踏み出す不安
「まいったな。僕は……ルビア王国の
まぁ……ルビア王国打倒なんていう大それた目標も持っていたけどさ。
帝国の今後にも責任があると言われても、そんな大きなもの背負えないよ……」
木材を組みあわせた簡単な作りの椅子の低い背もたれに体重をかけ、天井を見上げてヒューゴはつぶやく。
皇太子等を放り出して、ルビア王国との対決だけに集中する。それができればいいのだけれど、士龍を持つ自分の存在が邪魔だというのだから、ギリアムとの戦いは避けられそうもない。
それに
持ちたくないものでも持ってしまった者には、それなりの役割が回ってくるとダヴィデは言う。
士龍を持ち、戦いでそれなりに結果を出せるようになったから、ルビア王国との戦いを考えるようになった。ベネト村の防衛でも、その他の戦いでも士龍の力なしに成果を出せはしなかった。
士龍の力の恩恵をヒューゴはうけている。これからもこの力を活かしていくつもりでいる。だから士龍の力は持ちたくない力ではない。
ヌディア回廊出口から帝国側へ出てきたルビア王国軍が、ヌディア回廊をルビア王国側へ通過しようとする帝国軍が、ベネト村やウルム村という集団の動向を気にするのも判る。だから占領して自陣にしようとこれからも考えるだろう。だが、そんなことをヒューゴは許したくない。
「統龍への牽制の件は置いておいても、士龍の力を活かすと、結局はガン・シュタイン帝国にもルビア王国にも邪魔な存在になるのは確かなんだよな」
コンッコンッと叩く音がして扉が開き、カディナがカップを乗せたトレーを持って入ってきた。
「ヒューゴさんへ持っていけって……パリスさんが……」
「そうか、ありがとう」
トレーからカップを受け取り、ヒューゴは笑顔を返す。
カディナはその場に立ったままヒューゴの顔をじっと見ている。
「どうかしたかい?」
「あの……大丈夫ですか?」
「ん? パリスさんが何か言っていたの?」
「パリスさんもですけど、みんな、ヒューゴさんをしばらく一人にしておけって言っていたから……」
心配そうに黒い瞳を曇らせて、カディナは言う。
「あはは、僕のことなら大丈夫だよ。ちょっと気持ちの整理をつけなきゃいけないことがあるだけなんだ」
「本当ですか?」
「うん、嘘は言わないよ」
「私……ラーナもですけど……ヒューゴさんにとても感謝しているんです」
「急にどうしたんだ?」
「助けていただいて、その後もこうして普通に生活できるようにしていただいて……。だからヒューゴさんが困っているなら力になりたいんですけど……」
「そっか。元気づけようとしてくれているんだね? ありがとう」
ヒューゴを気遣うカディナの黒髪に触れ、ヒューゴは頭を優しく撫でる。
「いえ、私はたいしたことできないし……」
「そんなことないよ。この広い本拠地の家事を毎日きっちりやってくれて、僕等は本当に助かっているし感謝しているんだよ?」
「アイナさんやナリサさんのように紋章も出てこないし……」
「何を言うんだ。皇太子殿下も
「ベネト村の皆さんやここの皆さんはそう言ってくださいます。でも……」
「いいかい? どこの誰が何を言ってこようと関係無い。紋章の有無なんて、身体の大小程度の違いでしかないんだ。力持ちができることができないなら、力が無くてもできることをすればいいだけさ。そしてカディナもサーラもできることをきちんとやっていると僕は思う」
「……」
「心配してくれてありがとう。もう一度言うよ? 僕等は全員カディナ達に感謝している。そのことを忘れないで欲しいんだ。……セレナかパリスさんに伝えてくれないか? 僕はラダールに乗って少し出かけてくる。夕食までには戻るからね」
はいと返事して、まだ少し暗い表情のカディナが部屋から出て行く。
彼女はまだ自分に自信を持てないのだとヒューゴには判っている。ヒューゴもそうだったから、気持ちはよく判る。
同世代の子よりもカディナもサーラも頑張っているし、いろんなことができる。家事に限れば、同じ年の頃のパリスよりもずっと丁寧な仕事している。彼女達がしていることが、隊員達の毎日を支えている。
でもそんな比較はカディナにとっては、きっと気休めにしかならない。
家事ができなくてもパリスにはできることがあったと考えるだろう。
そしてやはり自分がしていることの価値を低く考えてしまうだろう。
その原因は社会だ。
社会が低く見るから彼女もそう感じてしまう。
――僕に、社会を変える力があるんだろうか? その責任を背負っていけるんだろうか?
カディナのような思いを抱える人を減らすには、不安でも皇太子と共に社会を変えるしかない。紋章を持っていなくても自信を持って生活できるようにするためには……。
まだ大きな不安を感じながらも、覚悟を決めるための覚悟の必要を自覚したヒューゴは椅子から立ち上がる。
鋭い光を黒い瞳に宿して、ラダールの小屋へ向かった。
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