転 真実

第46話 暴かれた世界(1)〜リトルハンド

 あれから暫くは、大きな仕事の依頼がなく、『執行』はなかった。

 仕事の依頼は探偵事務所のホームページから、裏アカウントを使い、裏サイトに入り依頼できる仕組みらしい。裏アカウントは、いろんな闇サイトから入手できたり、口コミで手に入れたりするのだそうだ。

 切羽詰まった人たちは、こういう闇サイトに行き着き、わかる人にはわかるよう裏アカウントを載せているらしい。

 ただ闇雲に恨みを持って依頼してくる人もいる。先日は、愛猫を車に轢かれて死んでしまったというご婦人がいたが、猫だから受けないというわけではなく、それはあくまでも事故で、加害者も罰則をちゃんと受けているし、そのくらいのレベルでは『執行』まではできない。その場合は、うちは探偵事務所なのでそういうことは引き受けていないですよ、優しく諭して帰していた。

 ある会社員が、親会社の担当からネチネチ小言を言われてるので殺したいという依頼もあったが、個人的な意見では真っ先に抹殺すべきだと思うが、その程度では動けない。


 その他は普通に探偵事務所だと思って入ってくる人もいるので、人探しや浮気調査など探偵みたいな仕事を引き受けていた。その間、ジバンシイとダンゴムシは2件ずつ『執行』をこなしていたが、俺が同伴することなく、俺は単なる探偵の仕事をし、慣れない尾行とピントのずれた浮気の隠し撮りに奮闘していた。ロイホがDVDを編集している時、ジバンシイとダンゴムシの『執行』映像を覗いてしまい、あまり気分の良いものではないが、慣れ始めている自分もいた。


 そうして、2週間が過ぎた。


 もうここへ通うようになり、1ヶ月が経った。相変わらず前の会社の小林からはLINEが来る。柏原の愚痴や、俺も浅野さんが務めてある会社に誘ってくださいよ、とかのどうでもいい内容だった。小林には、殺し屋とはもちろん言ってないし探偵事務所にいるとも言っていない。そして妻にも、物流関係の仕事だと嘘をついたままだ。

 バイトなのか、仮入社なのかわからないままの1ヶ月だった。




 今日もいつものように出勤すると、事務所の中が賑やかだった。ソファに所長とドクター。ロイホにミント、ジバンシイにダンゴムシ、今日はダンゴムシは起きて席に座っていた。シュワちゃんと、えーと、ランボー。ここへ来てから出会った社員が全員出勤していた。1人知らない社員がいた。女の人だったので、この人がジバンシイの姉か、と思ったか、その人は「リトルハンド」ではなく、「アゲハ」と名乗った。

 みんなバラバラに出勤して、全員が揃うのを見たことがなかったが、これだけ勢揃いしているところを見ると、今日は何か大きい仕事でも入っているのだろうか。


 ちゃお!ちゃお!ちゃお!ちゃお!ちゃお!


 俺の顔を見ると、澤村は急にはしゃいだように大声でふざけた。


「さあ、『アサシン』くん。今日で丁度1ヶ月なんだよね。どうだった?この研修期間」


 みんなが一斉にこちらを向いた。俺はバイトではなく、研修社員だったのか。


「これから正式に、社員になってもらおうかと思って全員集めたんだが、どうする?」


 いつかはちゃんと考えなければいけないことだった。また、俺の悪い癖で、何も聞かれないのをいいことに流れに任せて、中途半端な状態で時間は経ってしまった。


 楽しいのか、楽しいわけではないが。


 充実しているのか、不謹慎だが充実していた。


 長く続けられそうなのか、それはわからない。


 収入は、安定はしていないが前の職場よりも高額だ。


 家族に誇れる仕事か...............。


「なんか、流されてここまで来てしまいました。今更辞めても、言いにくいんですが、その、人殺しに加担している罪からは逃れられないと思います。ただ、その、なんと言ったらいいのか、わからないですが、これが適当かわかりませんが、もう少し皆さんと居たいと思っています」


 誰も喋らない。まずいことを言ってしまったか。正直、ここでやらないと言ったら殺されるんじゃないかというのが40%、他に仕事も探してないというのが30%で、もう少しみんなと居たいというのが30%という微妙な気持ちだったのが、読まれてしまったのか。


「よく言った。じゃあ、最終確認で今からお前に会ってもらわなきゃいけない奴がいる。それでうちの社員になるか判断してほしい」


 澤村は、さっきまでふざけていたのと違い、少し厳かな雰囲気を出したいのか、最初に会ったときの低い芝居がかった声を出した。


 事務所の扉が開いた。


「ごめーん、遅くなっちゃった」


 フジコだった。


「フジコ!紛らわしいぞ!リトルハンドは!」


「嘘嘘、わざと。いるわよ、そこに」


 もう1度、扉が開いた。

 俺は固まるしかなかった。


 そこに立っているのは、妻の楓だった。



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