3-9. 王都の密談
「卿がフィルバートを訴追するという話を耳に挟んだのですが」
デイミオンは大げさに感情を込めてみせた。「まさか本当ではないでしょうね?」
「おお、むろん本当だとも、友よ」エンガスは親しげなほほえみをみせた。
「非常に残念ながら、フィルバート卿には
何度かアエディクラに入国しているだと? 初耳だった。だがもちろん、顔にはまったく出さない。
「官職にあるわけでもない、暇な男です。ふらりと旅に出ることもあるでしょう」
「届け出をせずに、ひそかにかね? ウルムノキア時代の部下ともいまだに連絡を取り合っていると聞く。彼らの何人かは本職の間諜だろう」
「我が国の間諜ですよ。他国のではなく」デイミオンは強調した。
「フィルバートが要職に就けないのは、〈ハートレス〉の就業に規制を設けているせいです。ご心配なら規制を撤廃して、目が届くよう軍の仕事でもさせておけばいいでしょう」
「いずれはな」エンガスは慎重に答えた。
「〈
「……弟もじき戻るでしょうから、よく言ってきかせましょう。卿のお望みのままに」
こんな分かりきったことを説明するためだけに、自分と会っているはずはない、とデイミオンは思った。もしもフィルを訴追したいだけならば、五公と
と、すると、おそらくエンガスが求めるのは
(だが、材料が弱すぎるな)
たしかにこの時期のフィルの不在は疑惑を招くが、もともと大陸中を放浪していたような男なのだから、噂の域を越えて罪に問えるようなものではない。まさか今になって大戦中の竜殺しを持ち出したりはするまい。あれはすでに竜の主人が訴えを取り下げている。
(では、なにを材料に?)
「……フィルバート卿が戻ってきたほうがよいと?」エンガスは暗い含み笑いをもらした。
「リアナ陛下はずいぶん、あの〈
――なにが言いたいんだ? このジジイは。
「王位と愛する女性を、ともに手にすることもできる」エンガスがささやいた。
「あなたが王となり、リアナ陛下を王配とすればよい」
(ふん、そんなものが切り札か)
デイミオンは端正な顔のまま内心でせせら笑った。(ひとを操るすべに
「リアナ陛下を、戴くに足る主君と思っております」
せいぜい、殊勝に聞こえるように言ってやった。「誰を王配となさるかは、陛下のお決めになるべきことかと」
リアナを王位から引きずりおろしていないのは、できないからではなく、単にやる価値がないというだけだ。
自分が王となればおそらく、自動的にリアナが自分の代わりに五公の一員に選ばれる。王は五公会と
エンガスはほほえみを崩さない。
温室の外では雨がすっかり上がり、まぶしい光が差しこんできはじめた。
小さなノックにつづいて、従僕が間食の載ったトレイを運んできた。薄くぱりっとした焼き菓子と温かいお茶だ。
彼が茶を淹れるあいだ、二人は無言で向かい合っていた。従僕が一礼して出てゆくと、デイミオンは菓子の一切れに手をのばした。そして何の中断もなかったかのように、「そういえば、アーシャ姫から手紙を預かってきました」と言った。
「獄中で読むので医学書を数冊送ってほしいということでした。ことづけていただけるなら、私が持って行きますが」
「いいや」エンガスはそっと言った。
「どこまで進歩しているか、手紙に書いているだろう。それを確認してから本を選ぼう。後で卿に届けさせる」
「責任をもって姫にお届けしましょう」
デイミオンは手紙を渡した。
アーシャ姫こと、アスラン=アルテミス・ニシュクはエンガスに対するデイミオンの切り札だった。だから、その話題の取り扱いにはことさら注意を集中し、入念に言葉を選ぶ。王妃になりたいという自己中心的な欲望のためにリアナに手をかけようと画策した彼女を、本音では蛇蝎のごとく嫌っているが、表面上は気にかけるそぶりだけをみせ、決して取引の材料のようには扱わない。だが、こうして彼女が自分の手中にあることは印象づけねばならない。
「ところで、卿もご存じのように」
自分も菓子を口に運びながら、エンガスは何げなく切りだした。
「私の領地はケイエの隣にあり、かつて、イティージエンとの和平交渉は私の別荘で行われた。覚えているかね?」
「……ええ」
デイミオンは即答したが、いきなりの話題に驚いたそぶりをみせないようにするには多少の努力が必要だった。
「エリサ陛下が出産なされたのは一年後の冬だった。……私はね、デイミオン卿、リアナ陛下の父を知っているように思うのだ」
デイミオンは眉をひそめた。「なんの話を?……エンガス卿」
「デイミオン卿。本当にリアナ陛下を、戴くに足る主君と思うかね?
――もしも、リアナ陛下がデーグルモールだとしたら?」
それを聞いたデイミオンは、言葉を失った。
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