第63話 train soldiers for battle(1)

 俺が出した案を骨組みに、いろんな案が出てきた。決行は来週の土曜日、ライブ当日。孫娘の殺人予告と、ライブ会場に爆弾を仕掛けたというデマを流す。特殊SPの人数も減らしたい、従業員内部から崩れるようネット上で、香川警備保障は海外のテロ組織と繋がっているというデマも流すことにした。もし特殊SPの中に、まともな人間がいるとしたら離れていくかもしれない。

 相手はプロだ、少しでも統率力を崩していきたい。


 しかし、俺たちは素人だ。

「殺し屋」と名乗ってはいるが、人を殺したことはない。ましてや特殊な訓練を受けているわけではない。いろんな案を出せば出すほど、こんな映画や漫画のようなことが、うまくいくのかと気持ちが萎えてくる。

 他のみんなも口数が少なくなってくる。澤村も黙ったままだ。こちらは、警官崩れ、医者崩れ、ボクサー崩れと、拷問マニア、よく考えてみたら、ただの素人集団だった。

 古谷夫妻の、もういいですよ、という小さなか細い声が、更に俺たちを萎えさせる。


「おい、おい、おい、おいおいおいおい!」


 横柄な態度で足を組んで座っていたドクターが、大きな声を出した。組んだ足の先で、28センチだろうか大きい革靴が揺れていた。


「どうしたんだ、みんなショボくれた顔して。無理か、あーダメかって思っちゃったか。やる気なくなっちゃったか!」


 貧乏ゆすりのように、爪先がガクガクする。柿の種をボリボリ食べて、まだちょっと残っている袋を丸めて、澤村の方に向かって投げた。袋は澤村の禿げ上がった額に当たり、中身が溢れて落ちた。


「『Mr.ブラック』。お前がそんな顔してるから、みんなショボくれた顔したんだよ。なんだ、お前ら。自分の仕事がなんなのか忘れてんのか。この仕事はまだ、ちゃんと終わらせてねえんだよ。だから、こんなことになってんじゃねえか。それをなんだ、依頼人の古谷さんの前でそんな顔並べて、終いには古谷さんに『もういいですよ』なんて言われて、じゃあ、もう終わりましょうか、とでも言うんじゃねえだろうな!」


 ドクターは立ち上がり、1人1人の顔を除いていく。


「お前らの仕事は、依頼人を助けることだろ。このままじゃあ、誰も助けてねえ。むしろ、以前より悪くなってるじゃねえか。古谷さんが依頼したことは相手さんも知ってるわけだ。それで財前ってババアは、凝りもせずこんな仕打ちをしてきやがる。いじめっ子ってのは、いじめてた相手が中途半端に歯向かってきたら、更にいじめてきやがる。中途半端で終わらせたらダメなんだ。もうしません、ってとこまで追い詰めなきゃならねえ。そういう仕事だろ、お前たちがやってんのは」


 ドクターは諦めていないようだ。他のみんなと目が違った。そして、もう1人、闘志を失っていない人物がいた。


「みんなやらないなら、あたし1人でもやるよ」


 アゲハだった。

 お前、脚、そんなでどうやってやんだよ。ダンゴムシがアゲハに言った。


「脚こんなにされたからやんだろ。あたしたち、今までどうやって『殺し』てきたんだよ。この殺しに関して素人の普通の人間が、まさか復讐のために殺しにきたなんて思われねえから、ナメて油断してたから、相手ボッコボコにできたんだろ。だからこんな車椅子のあたしが来たら、相手だってナメるだろうよ。

 あたしたちは『殺し』の素人なんだよ。素人のくせに手加減しないから、みんなあたしらのこと怖がってんだよ。知識や経験なんてなくても、本気で『殺し』に行けって、教えてくれたのアンタだろ」


 アゲハは車椅子を手で動かし、ダンゴムシに詰め寄る。


「それにな、ここまで治してくれたドクターがいるんだよ。みんな何ビビってんだよ。足りない頭並べて考えたってしょうがねえじゃん。やるしかねえんだよ!」


 ドクターは、でかい掌でパンパンでかい音を出して拍手した。


「お前ら、俺を信用しろ。うちにゃあ、俺以外にも『野口』や『玄白』っていう腕の立つ医師がいるんだ。技術がなくたって、本気で相手殺そうと思ってやってこい。今までそうしてきたじゃねえか。どんな怪我でも治してやる。お前らがやられたって、俺が治してやる」


 ドクター、あたしの脚治るんだよな。アゲハはドクターに確認した。膝の軟骨移植すりゃあ歩けるようになる、ドクターはぶっきら棒に答えた。


 ダンゴムシは、寝癖頭をボリボリ両手で搔きむしり、あ〜あ、とため息なのか、あくびなのか、その後わざとらしく手を上に上げて伸びをした。


「ったく、小娘に説教されちまったな。

 じゃあ、決行は来週の土曜日。ロイホがネットとアイドルの事務所にライブ当日の爆弾騒ぎな、それでついでになんだっけ?あの会社が悪ぃことしてるみたいなやつもネットに載っけて。それで当日はミントがトラックで突っ込んで。トラックは田中のスクラップ工場からパクってくりゃいいだろ。

 なあ、『Mr.ブラック』さんよぅ。アンタんとこの婿殿の案でいこう。あとは、トラックで突っ込んでっから考えりゃいいだろ」


 澤村は、んん、と唸ってから、みんなの顔を見回した。みんなの顔は、いつもの目に戻っていた。最後に俺と目が合った。俺はできるだけ力強く頷いた。


「よし、決行は土曜日だ。俺も久々に現場に出る。1人でも多い方がいいだろ」


 それと、澤村は一瞬言い淀んだが、自分を奮い立たせらためか、ゆっくり息を吐き、言った。


「これが終わったら、探偵事務所GESBKは一時解散しよう。たぶん大事になる。今まで通りってわけにはいかないだろう。最後の『執行』だ、みんな気合い入れていこう!」


 みんな何も言わなかったが、たぶんそうするしかないことは誰でもわかっていた。


「じゃあ、モナコに逃げちゃおうか」


 いつも通りふざけた口調でダンゴムシが言ったので、それもミッシェルガンエレファントですか、と俺が言うと、正解婿殿、と人差し指を指してきた。


 みんなの意志は固まった。最初からそうすりゃいいんだよガングロ薄らハゲ、ドクターは澤村の背中を小突いた。


 みんな立ち上がり、各々の準備にとりかかった。ダンゴムシが俺とロイホを手招きした。


「お前ら、どうやって戦うんだ?」


 俺は以前ロイホから渡された麻酔銃を見せた。


「それだけじゃ心許こころもとないだろ。お前らだけ、弱っちいから、決行日まで、ちょっと鍛えてやる」


 俺とロイホは、エレベーターに乗り、外に連れられていった。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る