承認
ヒューゴの方針が決まり、昨日の打ち合わせの続きを朝食後から始めることとなる。
昨日の参加者九名の他に、ガン・シュタイン帝国皇太子夫妻、ガルージャ王国王太子カスルーア・アル=アリーフ、 ズルム連合王国盟主国ゼナリオ国王夫妻と王太子アレハンドラ・アル=バブカル、次男ミゲロ・アル=バブカル、ズルム連合王国加盟国アスダン国王夫妻の九名が参加した。
会議室に全員が揃うと、ヒューゴは最初にガン・シュタイン帝国皇太子シルベスト・シュテファン・フォン・ロードリアへ協力の条件を伝えた。協力してギリアムと戦うために必要な具体的な話を進めるには、まずヒューゴとシルベストの最終目標をすり合わせておくべきと考えたのだ。
セリヌディア大陸で紋章の有無による差別を無くす。
統龍を含む龍族の運用。
グレートヌディア山脈一帯の独立地域としての承認。
昨夜のうちに昨日の参加者には伝えておいた条件をヒューゴはシルベストへ説明した。
シルベストの反応はヒューゴの予想通りで、金髪の頭を傾げて龍族の運用に疑問を呈する。
「龍族の運用については驚いたが、他の条件は問題ない。それで、龍族の運用を国から切り離す件なんだが、力を持たない国家……いや皇族で統治は可能だと?」
「現状ガン・シュタイン帝国とルビア王国の二国が統龍を抱えていますが、他の国は抱えていません。それでも国を統治しています。龍族に依存しなくても十分に統治可能だと思います」
「貴族は反発するだろうし、国民は不安に思わないだろうか?」
「龍族の支配という強大な力を求めてはいけないのだろうと思うのです……」
統龍は皇龍に従う。ということは、皇龍の考え次第で統治者も決まってしまう。今、士龍を持つヒューゴが狙われているのは、士龍所持者が皇龍になる可能性が高いから。一個人が大陸の運命を左右する機会はヒューゴで最後にしたい。それに、皇太子が次期皇帝になるにしても、別の国を建てて初代国王になるにしても、統龍を従えているからという理由によるものではなく、国民のための統治を行えるという理由にすべきではないか。
ヒューゴがこの考えに至ったのは、やはり紋章の有無が人の人生を左右するという現状を考えた上でのことだった。紋章の力という特別な力ではなく、努力によって人生を歩めるようにすべきだと考えた。皇帝や国王も同じで、統龍という力によってではなく、国民のための政治を行うからという理由であるべき。
ヒューゴの説明は、
「ヒューゴの言いたいことはよく判った。しかし、統治には力も必要だ。それはどう考えるのだ?」
「龍族が国家間戦争を止めるので対外的な力は基本的に要らなくなるでしょう。必要なのは国内治安用の力です。それは専用の軍事力を持てばいいと思います。ただ、統治権や軍事力の保持を具体的にどうすべきかについては、申し訳ないのですが、皇帝になろうとしている殿下に考えていただきたいんです」
「国の在り方を大きく変える必要があるということか?」
「僕が手伝いたいと思う新たな国の姿は、生まれながらにして持った力……紋章や階級ではなく不断の努力で維持していく国です。これまでのように貴族の家に生まれたからとか、特別な紋章を持っているからとか、統龍を使役できる資格があるからとか、そういう理由で運命が決まる人が極力少ない国を作ろうというのでないなら協力したくないんです」
きっぱりと意思を示したヒューゴをその場の全員が無言で見つめている。
「もし、ここで約束しておいて、後に反故にするようなことになったら?」
「……僕が皇龍になれるかは判りません。でも、もし皇龍になれたなら、否応なしに龍族の立場を先ほど説明したものに変えます。それだけです」
「ギリアムが君を狙うわけだな……龍族を統治に利用したければ邪魔でしかない」
統治する上で巨大な力を持つことは悪いことではない。だが、龍族を思うように使えるというのは、人の手に余るとヒューゴは考えている。シルベストはそれが判った。
そして、そう考えたきっかけはヒューゴが
「士龍を持っている僕の意見を尊重してくれるお二人ですが、パトリツィア閣下やダヴィデ閣下に、統龍を利用して殿下を助けてはいけないなどと言うつもりはありません。また、殿下が皇位に就くことを邪魔するつもりもありません。ただ、僕の希望を聞き入れていただけないなら、イーグル・フラッグスはお手伝いできないというだけです」
「だが、君が皇龍になれたなら……」
「……」
ヒューゴは、龍族の強力な力を使って要求しているのではない。龍族を使わないと不利益になる者達に要求している。龍族に過度に頼るなと、人の力で成し遂げてみろと言っている。
ヒューゴの要求を真摯に受け止めると、これまでいかに龍族に依存していたのかをシルベストは実感した。
そして持っているのが当然と考えてきた力を失うことが怖い。
人の力で成し遂げよと考えるヒューゴという男に士龍が発現したのは偶然なのか、それとも世界が望んだのか?
シルベストは試されていると感じていた。ヒューゴに、龍族に、世界に試されているのだと感じた。
「……フウゥ……判った。龍族の力に頼らない統治に挑戦してみようじゃないか。というより、他に選択肢はないんだ。ギリアムのように君を亡き者にしようなどと私には考えられない。少なくとも私には不可能だしね」
「では殿下、及ばずながらお手伝いさせていただきます」
ニッコリと微笑んでヒューゴの要望を受け入れたシルベストに、ヒューゴは立ち上がって深々と頭を下げた。
「では、当面の話を」
セレナが具体的な話に移るよう促す。
「昨日、私とダヴィデとで現状を考慮した案を説明させていただく」
それまでヒューゴとシルベストの話を黙って見守っていたパトリツィアが、ダヴィデと目配せしたあと口を開いた。その案は……。
皇太子夫妻はベネト村へ、その他の国王家族はガルージャ王国へ退避する。
イーグル・フラッグスはドラグニ山麓の
イーグル・フラッグスの本拠地は守るには適さない上に、ベネト村へ退避した皇太子夫妻から離れすぎる。
体制を整えたら、ギリアム軍の動き対応しつつ、最終的には帝都を奪還する。
「要は、まず守りの体制を整えるべきと考えます」
「紅龍は?」
「紅龍と火竜は中央基地から動かしません。帝都を外敵から守るという前皇帝のご命令に従います」
シルベストの問いにパトリツィアは答え、その他の質問がないか見回す。
パトリツィアと目が合うとゼナリオ国王太子アレハンドラ・アル=バブカルが口を開いた。
「私はイーグル・フラッグスと共に行こうと思います」
そう言って、両親のゼナリオ国王夫婦を見る。父親でありゼナリオ国王のジェルソン・アル=バブカルはアレハンドラに頷いた。既に話し合っていたのだろうと、その様子を見た全員が理解した。
「私も
「アレハンドラは魔法こそ使えませんが、その分体術や武術に力を入れて鍛えています。この子も十八歳となり、自分の意思で生きたいと考えているようです。親としてもこの子の希望は叶えてあげたい。私からもお願い申し上げます」
アレハンドラと一緒にジェルソンもヒューゴへ頭を下げる。
「うちは人手がまだまだ足りないので有り難いのですが、給料とかそんなに出せませんよ? これからしばらく帝国軍から仕事貰えなくなりますし、村や行商人の警護の仕事も落ち着くまでできませんから……。」
元とはいえ、王太子アレハンドラを部下にすることに気が引けているヒューゴは、どうしたらいいのか困っている表情で周囲を見回す。
「いいんじゃないの? ヒューゴは生まれながらの身分に囚われない国を、皇太子殿下に希望したんだからさ。イーグル・フラッグスに元王太子がいるくらい当たり前でいいと思うわ」
からかうような素振りもなく、いつになく真面目な表情でパリスがヒューゴに言う。イルハム、レーブ、セレナもパリスの言葉に頷いている。
「判りました。ではアレハンドラさんもお手伝いください。当面はレーブの隊へ編入してもらいます」
「ありがとうございます」
今にもため息を吐きそうなヒューゴの承認に、アレハンドラは深々と頭をさげる。
「じゃあ、急いで移動しましょう。ギリアム軍が動き出す前に……」
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