、行きましょうか。お嬢様はそちらの鞄を持ってください」

「分かった」


 言われるとおりにリラが変化した場所に置いてある手提げ鞄を持つ。手持無沙汰にならないように借りている本を鞄の中に入れておく。最後に読んだページは覚えているし、しおりは後で抜いておけばいいか。


「行こう、リラ」

「はい」


 リラはたん、と一回跳躍して少女の右肩に乗る。銀狐が乗ったのを確認したルファリは、外へ繋がる扉に手をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます