第340話 日光の下に、

 数日ぶりの日光を浴びながら、手の平で遮りながら、洞穴の外に出た。


「……勢揃いじゃないか」


 初めに目に入ったのはパトリックだった。なんだか悲観的な表情だ。

 感情感知を使うまでもない。


 ジークとエリザの姿もあった。

 二人からは強い怒りと憎しみを感じた。

 おおかた、アルフォードを殺したことがバレてしまったのだろう。睨みつける目が俺から一ミリもブレない。謝罪でもしてほしいのだろうか。殺した時のことなんてもう忘れてしまった。

 それに、反省以前に動く感情がない。


 ゼファーとカリファさんまでいる。後ろには少し同情的に俺を見つめるアドルフの姿もあった。あの様子では自身を呑み込んでいた深淵ももう剥がれてしまっているのだろう。呑まれていたころの目つきの方がまだマシだ。

 いつかのSSSランク冒険者ブラームスの隣にいた金髪のエルフ。

 フィシャナティカの舌先三寸な爺。まだ生きてたのか。名は確かオズワルドだったか。隣にいるのは誰だ……ステータスには「ゼルス・セイバーハーゲン」とある。おそらく年の差からしてこいつの孫だろう。

 シエラの姿も見える。その背後にはラインハルト、白王騎士の面々。まるでシエラが率いているかのようだ。


「……政宗」とシエラの口が動いた。


 俺に何か言いたそうだ。どうせネムが言ったようなことだろう。もう答えるのが面倒くさい。ここに集まっていることからして、ほぼ確信しているだろうに。

 そしてどこから募ったのか、地平線を隠すほどの兵が見渡す限りに広がっていた。様々な絵柄の国旗が見える。連合軍か。


 もっとも俺から近い目の前に、見知らぬ姿を二つ見た。

 一人は子供だった、年齢からして5、6歳。ステータス欄には「アダムス・ラド・ポリ―フィア」とあった。もう一人はさらに幼い赤子、観察者か。


「深淵の王よ」とお辞儀し「儂はアダムス」


 子供は子供らしい声色で喋った。だがきりっとした表情と、はっきりとした言葉には違和感がある。


「これは……」と隣でネムが光景に驚く。


「ネムをつけてきたか。それにしてもすごい数だ、それに国旗がいくつか見える。一体どれだけの国からなるものなのか……」


 ネムの感覚と嗅覚からこれだけの数を隠し尾行した、ということか。


「全部じゃよ、深淵の王」


「……嘘が下手だな。ここには獣人や魔族の姿がない、勧誘し損ねたか?」


「アノールフェリアはお主に恩があるとか。魔王ルシウスは、お主を信じていると言っておった」


「つまり人間しかいない訳だ」


「全人間による連合じゃ」


「人間しか同意しかなかった訳だろ?」


「聞くのじゃ、ヒダカマサムネ!」子供は怒鳴り「全人間の許諾は得た。これより、お主を拘束し封印する」


「封印? 偽善が集まって何をしに来たかと思えば、封印だと……」


「マサムネ、教えてください!」


 シエラだった。今にも泣き出しそうな顔で、俺に否定してほしそうに訴えている。


「何か訳があったのですよね!」


 シエラは分かっている。すべて事実であると。

 ただしそこには理由があるのだと言い聞かせている。間違いであってほしいと願っている。自分の都合のいいように解釈し、俺を信じたいと願望を抱いている。


「シエラ……」


 答えようとしたとき、俺の隣に人一人分の扉が空間を切って現れ、ロメロが姿を現した。2年ぶりに会う。

 体勢をかがめ「ニト様」と変わらない忠義を示すように。

 そして、目の前のそれらへ首を向け言った。


「久しいですな」ロメロは赤子へ言った。


「ロメロ」と赤子は一言。


「ニト殿、彼らはあなたの封印を企んでいるのです」


「今しがた聞いた」


「王に敵わないことを悟り、戦うことを放棄したのです」


「そうか……」


「興味ありませんか?」


「そう言われてもなあ、この数は違和感がある」


「牽制もあるのでしょう。しかし封印が防がれたその時は、やはり力ずくで抑えるつもりなのです」


 ロメロの話は釈然としない。

 パトリックの心が見える。シエラの心が見える。ネムの心が見える。3人はどうもこの集まりに乗り気ではない様子だ。ただその感情は常に揺れていて、どちらともとれない。

 それ以外は過去関わりのあった者であっても、俺にとっては他人ほどの存在だ。どう思っていようがどうでもいい。


 ただ一人、ほんの少し割り切れない奴がいる。

 そいつは転移魔法によって、あとから目の前に現れた。まるで遅れてきたヒーローみたいだ。

 険しい表情で俺の姿を確かめるみたいに、しばらく見つめて「日高くん……」と一条は言った。


「一条、 久しぶりだ。それより、その敵意は俺に向けているのか?」


 俺は言った。


「なぜだ?」


「……自分の胸に聞けばいいだろ」


 怒りの真似事だ。一条は敵意を示しながら、俺が謝るのを待っているのだと感じた。


「ああ、あれか。佐伯と家族を傷つけたからか?」


「傷つけた? そんな生やさしいものじゃなかっただろ……それだけじゃない」


「そうか。佐伯に会ったのか……。それで、どうだった、あいつは息してたか?」


「――茶化すな!」


 怒号が平原にとどろき、散った

 一条の顔は怒りに震えている。目つきはさらに据わっていた。


「……グレイベルクの勇者たちを殺したからか?」


「何もないのか」


「はあ?」


「痛む心は!……罪悪感はないのかと!」


「……あいつらの死は俺にとって本意だった。それは今も変わらない。……そうか、あいつらを殺したから怒ってるのか。でも一条、あのとき言ったはずだろ。全員殺すって」


「勢いあまってのものと思っていた。悲しみの裏返しのようなものかと……。佐伯になぜあんなことをした、なぜ彼だけは生かした?」


「死を感じ得るのは生き物だけだ、感情的に殺してもその怒りは死者には伝わらない。……あのな一条、死なんてものは本質的にこの世にはないんだよ。小泉や京極や園田にしてもそうだ。死の瞬間には、俺に殺された事実はあいつらにとって何の意味ももたない。無も同然だ。存在感のない奴らは死んだら終わりなんだよ。自分の死を感じるのは自分じゃない、他人だ。つまり俺やお前くらいにしか関係がないってことだ。分かるか、すべては関係性だ。生かさなきゃ関係性を保てない、復讐もなにもあったもんじゃない。それだけのことさ」


「君は……いつからそんなくだらないことを考えていたんだ、いつからそんなくだらないことを語るために舌を使うようになった。この左腕を消した飛ばした時にはそうだったのか?」


「その腕は直してやれそうにない。義手を作るはずだったスーフィリアを誤って殺してしまってな」


「……アルテミアスの王女のことか?」


「事故だった……。不本意だったよ。深淵に呑まれると自制がきかなくなるんだ。でも今はもう、仕方なかったとしか思ってない」


「お前……」一条の歯ぎしりが聞こえるようだ。


「なるようにしかならないんだよ物事は。彼女は死ぬべくして死んだんだ。そして、呑気にここに集まったお前らも、死ぬべくして死ぬ」


「ニト……」とパトリックの悲しげな声がした。「退学していく君に、俺は何もできなかった。ただ救われて、恩返しもできず、気付けば8年だ」


「お互い様だ。俺もパトリックに助けられた、あの時だけは」


「あの時だけは?」


「今はもう誰の助けもいらない。もう誰にも俺は助けられない。そもそも人は影響しあう生き物であって助け合う生き物じゃない。助けあうなんてのは後付けの偽善にすぎない。もうそんな都合も見飽きた」


 俺の言葉を遮り、シエラが言い放った。


「――いいえ違います、私は助けます!」


「シエラ……」


「トアが亡くなったことは知っています。それが原因ですか、マサムネ?」


 オズワルドがローブの内側から白い杖を出しているのが見えた。その杖から、おかしな波動を感じる。封印と何か関係があるのか。


「原因はいくらでもある。そもそも生まれ育った環境が違っていれば。そもそもあの高校に行っていなければ。佐伯に会っていなければ。この世界に来なければ……アリエスが俺を追放していなければ」


 シエラの目をしっかりと見おろし、


「シエラ。お前と会っていなければ……」


「……なぜですか。どうしてそうなるのですか!」


「深淵の王」と観察者がシエラの悲観さえも遮る。「ロメロに吹き込まれたのだろう。まさにその、お前の愛した女が生き返ると。人間はすぐ――」


「――ああ。ロメロは俺に嘘をついた」


 傍らのロメロが「……陛下」と細い横目を俺に向けた。冷や汗をかいていた。


「俺はもう誰も信じない。信じていないから疑う必要もない。意識という意識は今や俺において意味をなさない。影響しない。解脱だ。着実な解脱が始まっている」


「それを知っていて、なお、深淵を望むというのか。トアトリカを殺したのはお前のその深淵だとは考えなかったのか」


「すべての事象が関わり合いの中で生まれた。トアの死もそうだ。だから?」


 そう問いかけたとき、5つの光の線が目前から飛び出した。それは俺に向けて同時に放たれ、一瞬にして俺の体に絡みつき拘束した。


 ゼファー、エリザ、エルフの女、パトリック、そしてシエラ。

光の線は5人から続いていた。

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