第49話 暴かれた世界(4)〜殺された男、ヤス
「本当、お父さん、こういうの説明するのは苦手よねー」
母が昔の話を語りだした。
むかし、うちの店が潰れかけたというのは、知人の借金の保証人になったことが原因だったそうだ。俺と同じ性格の親父のことだから、親切心というよりは、流れに流されて断ることが出来ず、判を押してしまったのだろう。
そこへ取立てに来ていたチンピラが、この安田だったそうだ。
借りた金額は700万ほどだったのだが、とんでもない利子を付けて、それを親父は地道に完済させた。だが、この安田は組では下っ端の下っ端で、組で出世しようと躍起になっていた時期と重なり、必要以上に取立てるため、脅しや嫌がらせを完済した後でも続けていたらしい。
「もっと金を上納すれば、上に上がれるって思ってたんで」
そう言って頭を掻く安田の後頭部を、母はパンッと平手打ちした。
「あー、今でも思い出すと腹が立つ!」
そして、出世できない安田は、腹いせで段々と嫌がらせがエスカレートし、ついには光一に手を出してきた。光一が下校の時、後ろから蹴飛ばされて、膝を4針縫う怪我をした。
安田は脅しだけのつもりだったが、両親は子供にまで手を出されて、もう殺すしかないと決心したらしい。そして、殺した後、自分たちも死ぬことを選んだ。子供たちを残してしまうのは心残りだったが、既に店も悪評が立ち、客なんて来ない状態だったから、自分たちもが残せるのは生命保険しかないと思ったそうだ。
あとで冷静に考えれば、お金を残されても、子供2人でどうやって生活させるつもりだったのだろうと思ったが、それくらい切羽詰まった状態だったのだ。
ただ、子供たちを殺人犯の息子として生きることを避けたいため、安田を殺して遺棄し、自殺するつもりだった。
決行は、俺が学校のキャンプで泊まりの日、おとうとの光一は、学校から帰ったら幼馴染の家に行くようにしてあった。
決行前日の夜、俺はキャンプでいなかったから、両親は光一を寝かせて、母は明日人を殺して自殺するというのに、いつも通り店で着る割烹着にアイロンをかけ、親父はぼんやり雑誌を読んでいたらしい。
「お父さんさあ、あんな堅物のくせして、なんて言ったっけ、オカルト?UFOとかネッシーとか、そういうの好きでしょ。なんかそんな雑誌を見てんの。あとで聞いたら、『一家全員、UFOに連れ攫われてくれないかなぁ』って思ってたんだって。バカでしょ。で、話なんだっけ?」
母は、いちいち話が逸れる。
その雑誌の広告や通販のページに、探偵事務所GESBKの広告が載っていた。怪しげな占い師、不当な価格の幸運を呼ぶネックレス、胡散臭い運気の上がる石、などと並んで、その広告を見つけたそうだ。むかしはインターネットなど今程普及していないし、俺が小さい頃に家にパソコンなんかなくて、探偵事務所の広告は、主に怪しげな雑誌に載せるくらいしかなかったという。
そんな怪しげな広告の中、親父の目に飛び込んできたのは「あなたは自殺しますか、それとも殺しの依頼をしますか」という探偵事務所GESBKの一文だった。
どうせガセネタだろうと、半信半疑のまま電話をすると、澤村が出て、まあ明日死ぬんだから、と胡散臭さを感じつつも、澤村に話した。家族以外の誰かに聞いてもらいたかっただけだという。
「明日、そちらへ伺うので早まらないでください」
翌日、澤村に依頼し、それで澤村と義母との付き合いは、それから今に続いてるらしい。
「光一には友達の家に行くように言ってたのにね。この子バカだから、真っ直ぐ帰ってきちゃったのよ。だから、この子は澤村さんに会ったことがあるの」
バカバカってうるせえな、光一は里穂に食べさせるように、メロンを切っていた。
「それで、僕、『執行』って言うんですか?腕と膝の骨折られて、身体中ナイフで切られて、多分浜名湖かなぁ、沈められたんですよ。あのナイフ持ってる人、顔は全然覚えてないんですけど、身体中切られて、『こんだけ血ィ出してたら、鮫が寄ってくるな』なんて言って、湖にドボンですよ。まあ、浜名湖に鮫なんかいないんですけど。超怖かったですよ」
これはランボーとシュワちゃんの話だな。だけどなんでこの人、生きてるんだ?
「もう水も飲んじゃうし、息もできないし、段々意識も遠のいて、ああ、このまま死んじゃうなぁって、そうしたら湖の中で頭ツルツルの人が潜ってきて、僕は半魚人が来たって思ったら意識失っちゃって。気がついた時には、頭モジャモジャのお医者さんの手術受けてて、まあ、助かったというわけです」
これはドクターの話か?それに、湖に沈めてまでして、その後わざわざ助けたというのか?
「澤村さんが殺すのは、それまでの悪い人、その悪い心っていうのかな、それを殺して新しい人間にさせることを言うの。
殺すのを頼んだ人間ってね、最初は死んでくれたーって喜ぶんだけど、でも時間が経つに連れて罪悪感が出てくるの。人殺しを依頼しちゃったことで、生きているのが苦痛になってくるの。
もうそれで気が狂いそうになる、ちょっと経った頃に澤村さんがヤス連れてきたの。もうチンピラだった時とは大違いで、なんか角が取れちゃって別人と思ったわ。もう泣きながらの平謝りで。今漁師の手伝いをして真面目にやってるって。許すとか許さないとかじゃなくて、生きててホッとしたの。殺す依頼をした自分たちを許したかったのかな。それで澤村さんは、私たち依頼人に何度も様子を見にきてケアしてくれて、その殺した相手のその後もケアしてくれてんの。それが依頼した人間のケアにもなってんの。解る?」
聞けば聞くほどわからない。内容は解る。ただ、なんでそんなことをしているのかが、わからない。それに自分の娘、息子まで巻き込んで、今では婿まで巻き込もうとしている。
「うちはね、澤村さんには感謝してもしきれないほど、感謝してんのよ。こいつもね」
そう言って、また安田の頭を叩く。
「母さん、今にヤスさんに、母さん殺してくれって依頼されるぜ」
「いやいやいや。ちょっと、もうあのナイフ持ってる人には会いたくないです」
俺以外の全員が笑った。客間に西日が差し込む。会話の内容は別として、それはごく平凡な家族団欒の風景だった。
「みんな、盛り上がってるぅ?」
声のする玄関の方に振り向いた。そこには、酒の瓶が入ったビニール袋とボストンバッグを下げた義母の姿があった。
いやあぁぁぁぁぁは、は、は、は、はー!
2人は女子高生のように掌を叩き合って、はしゃいでいる。
「あ、おばあちゃん!」
「里穂ちゃーん、今日はね、おばあちゃんも、こっちに泊まるわよー。はい、和恵さん、これ泡盛、これ東京で買えるようになったのよ。さあ、さあ、今日はパーティーしましょうか!」
安田は、アンタも飲みなさい、と言われ、さっきと同じようにハンドルを動かすジェスチャーをして断ったのに、義母にまで頭を叩かれ、それじゃあアンタも泊まって明日ここから仕事行きなさい、と無理やり泡盛を飲まされていた。
客間には笑いが溢れた。里穂は今流行りの韓国アイドルの歌を歌って、みんなで盛り上がっていた。親父も、早々店を閉めて、表に臨時休業の張り紙を出した。
俺を除いて、みんな楽しそうだった。
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