第22話 メールのやり取りと険悪な報告

 それから僕は大久保さんと毎日メールのやり取りをすることになった。星原ともメールはやり取りするが、部活に関連する内容がほとんどで、今度どこに一緒に出掛けるかとか色気のあるやり取りを女の子とするのは生まれて初めてなので、なんだか浮足立って胸が躍るような気分だった。


『おはよう。少しは気持ち落ち着いたかな。辛いことがあった時にはあまり悩み過ぎないで、気持ちを切り替えた方が良いよ。僕でよければ愚痴でも何でも聞くからさ』


『ありがとうございます。おかげさまで落ち着きました。今度の食事と映画楽しみにしてますね』


『こちらこそ、よろしく。映画は近くのショッピングモールでいいかな? あと、もし苦手な食べ物とかあれば教えてくれる? レストランを選ぶ参考にしたいから』


『特に嫌いなものはないです。……それと、もし良かったら、映画を見た後で公園を散歩したいんですけど良いですか? あのショッピングモールの近くに夜景の綺麗な公園があったと思うので』


『わかった。それじゃあ、食事と映画の後は公園を散歩しようか』


 こんな風なやり取りである。正直自分でもぎこちないと思うけれど、大久保さんを傷つけないように、少しでも元気になれるように気遣ってメールを書いたつもりだ。


『今日は一緒に帰りましょうか。先輩』


『僕の方は少し遅くなるけどいいかな』


『はい。待っています』


 出会ってから数週間目だが、ようやく彼女との距離が縮んだように僕は感じていたのだった。




 金曜日の放課後、僕はいつものように部室にいた。


 星原は今日は構想ノートとにらめっこしながら考え事をしているようだ。僕は星原が特に聞いてほしい小説の構想がない時は、横で勉強していたり何となく雑談したりして過ごしている。


 ただ今日はデートコースについて、星原の意見を聞いてみようかとふと僕は思った。やはり初めてのデートであるし、女の子の意見を聞いた方が参考になると考えたのだ。


 ソファーに横たわる星原に僕は声をかける。


「なあ、星原」

「ん、どうしたの?」

「ほら、この間、星原が『気になる子がいるなら、デートに誘ってみたら』みたいなこと言っていただろ?」

「え? ああ、そうね。そんなこと言ったわね」

「だから、実際にデートに誘うことにしたんだ」


 その途端、星原はがばっと起き上がった。そしておもむろにカバンから鏡を取り出すと、身だしなみを整え始める。


 何だなんだ?


 髪型やらリボンタイやら一通り整えた星原は、改めて膝をそろえてソファーに座ると顔を赤らめてうつむきながら僕の方をちらちらと見た。


「いや……あの、それは確かに、私、この前月ノ下くんに、けしかけるようなこと言っちゃったかもしれないけど。でも、まさか本当に誘ってくれるなんて……月ノ下くん、い、意外と大胆なのね」

「……? うん、まあ、星原の言うことも一理あると思って、実際に行動したんだ。やっぱりあんまり僕の柄じゃないかな?」

「そんなことない……わ。うん、私も嬉しい、もの」


 僕が人間的に成長して積極的な行動をとるようになったことを、我が事のように喜んでくれるなんて星原は本当にいい奴だ。


「そ、それで、どこに行くの?」

「近くに映画館が入っているショッピングモールがあるだろ? あそこで食事をした後映画を見て、その後公園を散歩する感じで考えているんだけど」

「う、うん。良いと思うわ。それでいつ行くの?」


 星原はなぜか恥ずかしそうに、もじもじとした様子で聞いてくる。


「今度の日曜日のつもりだけど」

「わかったわ。その日なら私も空いているから」

「……そうか、まあ星原の予定は関係ないような気もするけど」

「? えっと、月ノ下くん? 私を誘っているのよね?」


 次の授業は数学だったよね、と時間割を確認するときのように自分でも半ば確信していることを確認するときの口調で聞いてくる。


「いや、違うけど?」

「は?」


 その瞬間、彼女は実に味のある表情をしてみせた。例えていうなら「抹茶アイスだと思って口に入れたら練りワサビだった」とでもいう感じの想定外の驚きを表現した顔とでもいうのだろうか。


「つい数週間前にたまたま知り合った女の子がいて、結構可愛い子だったからデートに誘ってみたんだ。それでデートコースについて星原の意見を聞こうと思ったんだけど」


 なぜか部屋の温度が下がっていく気がする。

 僕が口を開くたびに、星原の表情が能面のように無表情になっていった。


「月ノ下くん。ちょっと、その辺に立ってくれる。後ろ向きに」


 部屋の隅のあたりを指さして星原は言った。急にどうしたのだろう? とりあえず言うとおりにするか。


「このあたりか?」

「ううん、もっと右、そう、そこ。そのままね。動かないでちょうだい。…………せえええい!」


 星原が丸めたノートで目いっぱい僕の頭を引っぱたいた。スパンと軽い音が響き渡り、僕は「ぎゃふん!」と声を漏らしながら、前のめりによろけてドアに衝突しそうになる。


 星原はそんな僕をよそにのっしのっしという擬音が似合いそうな足取りで、ソファーまで戻り不機嫌そうにどさっと音を立てて腰かけた。


「何のつもりだよ!? 星原! どうしてこんなことを!」

「太陽がまぶしかったからよ」


 取って付けたような文学少女セリフを返してきた。


「えーと、それで? 何かさっきおかしなこと言っていたわね。なに? つい数週間前? 知り合った女の子がいて? デートに誘った?」

「う、うん」


 星原はチベットスナギツネのような目つきで僕を睨んだ後、少しの間考え込むように頭を抱える。それから憐れみを込めた表情で改めて僕を見た。


「月ノ下くん……。幾らなんでも、恋愛シミュレーションゲームのイベントをデートとしてカウントするのは人としてどうかと思うの」

「誰がするか、そんなこと。ちゃんと生身の女の子だよ。メールのやり取りだってしているだろ、ほら」


 僕が携帯のメールのやり取りを見せると、星原は疑わしそうに眉を寄せていた。


「数週間前から帰り道によく見かけるようになってさ。何回か顔を合わせているうちに気になってこの間偶然学校の中で出くわしたから話しかけてみたんだよ。何回か一緒に帰ったりもした」

「うーん、確かにデートの約束をしているように読めるわね」

「そりゃそうだ」

「わかったわ、でもこれだけは忠告させて。幸せになれる壺とか、成績が上がる教材を買わされるような話になったら、理由をつけてその場から立ち去るのよ。あと宗教関係の話が出た時もね。いい?」

「……今度は僕を被害者扱いか。相手はうちの一年生だよ。別に怪しい相手じゃない」


 星原はまたも考え込み始めたが、やがて「はあ」とため息をついて僕の方を見た。


「そういえば、数年前に地球と同じように水と大気を備えた惑星が六百光年ぐらい先の所に発見されたというニュースがあったわね。いいわ、認めましょう? 月ノ下くんが女の子とデートすることがあっても不思議ではないのかもしれないわ」


 若干腑に落ちない言い方だが、とりあえず落ち着いて事態を飲み込んでくれたらしい。


「それで、さりげなく聞くけど。月ノ下くんはその子のことをどう思っているの? 好きだったりするの?」


 ……『さりげなく』って自分で言っちゃったら、全くもってさりげなくないんですが。


「知り合ったばかりだし、別にまだ好きとかそういうのではないけどさ。でもまあ、折角女の子と知り合ったんだし、そういうのをきっかけにデートに誘ってみるのも悪くはないかな、と思って。その子、友達と喧嘩したばかりで落ち込んでいたみたいだし。元気づけられたらと思ってさ」

「え。月ノ下くん、そういう感覚でいるんだ……」 


 その言葉を聞いた星原は、うーんと呟いてまた考え込んでしまった。

 

「何だよ、別に僕はおかしいことしていないだろ?」

「いや、まあいいわ。勉強させてもらってきなさい」


 何だか引っかかる言い方だ。


「……僕も準備とかしたいし、そろそろ帰るよ」

「はいはい」


 星原は「もう勝手にすれば?」とでも言いたげに投げやりに僕に手を振った。

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