一時帰宅
その後、食事を終えて馬車の荷物を軽くしてから、ドラグニ山へ向けて昼すぎに出発した。
夕方にベネト村へ到着し、セレリアとパリスはダビド家へ、ヒューゴはアイナとナリサを連れて、リナの待つ自宅へ戻る。
「ただいまぁ……」
態度こそ堂々としているのだが、やはり気まずさがあるヒューゴは、自宅の扉を開けると、弱々しい声で帰りを伝える。
「お帰りなさい」
玄関からは見えないが、台所の方からリナの声が聞こえた。その声は淡々としていて、ヒューゴにはリナが怒っているのか判らない。
囲炉裏がある部屋へ、アイナとリナを連れてヒューゴは入る。
二人には座ってもらい、ヒューゴは一人台所へ向かう。
「あのぉ……ごめんね?」
「怒ってますけど、怒っていませんよ」
「本当にごめん」
「お客さんを連れて来たのでしょう? お茶を出しますから、ヒューゴさんもあちらで待っていて下さい」
「怒らせているのね。村を飛び出してくれたおかげでヒューゴと会えたから、私も一緒に謝ってあげるわよ」
「私もです」
家の中に満ちた空気は、ヒューゴの妻リナが不機嫌なことを伝えている。いつもは明るい方のヒューゴが、緊張し強ばっているのも、アイナ達にはこれから起きるトラブルを予感させていた。
しばらくすると、お盆にお茶が入った椀を乗せてリナがヒューゴ達の前に現れた。
「はじめまして、ようこそいらっしゃいました。ヒューゴの妻リナです。ヒューゴがお世話になったと思います。本当にありがとうございます」
お茶を配り終えたあとヒューゴの横に座り、アイナとナリサへスウッと頭を下げてリナは挨拶した。
「あ……アイナさん、僕には勿体ないほどの美人なお嫁さんでしょ?」
「ええ、そうね。それに、しっかりしている方に見えるわ」
「さすがはヒューゴさんです。素敵な奥様ですね」
ヒューゴのご機嫌取りに、アイナとナリサはやや苦笑しながら付き合う。
「ヒューゴさんのお話は後で聞きます。こちらのお二方をきちんと紹介してください」
「は、はい。こちらはアイナさんと言って……」
アイナとナリサの事情を簡単に説明し、二人がこの村で暮らしていく上で、リナと一緒に住んで貰おうと考えていることや、村の生活に馴染めるようリナに手助けして欲しいことを、ヒューゴは申し訳なさそうに伝えた。
「ヒューゴさん。背筋を伸ばして堂々とした態度で話してください。アイナさんとナリサさんをこの村へ連れてくるという考えをおかしいと思っているのですか?」
「いや、そんなことはないよ。この村では
「私もそう思います。でしたら、堂々としてください」
は、はいと背筋を伸ばすヒューゴを、アイナは面白そうに、ナリサは驚いて見ていた。
「事情は判りました。アイナさんとナリサさんは私と一緒に暮らしていただこうと思います。お仕事などは後で相談しましょう。それで宜しいでしょうか?」
アイナとナリサは頭を軽く下げて、リナの問いに承諾の意思を示す。
「さて、ヒューゴさん。お二人の前ですが、これから一緒に暮らしていくのですから聞いて貰いましょう」
「……うん……そうだね」
「私が何に怒っているか判っていますか?」
「リナに相談もせずに手紙を置いて村を離れたこと……」
「そうです。村を離れ、ルビア王国と戦いたいという気持ちはよく判ります。ヒューゴさんの過去を思えば、私には止めることなどできません。ですが!」
「……うん」
「父さんには相談しておいて、私に相談しないというのはどういうことですか?」
横からグイィィとリナの顔がヒューゴに近づく。
リナの綺麗なブラウンの瞳に炎が見えるような気がしているのはきっと幻じゃないなとヒューゴは冷汗を流す。
「仕事のことがあるし、リナのことも頼まないといけないと……」
「私がヒューゴさんの後を追いかけようと考えたらどうするのです?」
「あ、ああ、ごめん。でも、この村にはリナの治療魔法が必要だし……」
「私と同じ治療は、ジネットさんにも、他の鳥紋所持者にもできます」
「でも……」
「ええ、判っています。私は戦いの場に向いた力は持っていません。ですから、ヒューゴさんは私はここに残ると考えたのですね。でもですね? ヒューゴさん達が怪我をしたとき私の力は役立ちます。そう考えて、本当に後を追いかけようと考えたんですよ?」
「いや、それでも……」
「ええ、私はお父さん達が反対することはしません。でもですね? ヒューゴさんの身を案じてと言えばお父さん達も渋々でも納得しますよ? ベネト村の住人なら誰でも納得するでしょう」
「……」
ヒューゴの弁明など聞く耳も持たないリナの説教は、アイナとナリサの目も気にせずにしばらく続く。勢いある説教するリナを初めて見たヒューゴは、驚くと同時に、ここまで心配させてしまったのだと猛省した。
「本当にごめん。リナ、僕が悪かった」
囲炉裏に突っ込まんばかりにガバァッと頭を下げ、ヒューゴはリナに謝罪する。
「私も言いたいこと全て言ってスッキリしました。ヒューゴさん。これからは何でも相談してくださいね? 本当ですよ?」
「うん、リナ、約束するよ。許してくれ」
とても反省したと判るヒューゴの情け無い表情が可笑しかったのか、リナはクスクスと笑い出す。
「それじゃ、夕食にしましょう。食べ終わったらアイナさんとナリサさんのこれからを相談しましょう」
晴れ晴れとした口調のリナは、ヒューゴがよく知る優しくて明るい頼りになるリナの姿だった。
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