【雑談】価値。
「三行で飽きた。読む価値なし」
このような感想が投げられた場合、皆様はどう受け止められるでしょうか。
はじめに断っておきます。今回、私はとても感情的になっています。語気が荒くなってしまうことも多々、あるかと思います。それでも、この意見を押し付けるつもりはありません。そう言います。
言わば私の「愚痴」にお付き合い頂くような形となってしまいますので、そういったものを嫌悪される方はスキップしてください。
話を戻します。
冒頭でご紹介したものは、とある方の感想を改変したものです。三行で飽きたのか一行で飽きたのか正確には覚えていませんが、上記のような要旨の感想が書かれていました。
どうやらその方、SNSか自主企画かは存じませんが、読んで感想を書きますという企画を行っていたようです。他にも何冊か感想をアップされています。私は他の方の感想や書評も後学のため読ませて頂いておりまして、そちらの方の感想も一通り拝読しました。
背筋が凍りました。
怒り、そう、怒りなのでしょう。私はこの方にきっと怒っています。世の中には言っていいことと悪いことがあると、簡単に言えばそう怒っています。
別に、「面白い」や「つまらない」を表現することを悪いことだとは思いません。作者さまは率直な感想を求めているだろうし、他人にどう思われるのかは知りたい。読者も端的に伝えたい。だからつまらないと、そう伝えることは問題ではありません。
読む価値なし。これです。
価値とは?誰が決めるのでしょう。誰が、どんな権限でもって、作者さまが汗水垂らして創造したものに「無価値」のラベルを張り付けるのでしょう。
創作された小説は、いわば作者さまの「こども」のような存在であると、よく言われます。そのこどもに対して「お前には生きる価値などない」と、どうして言えましょうか。
つまらないと無価値は違います。ここが悪かった、ここが退屈だったと感想を述べることはその方の自由です。けれど、小説そのものの存在を否定することだけは、あってはなりません。
あまりに無責任な言葉です。その言葉を受け止める人間に対して何の配慮もなされていない。
ポジティブな言葉よりも、ネガティブな言葉の方が心に残りやすい。それは私の書評でも同じことです。受け止められる方が、たとえどんなに断りを入れたとしても、ショックを受ける可能性は考慮しなければなりません。そのための責任です。
安易にその小説に「死ね」だなんて、私には言えないです。とても。
すみませんオチはないんですけれども。ただ、企画をして感想を述べる以上、好き放題言っていいわけではないと、そう思います。私とその方が接触することはきっとないでしょうが、お若いようですし、考え方がマイルドになるといいなと願いつつ、今回はお開きとさせて頂きます。
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