遺志を継いで

 後ろ手を縛られたままヤーザンはピシッと背を伸ばしアレシア等へ頭を下げる。


「お久しぶりでございます。アレシア陛下、セレリア隊長、それにヒューゴ君」


 口調も態度も毅然としていて、捕えられている者としては不自然にアレシア達は感じた。そしてアレシアは敬称をつけて呼んだが、セレリアとヒューゴには昔と同じ呼び方であった。

 ヤーザンが、セレリア達の地位を知らないわけはない。


 また、捕えられているにも関わらず彼の表情は温和で、縛られている状態を除けば、旧知の仲間が顔を合せているようである。事情を聞こうとヒューゴはルイムントに視線を送った。


「自首……というか、自ら捕縛を求めてやってきたのです」


 ルイムントはヒューゴにそう伝えたあと、話を促すようにヤーザンの顔を見る。


「セレリア隊長、私はあなたを殺すように命じられて参りました」


 「え?」と驚くセレリアに、ヤーザンは静かに事情を説明し始めた。


 ヤーザンは、アルペンハイム家現当主エルマー・アルペンハイムの命令でセレリア暗殺のために帝都へやってきたという。農家の息子だったヤーザンが帝国軍の軍人を志した際、エルマーに厚い世話を受けたという。そして、帝国軍内でセレリアの立場が危ういと知ったエルマーは、セレリア隊に彼を潜り込ませ、状況の報告と護衛を任された。


 婚約を機にセレリアが帝国軍を抜けた際、ヤーザンも軍を抜けた。その後はアルペンハイム領でエルマーの私兵として雇われ、地域警備を務めていた。今回、大恩あるエルマーの命令と、セレリアの元副官としての心情を秤にかけ、やはり暗殺はできないとルイムントに事情を話した。

 だが、一旦は暗殺しようとしていたのは事実でもあり、また、事情をセレリアに伝えるだけではエルマーに顔向けできない。そこで捕縛するようルイムントに伝えたのが現状だという。


「……エルマー様には恩義があります。しかし、戦場で共に命を支え合ったセレリア隊長を暗殺することもできませんでした。……隊長を除いた承認の貴族は、反アレシア側に付きました」


 事情を理解したセレリアは、ヤーザンの鎖を敢えて解こうとはしなかった。そして、一言「ありがとう」とだけ口にし椅子に座る。


「なるほどな。アレシア陛下と僕を繋げているのはセレリアさんだ。セレリアさんが居なくなれば、帝国人じゃない僕が何故アレシア陛下を支える必要があるのかと考えたんだな」


 ヒューゴはやや呆れ気味の口調。その言葉を聞いたアレシアは不快さを隠そうともせずに言う。


「そういうことか。ならば、承認の貴族達も敵ということか」


 詳しい事情が判る前に、敵か味方かを判断するのは早い。貴族達のこれまでの反応に苛立っているアレシアは短気を起こしているようにもヒューゴには見えた。


「いえ、まだそう決断するのは早いです」

「しかし、セレリアは我の宰相。その命を狙わせたのであれば……」

「陛下。ここはヤーザンの気持ちを汲み取ってさしあげてくださいませ」

「どういうことだ?」

「彼は、承認の貴族達もセレリアさんも失いたくないから自首してきたのです」

「だが……」


 多くの懸案を抱えているアレシアは、その数を減らそうと決断を急いでいる。その気持ちはヒューゴも判る。しかし、セレリアとヤーザンの気持ちを思えば、ここは慎重に接するべきだろうと判断した。


「陛下、承認の貴族達を皇宮内の霊廟へ招待してください。そこで、ウルシュタイン帝国皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアの意思を知らせましょう」

「それで?」

「そこでクリスティアンの意思を知ってもなお、反アレシア側に付くというのであれば、僕の中に居る皇龍が彼らから資格を奪います」

「そんなことをしてどうなるというのだ」

「貴族達は、自分達の地位の拠り所を前の皇龍に求めています」

「ああ、皇帝もな」


 ヒューゴはアレシアの言葉にゆっくりと頷く。


「ですが、今の皇龍は僕です。僕が皇帝クリスティアンの意思を引き継いでいます」

「そうだな」

「だから、新たな体制に……アレシア陛下に従わないのであれば、貴族という地位を帝国から消すと伝えます」

「ん? それでは皇帝の地位も?」

「いえ、皇帝無き統治には、まだ早いでしょう。時代も人々の感覚もついてこれないでしょう。ですので、皇帝の地位まで消そうとは思いません。但し……」

「但し?」

「貴族という地位のこれからが何のためにあるのかははっきりさせたい。領地を豊かにし、領民の生活を守るために存在するのでないならば、帝国を……いえ、この大陸を住みやすくしたい者にとって貴族など邪魔なだけです」

「ほう」


 ヒューゴは霊廟で聞いたクリスティアンの思い……「本意ではないが、特権意識を持たせることで争い合うことを止めようと考えたのだ」を改めて意識して話す。龍族を皇帝の支援役に置いて皇帝の地位を固め、その下で貴族を制御しようとした。だが、それはあくまでも一時的な制度であるはずだったのだ。

 

「何故なら、龍族は戦うために存在するのではなく、戦いを止めるために存在するようになるのです。もちろん例外は生じるかもしれませんが、基本方針は変わりません。つまり他の領地、他国からの侵略に備えずに済むようになるはずなのです。ならば、各貴族が軍事面にかけていた経費や労力は激減する。領地内の治安のためだけに存在するようになる。貴族という肩書きなど必要ない状況になるのです。ベネト村で言えば村長の役割を果たすだけです。そのような状況になるのに、様々な点で優遇されている貴族という地位が帝国に必要ですか?」

「理屈ではそうだが……」


 武力で領民を守る役目を失う貴族に残されているのは、領民の生活を守ることで得られる栄誉だけのはず。中央政府に入り、上級貴族としての特権など不要。中央政府は皇帝と一部の貴族が各領地間の利害調整を行えばいい。

 ヒューゴがまだ決め切れていないのは、皇帝と共に、調整役を行う者達を誰にすべきかだった。

 これには一案はあるものの、あまりやりたくないと考えてもいた。

 その点を少し考えたあと、ヒューゴは話を続けた。


「僕は中央政府に入って判ったことがあります。領民の顔が見えなくなるんです。中央政府に居ると、誰もが帝国民という顔の見えない立場になるのです。領民一人一人に個別の事情があるのに判らなくなる。一人の人間が把握できる人数には限界があるのですから、それは仕方ないことでしょう。だから、中央政府の仕事は領地間の調整に極力限定し、領主は領民一人一人の顔を見て、彼らの生活がより良くなるように努められるようにする必要があるのです」

「権力欲を満たせなくなっても、金銭欲などがあろう?」

「貴族という地位を残しても良いと考えたのはそこです。貴族としての誇りという奴をそこで使っていただきたい」

「欲を抑え、領民の生活を守るために働く者が誇りある貴族……という形にしようと?」

「ええ、その通りです。これまでのように、領民の生活よりも自分の欲を優先し、その道を歩もうとしてくれないのであれば僕にも考えがあります」

「それは?」

「皇龍には紋章クレストを作る力があります。本当は使いたくないけれど、それを利用しようと考えています。具体的には、承認の貴族達の皆さんと霊廟でクリスティアンの遺志を聞いてから伝えます」


 アレシアとセレリアを見るヒューゴの瞳には強い決意が感じられた。アレシア達は、無言でその瞳の力を受け止めていた。


「……判った。ルイムント、ヤーザンは軟禁しておいてくれ」


 この場ではこれ以上の話は無用と判断したアレシアは、ルイムントに命令を下した。

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