第64話 train soldiers for battle(2)

 ダンゴムシの後についていく。エレベーターで1階まで降り、フロントの中に入って、「スタッフオンリー」と書かれているドアを通り、スタッフの事務室、仮眠室を通過し、裏口から外に出る。


 外に出ると従業員専用駐輪場だった。そこはプレハブの物置とちょっとしたスペースがある。物置の前には壊れた傘やら角材などが無造作に立てかけられていた。


 ダンゴムシは軽く握った拳で、俺の胸や肩や背中を軽く叩いてきた。


「お前、ガキの頃、なんかスポーツとかしてた?」


「体育は苦手で、特になにもやってないです」


 だろうな、そう言って今度はロイホに同じことをした。


「お前は?」


「中学のときに剣道部でしたけど、ほとんど何もしてないので.........6級?」


 ダンゴムシはため息をついて、物置の前から角材を1本持ってきてロイホに、素振りしてろ、と渡した。


「お前ら2人が戦力として、ちょっと心配なんだよ。見るからに弱そうだからな」


 ロイホは言われた通り素振りを始めた。4〜5回素振りする度、きえぇぇぇぇ、と奇声をあげた。剣道やる人は、あの声を出さなければいけないルールでもあるのか。


「ミントさんは?」


 俺たち2人が戦力不足と言われ、まあそれは当然だとは思ったが、小さくて、か弱そうなミントはという疑問が頭をよぎった。


「ミントか、あいつクソ強えぞ」


 ダンゴムシの答えに、あの人は剣道4段ですが好きな剣士はリュ●ハヤブサです、とロイホが補足した。


「実際、昇竜天打と飯綱落としができるという噂です」


 ロイホが何を言っているのかわからず、首を傾げていると、ニンジャガ●デンです、と言って、きえぇあぁぁぁぁ、とまた奇声をあげ、飛び上がって空中で体を回転させ角材を振り下ろし、角材を地面に叩きつけたせいで痺れ、肘を押さえてしゃがみ込んだ。


 俺とダンゴムシは顔を見合わせ、首を傾げることしかできなかった。


「まあ、放っておこう。麻酔銃でもいいんだけどさ、ゴッチャゴチャにやりあってる時なんか、あんまり役立たねえんだよな。なんでもいいんだけど、格闘技覚えてた方がいいんじゃね」


 俺は格闘技はもちろん、喧嘩すらしたことがなければ、人を殴ったことがない。


「とりあえず、俺のこと殴ってみろ」


 殴ってみろと言われて、まずどこを殴ったらいいのかわからない。それからどの程度の力で、何発殴ればいいのか。

 ダンゴムシは外国人が挑発してくる仕草のように、掌を上に向けた状態で手招きしてくる。仕方なく右手で軽く、左胸を叩いた。


「なんだよ、そのヘナチョコパンチは。思い切り来い!」


 まあ、相手は元ボクサーで、今でも多少鍛えてるのだから、思い切り来いと言っているし。俺は右拳を振りかぶって思い切り殴ってみた。

 しかし、思い切り殴ったつもりだが、ダンゴムシの左胸に当たった時の感触は、さっき軽く叩いた時と同じような、力の抜けた当たり具合だった。ダンゴムシとの間合いの問題か、それとも当たるまでの力が継続できていないのか、自分でも不思議なくらいヘナチョコパンチだった。


「お前、ここに当てようって思って、当ててんだろ。それじゃダメだ。そうやって殴ると、自分でも無意識のうちにブレーキかけちまうんだよ。死んだらどうしようなんて加減したら、攻撃なんて効かねえんだよ。素人が本気出したところで、人はそう簡単には死なねえ」


 もっと突き抜けなきゃダメだ、ダンゴムシは言う。


「俺よりも50センチくらい後ろの物をぶん殴るつもりで、殴ってみろ」


 言われた通りやってみるが、やはりダンゴムシが視界に入って、すんでのところで力が抜けてしまう。しかし何度か続けるうちに、ヒットした時しっかりした音が出るようになってきた。

 よし、次1番の本気のやつ!と言われ、振りかぶったところ、脇に一撃食らった。脇を殴られたのに、鳩尾のあたりと背中に苦しくなり、痛いと言うより吐き気を催した。


「脇は急所だぞ。お前は今、当てることだけ考えて、当てる場所しか見てねえから、やられたんだ。やる時は、相手の目ぇ見てねぇとダメだ。目ぇ見てりゃ、次にこいつが何しようとしてるか大抵わかる」


 最初に言ってと思ったが、鈍痛が治らない。地べたに転がり、もんどりうつしかできない。


「なんだ、だらしねえな。1000分の1くらいの力しか出してねえぞ。休憩するか?」


 そう言われて、壁に凭れて座った。ロイホも奇声をあげて最後の一振りをして、何か飲み物貰ってきますね、と扉の向こうに消えた。


 痛みというか吐き気が治まってくると、息が上がっていることに気づいた。既に二の腕と背中と腰が痛くなり始めていた。37年間まともに運動してこなかった。自分の体力のなさに愕然とする。


「みんなに格闘技教えたのって、ダンゴムシさんなんですか?」


 息が整うのを待って、ダンゴムシに聞いてみた。


 まあ、そうだな、と答えた時、従業員専用扉が開き、ミネラルウオーターを3本持ってきたロイホと一緒に入ってきたのは、フジコだった。


「リトルハンドとジバンシイは、アタシが教えたよ。澤村のジジイの教え方だとメチャメチャだったからね」


 フジコはピタピタのレザースカートから、スリットが裂けそうなほどの蹴りを繰り出し、俺の目の前で寸止めした。一瞬だけ下着が見えたが、そうだ男だったと今更思い出した。


「こいつ10年間、テコンドーやってたんだよ。全日本ジュニアテコンドー選手権出てんだよ」


「そう、アタシ長野出身だからね。結構盛んだったの。ヘッドギアつけててもさあ、顔とかボコボコになるの。東京出てきてから、ボコボコの顔をこんなに綺麗にしちゃったの」


 そう言ってフジコは髪をかきあげだ。


「まあ、澤村の教えてたのは適当な格闘技だけど、あの子達は結構筋がよかったよ」


「あの子達って、フジコの方が歳下だろ」


「だからぁ、その呼び方やめて」


 空がオレンジ色に変わってきた。思い出したかのように急に蝉たちが鳴き始めた。1週間しか生きられなくて、この日が落ちたら残り少ない寿命が縮んでしまう。でも蝉たちはあと1週間で死ぬとかなんか知らないでいるだろう。鳴いたところでなにかが変わるわけではない。ただ悪足掻きのように鳴くしかない。俺たちも決行日まで1週間ほどしかない。やれることを、やるだけだ。やる意味なんて考えなくていい。


「アタシが教えてやろうか?リトルハンドに教えた『ソバット』」





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