第47話 白王騎士

 後方のざわつきが気になり振り返った時、この国に長くいるセドリックには一目で分かった。


「七人の白い騎士……間違いない、白王騎士だ」


 セドリックは自然と安堵の表情を浮かべていた。


「グリズリードはエミリー、エドワード、シエラ、お前たち三人に任せる。討伐が完了次第、こちらへ参戦しろ」


 既にカトリーヌ薬を飲んでいるのか、白王騎士の中で表情を歪めているのはシエラのみであった。


「お前らが終わる頃にはこっちも終わってるけどなあ。ところでシエラ、てめえヌートケレーンごときに弱ってじゃねえだろうなあ」


「レイド、それ以上シエラに突っかかるなら、ケレーンの前にあなたを殺すわよ」


「足手まといは下がってろと言いたかっただけだ。好きにしろ」


 睨むヒルダを横目に、レイドは不敵な笑みを浮かべながら立ち去った。


「ダニエル、ヒルダ、それからレイド。俺たちでヌートケレーンを殺る」


「あのガキに奪われた分をここで取り返してやる」


「レイド、遊びは抜きだ。真面目にやれ」


 その言葉にラインハルトを睨むレイド。


「二人とも、戦場では仲良くしてくれよ~」


 呆れた様子のダニエル。だがお構いなしにレイドは先陣を切った。


「一体目は俺のもんだ、誰にも渡さねえ!」


「レイド!」


 ラインハルトの怒号にレイドは高笑いし、その姿は最前線へと消えた。


「ダニエル!」


「ん?」


「……援護してやれ」


「あいつのおもりは俺の役目ってか。あんまり言うこと聞かない時は放置しとくぞ」


「任せる」


 ラインハルトの少ない言葉に呆れた様子のダニエルは、ため息と共にレイドの後を追った。


「ヒルダ、後衛から援護を頼む。お前はヌートケレーンと相性が悪い」


「そうさせてもらうわ」 


 指示を終えると剣を抜き、ラインハルトも駆けて行った。







「《氷の大刃アイス・プロアギト》!」


 レイピアに氷を纏わせ、シエラはグリズリードの胴体を両断した。その瞬間、斬られたグリズリーの体を蝕むように、パキパキと音を鳴らしながら氷が覆う。


「え、シエラちゃん凄い! ってそんなことより、そのレイピアどうしたの、前のと違わなくない?」


 エミリーはシエラの魔法よりも、氷結晶のレイピアに興味津々だった。


「こっ、これは氷結晶のレイピアといいまして、その……友人からの贈り物です」


「……男ね」


「ち、違いますよ! そういうことではありません!」


「それはそうとして、氷結晶のレイピアって確か国宝級じゃなかった?」


「はい、そうです」シエラは言いにくそうに答えた。


「え、つまりそれを貰ったの!?」


 エミリーは「まさかそんな高価な物を……」と言葉を失っていた。シエラは苦笑いを返す。


「まさか、体でも売ったんじゃないでしょうねえ」


「人聞きの悪いこと言わないでください! そんなことはしません。これは、友人からいただいたものです」


「ふ~ん。まあ、シエラちゃんがそう言うならそうなんでしょうけど」


「そんなことより、エミリー。あれをお願いします」


「分かってるって!」


 エミリーの視線の先には周囲を蹴飛ばしながら向かってくる、二体のグリズリードの姿があった。


「《魔充チャージ》!――」


 エミリーは突起がの付いた球体型のメイスを構え、詠唱を始めた。足元に白い魔法陣が現れる。


「《魔充チャージ》! 《魔充チャージ》! 《魔充チャージ》!――」


 メイスの先端が眩い光で膨張していく。そして迫りくるグリズリード――二体の間に向けて、一気にメイスを振り下ろした。


「《乱潰の重撃ミンチ・プレス》!――」


 詠唱と共に魔力が解放され、直後、メイスは大きな爆発を生んだ。空気が振動するほどの爆発音が平原に響き渡り、砂煙が舞い、同時に血しぶきと肉片が飛び散った。

 煙が晴れると、そこには上半身を大きく失ったグリズリードの姿があり、二体は同時に倒れていた。その様子に周囲から大歓声が巻き起こると、冒険者たちの瞳に勝機が戻り始める。


「流石です」


 シエラはエミリーへ称賛の言葉を送った。


「じゃあご褒美に~、そのレイピア、私にくれない?」


「嫌です!」と、レイピアを抱きしめるように守るシエラ。


「冗談だってば」エミリーは悪戯な笑みを浮かべていた。


 普段は大人しいエミリーだが、彼女は戦闘になるとこの大きなメイスを振り回し、敵を手当たり次第ミンチにする。その姿から王国騎士時代は「狂った女」だと陰で不気味がられていた。


「最後の一体は私がやりましょう――」


 そう言って前に出るエドワードの視線の先には、群がる冒険者を次々と蹴飛ばしていくグリズリードの姿があった。


「皆さんは離れていてください――《魔付ペイント》!」


 エドワードの両手には、全体に薄い青色の光を纏わせたトマホークがあった。

 両手のトマホークを投げつけたエドワードは、休む間もなく腕を豪快に、奇妙に動かした。

 投げつけたトマホークは徐々に回転し始める。グリズリードの目前に迫る頃には、残像で円が見えるほどの高速回転となった。周囲にはまるで、何かが擦れ合うような歪な音が響いている。暴れていたグリズリードの首回りを一周すると、トマホークは吸い寄せられるようにエドワードの両手へと戻ってきた。

 直後、グリズリードの動きが止まり、首から鮮血が吹き上げた。


「では、我々もケレーンの討伐へ向かいましょうか」


 エドワードは片眼鏡越しにヌートケレーンを見つめ、そう言った。







 ラインハルトたちはヌートケレーンの処理に取り掛かっていた。


「レイド、角は後回しにしようぜ。打撃のみで仕留めた方が早い」


「最初からそのつもりだ」


 ダニエルの作戦に自分なりの同意を表すレイド。


「ハッハッハッ! こりゃとんでもねぇなあ、耳が潰れそうだ」とダニエル。


 レイドとダニエルは耳に突き刺さるヌートケレーンの奇声に笑っていた。その横をラインハルトが通り過ぎていく。


「てめえ! 最初の一体は俺が!――」


「――時間切れだ」


 身軽な動きでヌートケレーンの足元に回り込んだラインハルトは、直剣を素早く振り下ろし、最初の一体の首をはねた。平原にヌートケレーンの首が舞うと、冒険者たちは歓声を上げた。


「てめえ……」


 首を失ったヌートケレーンを眺めるラインハルトに、レイドは大鎌を向けた。


「辺りを見ろ」


「ああ?」


「この一手が、彼ら冒険者に勝機を与えた。俺の行為は彼らにとって殺せることの証明だ。ヌートケレーンは無敵ではない。魔力は意味をなさないが、刃が通らないわけではない。まずはそれを彼らに見せる必要があった」


「……」


「時間切れだ――だからそう言った」


 レイドは大鎌を下げ、普段なら聞こえるはずの舌打ちもなく、ラインハルトの前を横切った。


「カッコいい~」


 茶化したのはダニエルだった。


「そんな目を向けてくれるなよ。ちょっとした息抜きじゃないか」


「さっさと片付けるぞ。こいつらだけとは限らないんだ」


「こんなのがまた出てくるっていうのか。冗談きついぜ」


 ラインハルトは深刻な表情で黙った。


「……マジかよ」


「可能性の問題だ。グリズリードに続いてヌートケレーンだ、これだけだとは考えづらい」


「ったく、今日は爺さんの命日かな」


「それは陛下のことか。ダニエル、不敬だぞ」


「そうならないように頑張ろうって意味だ」


「レイド、首を狙え! 筋肉の薄い部分だ!」


「ご教授どうも――」


 二人が無駄話をしている一方で、レイドはヌートケレーンと既に応戦していた。レイドはラインハルトの助言通りに首回りを狙うため、足元に回り込もうとする。だがその時だ。別のヌートケレーンがおかしな行動を見せた。突如、そのヌートケレーンの周囲を覆っていた発光粒子が飛散し、空中で静止する。そして粒子は徐々に角へ集まり始めた。


「咆哮が来るぞ!」


 レイドは冒険者に警告した。だが避難は間に合わず、次の瞬間には光線となった粒子が冒険者ヘ向け放たれた。

 とある冒険者は光に気づいた瞬間、光線に巻き込まれ消滅した。悲鳴がいくつも聞こえ、そして同時に消えていく。運悪く光線の直線上にいた者たちは一瞬にして消し飛ばされた。

 ラインハルトは残った灰の団と騎士に退避命令を出した。下手に援護することもできないこの状況では、多勢は無駄に命を削るだけだと判断したのだ。


「ミシェル、彼を連れて下がりなさい」


「ありがとうございます、ヒルダ様」


 ヒルダはローレンの腹の傷を回復魔法で治し、ラインハルトの指示通り灰の団を王都へ下がらせた。そして、その姿を見届けたラインハルトは冒険者たちに対しても同様の言い分を伝えた。


「お前たち冒険者は任意でこの場にいる。ならば俺の命令に従う必要もない。つまりこれは警告だ。自信のない者は壁の内側に避難しろ、足手まといになる可能性がある。援護ができない状況では命の保証もできない。それでも残りたいという者だけ残れ、以上だ」


 それだけを伝えるとラインハルトはヌートケレーンの討伐に戻った。

 冒険者たちは戸惑いながらも考えていたが、先ほどの咆哮は彼らの戦意を奪い、足は自然と後ろを向いた。ラインハルトには彼らの精神状態がが分かっていたのだ。

 ラインハルトの警告を聞き入れ、その数分後には多くの冒険者が戦場を去って行った。








「レイド、最後はお前にくれてやろう」


 ラインハルトの言葉に、レイドは笑みを浮かべた。


「だから、初めからそのつもりだって言ってんだろう」


 レイドは満面の笑みで大鎌を握りしめると、最後の一頭へ向けて駆けて行った。

 その姿を不満げな表情で、小高い丘の上より眺めている者がいた――ギド・シドーだ。




「面白くありませんねえ」


 ギドは丘の上で見つけた丁度良いサイズの岩の上に座り、貧乏ゆすりを繰り返していた。


「しぶとい連中ですわね」


「何が面白くないかって、それはもう白王騎士が一人も死んでいないということですよ。流石は噂に名高い白王騎士とでも言えばいいのでしょうか。ですが一人も始末できないとは思いませんでした。それに冒険者の数も調べておくべきでした。まさかこれほどの数が加勢するとは……冒険者のくせに愛国心でもあるのでしょうかねえ」


「だから暗殺にすべきだったんだ」


「平和だからと侮ってはいけませんよ、ユン・イー。白王騎士は七人です。あなた一人では手に負えないことは目に見えています」


「数人程度なら殺せた」


「それでは意味がないのですよ。それに白王騎士は普段、表には出てきません。こうでもしなければ全員の顔は把握できなかったでしょう。それに、いずれにしろあなた一人に任せるなどということはしません。捕虜となった場合、あなたには自らの口を封じる術がありませんからねえ」


「自決する」


「その隙を彼らは与えません」


「焦る必要はありませんわ。まだそこにコカトリスがおります、それにヌートケレーンもまだ10体ほど残っておりますわ」


「……そうですねえ。ではSランクを前に、すべて使い切ってしまいましょう」


 ギドは手元の大瓶を傾け、液体を垂らした。


「彼らも弱ったきたころでしょう。次はこの私自ら殺してあげるとしましょう」


 ギドは黒い液体を眺めながら不敵な笑みを浮かべていた。

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