第62話 付和Ride On(2)

「正面から大型トラックで突っ込んでやろうか」


 麻酔銃を4度目の組み立てで飽きたのか、ジバンシイは投げやりに言った。


「大型トラックって、誰か運転できるんですか?」


 俺は楓の肩に手を置いたまま口を挟んだ。どうせ犯罪なんだし、大型運転免許の必要なんかないだろうが、何も喋らずにいるのも格好が悪いと、たぶん楓の前で格好つけたかっただけなのかもしれない。


 ミントは、ゴソゴソと赤いトートバッグからカードケースを出し、自分の免許証を見せてきた。ミントの免許証は普通、大型、大型二種、全ての欄が埋まっていた。大型特殊やけん引車まで持っている。この間、ホテルの車を借りて慶太を迎えに行く時に、男だからと運転をした自分が妙に恥ずかしく思えてきた。

 その気持ちを悟られないように、俺はテーブルに置いてあるiPadを手に取り、根津、木村のページを捲り、意味もなく他の従業員の情報を見だした。


「こいつらだって、このクソ野郎の会社に勤めてる以上、ロクな奴らじゃねえんだよ。多少の犠牲は仕方ねえよな」


 他の従業員たちの資料を見ると、入社したての若い人や、新婚の人、家族のいる俺と同じくらいの年齢の人など、様々な従業員が載っていた。

 妻と娘という俺と同じ家族構成の従業員に目が止まった。この人はきっと、会社を我が物のように公私混同している香川と違い、真っ当に働いている一社員に過ぎないのだろう。まさか、こんなことに巻き込まれるとは思って勤めてはいない。写真の顔は、無遅刻無欠勤で、非番の日には家族サービスをし、娘の成長を楽しみに生きている、そんな普通の父親に見えた。


「お前、どう思う」


 澤村が言った言葉が自分に向けられているとは、しばらく気がついていなかった。みんなの視線を浴びていた。


「えっと、その、あまり、なんていうか、関係ない人は巻き込みたくないです。って言っても、どうしたらいいんでしょうか。なんか、血を流さないで勝つというか、戦わずにして勝つというか........」


「黒田如水か」


 澤村は期待するような目付きで俺を見る。俺はあまり歴史に詳しくない。


「誰だよ、その、ジョ、ジョスイって」


「お前は俺より頭の悪いな。官兵衛だよ。黒田官兵衛、大河ドラマにもなっただろ。信長とか秀吉の軍師だよ」


 頭の悪そうなランボーに、ダンゴムシが突っ込む。ダンゴムシより頭が悪いと言われ、ランボーがムキになって言い返す。


「そ、それくらい知ってるわ!あれだろ、和を以て貴しと為す、だろ!」


「そりゃあ聖徳太子だろ!だからお前バカだって言ってんだよ。意味わかってんのか。俺は頭悪ぃけど、日本史だけは好きだったんだよ」


 また頭突き食らわすぞ黙ってろ、とダンゴムシに脅されランボーが萎縮した。ただこんなやりとりも、この話が停滞してるからなのだ。ただ風穴を開けてくれたのは古谷夫妻の夫だった。


 ちょっと、いいですか、と授業で発言する生徒みたいに古谷夫妻の夫が手を挙げた。澤村が教師のように、どうぞ、と促した。


「あの、先程から香川警備保障という会社の名前を何処かで聞いたことあるなぁと思い出そうとしてたんですが、私、息子が死んでからしばらく休暇をいただいてるのですが、あの、私イベント会社の経理部にいまして」


 モジモジと話す夫を勇気付けようと、妻が隣で夫の腕を掴んで見つめている。それを見て夫も頷く。


「私のいるイベント会社は、いろんな企業の展示会や音楽やってる人のコンサートとかのイベントを引き受ける会社でして、まあ自分は経理なんで、現場に出ることはない事務仕事なんですが、コンサートの場合なんかは人気があるアーティストさんだと、警備員を雇うんです。その警備を依頼しているアムレト警備というのは、その香川警備保障の子会社だと思います」


 全員黙って聞いている。ロイホも車椅子を改造する手を止めて、こちらに顔を向けていた。


「記憶が正しければ、来週、最近人気のアイドルグループのコンサートがあったと思うんですけど。そのうちの1人が、なんか財務省だか法務省の孫娘があるとかで、ちょっと大きな警備だなあと記憶していて」


 ロイホはスマホの方のネットで調べ始めた。

 これかなあ、と画面を古谷夫妻の夫に見せた。


「そうそう、この人たちです」


 来週の土曜日に、今人気絶頂のアイドルグループのライブが予定されていた。


 ちょっといいですか、俺も古谷夫妻の夫と同じように手を挙げた。澤村と目が合う。


「そのライブの時に、デマでその孫娘の殺人予告なんかしたら、警備体制を増やすために香川警備保障のSPも駆り出されるのではないでしょうか」


 ほうほう、澤村は腕を組んで目を瞑ったまま聞いている。


「それも、前もってだと人員が他で確保されてしまうと思います。だから前日、できれば当日のギリギリのところで、その財務省か法務省に脅迫メールを送るんです。そういう地位がある人って、たぶん子会社じゃなくて親会社の方でなんとかしろとか、我儘言いそうじゃないですか。時間がなくで切羽詰まらせた方がいいです。ここの会場、結構広いですから、人数総動員するんじゃないでしょうか。でもたぶん、この香川という人間は、最低でも自分の側近たちは自社に残するじゃないでしょうか。ライブの時間も会場が午後6時なので、定時の人たちは帰りますよね。一般のSPが全部出払ってしまったとしたら、香川と秘書2人、それに警備員が3名と特殊SPというのが12名でしたっけ?香川警備保障にいる人数は18名まで減らせないですかね」


 iPadで香川警備保障のビルの図面を開く。入り口右脇に警備員室がある。2階がSPの待機室で3階が事務室と訓練場、4階に秘書室と社長室とある。


「この左側からトラックで突っ込みます。警備員が出てきたところ、麻酔銃で眠らせます。基本、警備員と秘書は麻酔銃で眠らせておく程度にしておきませんか?あとは香川と特殊SPの12名です」


 澤村は目を開き、パンっと手を打った。


「うまくいけば、かなり人数を減らせるな。よし、その線で作戦を練り直そう」


 少し部屋の中が活気付いた。

 隣の楓を見ると、満足そうに微笑んでいた。





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