先手

  レーブとルイムントが帝都へ到着したのは、ヒューゴがアーテルハヤブサを送り出した十日後だった。

 ルイムントは元近衛兵で構成された十名でアレシアの警護を、レーブは部隊の十名を連れてセレリアの指揮下に入る。

 ヒューゴは飛竜を飛ばして反アレシア側と目される貴族達の領地を偵察を兼ねて威嚇していた。

 事前の予想通り、いつでも出撃できるよう準備はしているようだが急いではいない。やはり彼我の戦力差は理解しているようで、軍事衝突は最後の手段と考えている様子。

 

 この時点では、セレリアは宰相位を与えられ、ヒューゴはその軍師としてアレシアから任命されている。あくまでも新しい体制に落ち着くまでの暫定的な人事であった。


 北部方面軍を率いるギリアムは、自身の複雑な事情を理解するセレリアの指示で帝国周辺の警備を担い、中央方面基地で待機するルークは、セレリアの指揮下でいつでも出撃可能な準備を整えていた。


 帝都の守備は、ダヴィデの直轄軍が沿岸警備を水竜に任せて行うよう配備される。パトリツィアは、帝都の守護に紅龍を置き、全ての領地へ火竜を送っていた。

 これによって、アレシア側の軍事的優位を帝国内に知らしめる。

 反アレシア側は、竜を戦争に極力使わないなどとヒューゴが考えていることなど知らない。十分な牽制になるとセレリアもヒューゴも考えていた。


 ヒューゴは一つの案を具申した。

 国民全員へ向け、アレシアの考える変更の一つを伝えておこうというものだ。


 これから味方にすべきは貴族ではなく国民。


 領地内で借りている土地に縛られている国民に対して、希望する土地への移動と移動先での支援を皇帝の名で約束する。領主がこれを邪魔したり、その他の手段で不利益を被らせるようならば、帝国軍がその領主を断罪する。


 帝国領土には多くの未開墾地がある。どの貴族の領地にも必ずある。

 問題は、移動先で食べていけるようになるまでだ。だからその点を帝国は支援する。

 紅龍による土地の改良と、作物が収穫可能になるまで支援するならば、現在居住している土地に縛られる必要はない。


 ヒューゴの案は、領民に利益を与えない貴族のもとから去りやすくしようというもの。

 この案は、反アレシア側のうちおよそ半数の貴族にはダメージを与えるはずでもあった。武力で領民を押さえつけ、帝国の法をかいくぐって、他の領地より多い徴税を行っている貴族にとっては認められない政策である。

 金やコネによる中央政府への影響力を背景にされ、皇帝が改善を望んでも手をつけられずにいた事案でもあった。


 それをこの機に行ってしまおうというのである。


 案を聞いたセレリアは、期待が表れているアレシアの顔を見ながらヒューゴと向き合う。


「それは構わないが……そうか、飛竜を最大限に利用しようというのだな?」


 ヒューゴは帝国領土内の監視を飛竜に当面は行わせようとしている。将来は、イーグル・フラッグスの面々を中心にした……帝国民ではない者達の巡回部隊を整備する予定になっている。だが、現在は隊員数も百名少々と少なく、帝国全土を網羅するには全然足りない。


 そこで飛竜を利用しようというのだ。

 配備はアレシアの許可のもと徐々に進んでいた。


 だから各領地への移動に帝国軍から伝令を伴わせれば、短い期間で周知させられる。今回は反アレシア側貴族へ先に伝えれば良いから数日で可能だろう。

 仮に、伝令に危害を与えるようであれば、帝国軍を投入する理由になる。また無視するようであれば、セレリア自らがヒューゴ等を伴って問い質す理由にもなる。いずれにしても、軍事衝突のリスクを反アレシア側は負う。


 ヒューゴの目的は、持久戦の阻止にあるとセレリアは理解した。


「はい。領地ごとに領民の主な生活手段は異なっています。ですが、他の領地でも同じような生活を送るのは難しくないでしょう」

「だが、支援に必要な金はどうする?」

「物的支援を中心にすれば、多額にはならないでしょう。それに、領民が移動しそうだと判れば、反応は二つ。無理矢理に移動を止めようとするか、領地経営を改めるかです」


「領地経営を改めるなら、アレシア様の新たな方針に逆らう必要はなくなる。領民が領地から去ろうとするのを武力で抑えれば帝国軍に介入される。……なるほど、早速準備させよう」


 セレリアは会議室の上座に座り話を聞いているアレシアに許可をとる。

 扉を叩く音がしてルイムントが入ってきた。


「セレリア様、ヒューゴ様、急ぎご報告がございます」


 アレシア達に一礼したあと、ルイムントは後ろを向いて「入れ」と声をかけた。

 扉の外から、セレリアの元副官ヤーザン・ゾイクリフが警護の兵二名とともに入ってくる。後ろに回した両腕を鎖で縛られている様子から、ルイムント等によって捕えられているのがセレリア達にも判った。


「ヤーザン! あなた……」


 予想外の人物が連れて来られたので、セレリアはつい立ち上がった。

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