Episode.37:直感的なスネア
「多分、この先地雷が沢山と、トラバサミとかブービートラップとかあると思うのよね、あの性悪女のことだから」
門を潜り抜け、森の踏みならされたような獣道を進んでいく。まだ目的の建物は見えていないが、この先にあるのは間違いなかった。
「その勘、外したらなにしてくれるんだ?」
「しょうがないから、タバコ買ってあげる」
割りに合わない条件で契約を早々に成立させた。もっとも罠にかかってしまえば、その契約も反故にされるのは目に見えていたが。
そもそも、彼女と契約して得になった事は一つしかないかもしれない。それも、クラリスが死んでしまえば損に変わってしまう。
「何よその顔、タバコで済むんだからもっと喜びなさいよ」
「お前のいちごオレと俺のタバコは同類だ。それでこの契約の不条理さがわかったか」
「さぁ、私はいちごオレは普通の人間でいうお金と同じくらい生活に欠かせないものだから、別に同類とも思えないわ?」
軽口を叩いてばかりの彼女を軽くいなして、懐中電灯を取り出す。こういった持ち運びしやすいものは非常に便利だ。
警戒しながら森の中を進んでいく。足元を照らすライト、その地面が一瞬光った。
「止まれ、早速罠だぞ」
道の脇、枯れ葉の山を搔きわけると、簡素な爆弾が用意されていた。足元のワイヤーを引っ掛けてしまえば爆発するという、いたってシンプルなものだ。
ワイヤーを切って、トラップが発動しないようにしてしまう。
「でも、自分が出入りするのに大変そうね」
「ああ、そうだな」
軽く返事してから、その言葉をよく考える。
もしあの女が、ここに暮らしているのならば食料の調達はどうしているのだろうか。
ここ以外にルートはあるのだろうか。あるに違いない、でないと生活にならないはずだ。
そのルートを探す方法、上からは見つからないような、人にも見つからないような方法────
「木を照らせ、俺は懐中電灯、お前はブラックライトだ」
女がもしこの先の修道院に住んでいるのであれば、安全なルートを一つ作っているはずだ。
俺だったら、間違いなく作る。どういうルートを辿っているのか、森の中の通りやすい所は必ず罠がかけられているだろう。
「門まで戻るか」
「……なるほどね、分かった。戻りましょ」
すんなり賛同してくれたおかげで、作戦がまた一歩進む。門までは百メートル、罠を気にせずに戻れば────
聞き覚えのある言語が聞こえてくる。この言語はよく、クラリスが使っていたはずだ。
「もう援軍が来たのね、しょうがない」
「お前、好かれてるのかもしれないぞ」
「やめてよ、私そんな趣味持ってないわ……」
お互い銃を構えて、やってくる敵を夜の森で迎え撃つ。目視できる限りおよそ二十はいるだろうか。
暗視スコープをつけて点射で頭を狙い撃つ。脳を飛び散らせながら、獣道に死体が積み上げられていった。
突如視界が明転して、しばらく視界を喪失してしまった。後ろに下がりながら回復しようとする。
おそらく今のは
「陽動しようなんてそんなクソみたいなこと考えてないでしょうね?」
インカムに飛んでくる叱咤の声に目を覚ます。こう言われてしまっては、退くに退けないと思ってしまうのは
「陽動なんかじゃない、引き寄せてやるのさ」
「それは陽動って──なるほどね、手伝ってあげるわ」
頭のいい人間を相方にしていると何かと作戦が進めやすい。普段からこれは非常にありがたいと思っている。
メインの獣道に降りると、敵の銃口が早速こちらに向けられる。俺は、あるはずの修道院までただ走り始めた。
足に何かが引っかかる感触をわざと蹴り飛ばして、その瞬間脇道に逸れる。後ろで爆音とともに火の手が上がった。
この道を追いかけていけば、必ず彼らは勝手に罠にかかる。警戒して追ってこなくなればそれはそれでありがたい。最悪の場合でも、人数は大分減らせるだろう。
「さて、ここまで引き込んだ以上はもう退けないわ、とっとと戦いましょ?」
また三点射に切り替えて、相手を掃討していく。フラッシュバンにグレネード、相手は正規の兵士ではなく勿論傭兵上がりの集団だろう。
ならば、場数をどれだけ踏んで来たかが勝負の分かれ目になる。
「そうだな、残数は残り五だ」
「もう二は減らしたわよ」
「奇遇だな、俺もだ」
残り一人になった追っ手、彼は戸惑うように見回し──上空に照明弾を放った。。
その上空に黒塗りのヘリが見える。周りの闇に溶け込む異質なヘリだった。
「嘘、随分とこの国は索敵能力が低いのね!」
「なんだ、あのヘリは」
「私の国の──戦闘ヘリよ」
戦闘ヘリ、主に軍に配備されている機関砲や対戦車ロケット弾を搭載したヘリコプターだが、まず他の国のソレがここを飛んでいるのがおかしいだろう。
「いいわ、私があれを引きつけてあげる。貴方は元々の場所に向かいなさい!」
「何を言っている、お前一人でそれは無理──」
「私ね、小さい頃に『無理』って言葉を教わった事ないの」
ヘリのローター音に混じって銃声が聞こえる。クラリスが取り出したのは──サイリウムライトだった。
彼女はそれを持ちながら森の奥に消えていく。そのペンライトをあてにしているのか、ヘリはそちらの方向へ飛んで行った。
「……追おうか」
身を翻して、クラリスを救出しようか考えていた。だが、それは間に合わないだろうし、向こうからしても生きていれば相当嫌がるだろう。
それを承知で助けに行こうかとも思ったが、ここは任務を遂行しなければいけないような気がした。
「……帰ってこいよ、クラリス」
俺は、いるである彼女の背中にそっと言葉を投げるしかできなかった。
気づけば、森の出口に立っていたようだ。それならば尚更、俺はこの先の運命に対峙するしかないだろう。
「地雷があったらそれはそれだが、ここはないだろう……」
今までに殺して来たのは何人だったか、もう覚えていない。
露に濡れる野草を踏みしめながら、俺は前に進んでいく。薄氷の上を歩くような感覚に包まれながら、俺はその建物の古びた扉に手をかけた。
重々しい音ともに、血の匂いが漂っている。なるほど、つい先程侵入者があったようだ。彼らは準備を怠ったがために、命を落とす結果を招いてしまったのだろう。
廊下の向こう、赤外線センサーを撃ち抜いて、廊下を進む。なるべく息は殺して、何が起こるかはわからない。階段に辿り着いて、前を経過しつつ進む。上の階はどうやら、修道院らしく礼拝堂になっているようだった。
────ここにいる。
第六感がそう告げていた。この奥に、最後の敵がいる。
残る装備はグロックが一挺、予備弾倉は無し。ナイフが一本に手に持っているアサルトライフル。これも予備弾倉が無い。
銃で仕留めることを期待はできないだろう。
一つ、ゆっくりと息を吐く。俺は静かに礼拝堂の扉を開けた。
古びてもなお、失われることのない荘厳さが保たれた礼拝堂。その最奥に彼女はいた。
講壇の机に腰をかけて、ゆっくりと愛用しているのであろう杖を手ぬぐいで拭いていた。
「まだ、生きてたのね、もう死んだと思ってたわよ?」
「生憎だが、やることを終わらせるまでは死なないって決めてるからな」
女の顔は仮面に包まれて全く見えず、その心中を察することもできない。
だが、女が殺すべき相手だとしっかりと把握し、納得している。
俺は、ナイフを抜いて構えた。
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