第32話 再びバスの中で
今回の顛末をまとめると「携帯電話の件についてはテスト期間中は持ち込み禁止」「だがそれ以外の期間は今まで通り持ち込んでもよい、但し授業中は使用禁止」ということで決着がついた。なお理由については「一部の保護者から治安が悪い昨今、何かあったときのために連絡は取れるようにしておきたいという要望があったため」と発表された。
それから今回の期末テストが終わった後で、僕は自腹を切って四谷先生に誕生日のお祝いとしてネクタイを贈ることにした。過ぎてしまっているが、方便とはいえ一応言い出してしまった以上何もしないわけにはいかないと思ったのだ。そのことを知った星原や虹村、日野崎や明彦など一部の人間が費用を負担してくれたので僕自身の出費は少し楽になった。四谷先生は、「教師になって生徒から誕生日の贈り物をもらうのはこれが初めてだ」と苦笑いしながら受け取った。
期末テストも終わり、あと一週間も通えば夏休みである。
そんな七月半ばの放課後のこと。
僕は、学校を出てすぐの停留所で駅に向かうバスが来るのを待っていた。
「月ノ下くん」
振り向くと立っていたのは虹村だった。
「ああ、虹村。今日は委員会がない日だったのか」
「もう期末テストも終わったもの。昨日、今学期最後のクラス委員会が終わったところだよ」
「……携帯電話、完全に持ち込み禁止にならなくてよかったな」
「ふふ。実はうちの両親に相談して学校にかけあってもらったの」
「え。じゃあ先生が言っていた『一部の保護者から要望があった』って話は虹村のご両親だったのか?」
「うん。まあ、うちだけじゃなくて、保護者会の時に親しくなった他の父兄の人たちにも声をかけて協力してもらったみたいだけど」
「そうか」
そこでバスが来たので、僕らは乗り込んだ。
僕がこの間のように二人用の座席に座ると、虹村は僕のすぐ隣に座った。
そのさりげない行動に思わず僕は戸惑う。
一体どういうことだろう? 席はガラガラだし、この前は虹村は僕の前の座席に座ったのに。
ヘアコンディショナーか何かだろうか、隣から虹村の匂いが香ってきて間近にいることを否応なく意識させられる。
「私ね、最初はあの固いイメージのある四谷先生のこと考えたら、どう頑張っても考えを変えてもらうのは無理だろうって思っていたわ。でもね、月ノ下くんがさ。四谷先生と話して雰囲気を変えてくれたのを見ていたら、もしかしてうちの両親からお願いすれば携帯の持ち込み禁止を撤回してもらえるんじゃないかなって思ったの」
「そうか」
バスが揺れるたびに、微妙に虹村の体が僕と接触する。
「ねえ、月ノ下くん」
「何だ?」
虹村は僕の顔を覗き込んでいた。すぐ隣に座っているのでお互いの息がかかるような距離だ。
「もしかして、この前の四谷先生とのことって私のためにしてくれたの?」
「まさか。……まあ、みんな携帯電話持ち込み禁止になるのを嫌がっていたし、先生だけ持ってきていいなんて不公平な感じがして腹が立っていたから、一言言ってやりたかっただけだよ」
虹村の眼鏡の奥の瞳がかすかに潤んでいるように思えた。
虹村ってよく見るとまつ毛長いんだな、なんてことを一瞬思ってしまう。
「ふふふ」
「ん?」
「私ね、実は特技があってね。目を見ればその人が嘘をついているかどうか、わかっちゃうんだ」
「え」
虹村は嬉しそうにニコニコ笑って「ありがとう」とささやいた。
僕は妙に面映ゆい気持ちになって思わず窓を見る。
「でも、結局虹村のご両親が学校に要望を伝えたのが決め手だったんだからさ」
「ねえ、もう一つ聞いて良い?」
「何?」
「月ノ下くんは星原さんの事、好きなの?」
「ええ?」
唐突な質問に頭が真っ白になった。ふいに、今まで星原と過ごした放課後の時間が不意に頭をよぎった。なんだか胸がざわざわする。
僕が? 星原の事を? どう答えればいいのかわからずに僕は固まっていた。
たっぷりそのまま数秒間が過ぎた。虹村はため息をついた。
「いいわ、もう」
わかったから、と虹村は耳もとでささやいた。
いや僕は何も答えていないんだが、何がわかったんだ?
虹村は何かを言いたそうなことがありながらそれを抑え込むような表情で黙り込んだ。いつの間にか、バスは駅についていた。
改札の近くで虹村は「それじゃあ、またね」といって手を振った。僕も「ああ、さよなら」と答えて手を振り返すがそのとき携帯にメールの着信があった。思わず携帯を手に取ると星原からだった。ふと、目線を戻した時にはもう虹村はいなくなっていた。
僕は何故だか少しだけ気まずい気持ちでメールの内容を確認する。
『小説の構想が出来上がりましたので、聞いてほしいと思っています。明日の放課後、部室に来てください』
明日は火曜日だし、わざわざ知らせなくとも参加する予定だったのだが。改めて伝える必要があったということなのだろうか? 夏休み前だし、一応部活はまだあるのだということを念押ししたかったのかもしれないが。
僕は了解する旨のメールを星原に返信して、家路についた。
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