第308話 木田修史

 フィシャナティカ魔法魔術学校の校舎は白く、突き抜けた長い廊下もやはり白い。

 まるで潔白を宣言しているかのようだと、そんなことを思いながら、廊下を歩く項垂れた生徒の姿があった。


「キダ先生……」


 生徒は正面に見えた教員の背に話し掛けた。


「クイルくん、どうしたんですか、その恰好は……」


 教員の見せるその驚く表情を、作って張り付けたような簡素なものだとクイルは思った。

 絶句を装うとは教員らしいと、クイルは思ったことを表情に出さない。


 クイルの頭と服はびしょ濡れであった。

 汚水を被ったカッターシャツは、黒いものが滲んでおりゴミが付いていた。

 毛髪の間には消しゴムのカスがついている。

 上靴を履いているが左足のみ脱いでおり、左手で持っていた。

 クイルは木田に見えるよう、上履きの底を正面に向けていた。

 いくつかの画鋲が見える。

 だが木田には見えない。


「保健室に行って着替えてきなさい。池にでも落ちたのですか、あそこは危ないから近づかないようにと言ったでしょう」

「いえ、そうじゃなくて……」


 木田はその会話の合間に、通り過ぎていく数人の生徒へ「さようなら」と下校の挨拶を交わしていた。

 3人だ。

 クイルは生徒の集団を横目でちらっと見た。

 その表情は俯き気味で怯えている。

 一方、通り過ぎていく生徒たちの表情は満面の笑みだ。

 その瞬間にも、彼と彼らとの関係性が築かれていることを木田は知らない。


「今日は寮に戻ったら温まっていなさい、でないと風邪をひきますよ」


 木田は見守るような者の目で、優し気に微笑み言った。

 だがクイルには、それが能面のように見えていた。


 クイルはこの張り付けた笑顔に恐怖していた。

 三日月の内側を下に向けて配置したような目が二つと、同じく三日月を、今度は内側を上に向けて配置した口が一つ。

 それ以外の特徴がない簡素な表情だ。

 通り過ぎて行ったいじめの主犯格たちも同じ形を顔に張り付けている。

 三日月の目から三白眼の小さな黒点が覗いている。

 クイルは人の視線に怯えていた。


「先生……」


 クイルは言おうとしていた。

 その言葉を。


「……どうしました」


 木田は微笑み訊ねる。


「……さようなら」


 だがクイルは言えなかった。


「はい、さようなら」







 正門から横に逸れてその細い道を抜けると中庭に辿り着く。

 放課後は人気はほとんどない。

 そこには木田の言っていた池が隅になり、中央の広場を周囲の花々が飾っている。

 傍に給食センターがあり、昼間は人の姿があるが今はない。

 その裏に、丁度死角となる場所があった。

 何もないから用のある者はいないだろう。

 人は寄り付かず、中庭で遊んでいる者の目からも見えない。


 クイルは、正門から続く白い壁に打ち付けられていた。

 上級建築士が作った珍しい鉱石の壁に、クイルの口元から飛び出た赤が付着する。

 すぐにクイルの背中でこすれ、色がのびた。


「お前、なに話してたの?」


 生徒は尻餅をつき壁を背に縮こまるクイルを見下ろしていた。

 三日月から黒点が覗く。


「ぐっ!」


 生徒はつま先でクイルのすねを蹴った。

 クイルは足を押さえ、悲痛の表情を浮かべながら横に倒れる。

 後ろでその様子を観賞している2人は、スナック菓子を食べながら大口を開けて笑っている。


「ヨシュア、あんま傷つけっと問題になんぞ」


 菓子を独占している生徒の言った。


「ならないさ、教師って生き物は盲目なんだ。なあクイル、そうだろ、助けなんて呼んでもこないぞ、わかってんだろ、わかってるから、さっきキダに何も言えなかったんだよなあ」


 ヨシュアにまたすねを蹴られ、クイルは痛さのあまり叫んだ。

 同行する生徒からスナック菓子を奪い、ヨシュアはクイルの上に残りの菓子をかけた。


「俺らからのおごり」

「おいヨシュア、それ高いんだぞ。オーガニックだから」

「あとで買ってやるよ」

「聞いたからな、絶対買えよ?」


 ヨシュアに命令され、生徒たちはトイレの青いバケツを持ってきた。

 池の水をすくい、ヨシュアは踏ん張りながら持ってくるとクイルの頭からそれをかけた。

 保健室で着替えたばかりの借り物の服は、また汚れ、濡らされた。

 ヨシュアはポケットから画鋲を取り出すと、針を上に向けて地面に並べた。

 クイルから上履きを奪うと、並べた画鋲の上に押し付けた。


「せっかくつけてやったんだ、取んなよ」


 そう言って上履きをクイルの頭へ放り投げた。


 生徒たちは笑った。

 声に出して笑った。

 だがここは死角であり、今は放課後であり、誰にも聞こえない。

 だからクイルを助けにくる者はいない。

 クイルの無言の叫びも、誰にも聞こえない。


 クイルは思う。

 慈者の血脈がいてくれればと。

 彼らのうたい文句はこうだ。


 ――虐げられた者は我らを求め、虐げた者は怯え隠れろ。


 クイルは慈者の血脈に救いを求めた。

 両手を握り合わせ拳を作ると、親指を立て、手の平の感覚を少しだけ開けた。

 それを胸元に突き立てて祈りの形をとった。


 気づいたヨシュアは「なにしてやがる」と嫌悪感を向ける。


 生徒たちはクイルの行動に腹を抱えて笑った。

 その手の形は、まだ彼らの活動が活発だった数年前に流行ったものだったからだ。

 だからヨシュアたちはクイルが何をしているのかがわかった。


「こいつ、ついに頭ぶっこわれやがったぞ! そんな架空のもんに助けてほしいのかよ」


 ヨシュアたちは馬鹿笑いを繰り返した。

 声が裏返る程に笑っている。

 よだれを飛び散らし舌を出して笑っている。


「はっはっはっはっはっはっ!――」


 突然、ヨシュアたちの笑い声をかき消すほどの笑い声が聞こえた。

 彼らのすぐ後ろからだ。

 ヨシュアたちは反射的に笑うことをやめ、怯えながらゆっくりと振り返った。


「なんだ、もう笑い足りたのか、私も仲間に入れてくれよ。一緒に笑いたいじゃないか――はっはっはっはっはっはっ!」


 クイルの目の色が変わった。

 見開かれている。

 濁っていた眼が透き通っている。

 その視線の先には――。


「アンク……アマデウス……」


 クイルは呟いた。

 そこには白き異形の姿があった。


「これは拾いものだ。私を見つけた時、ゼファーもこういう感触を覚えていたのだろうか……」

「なんだ、お前!」


 ヨシュアたちは間隔を保ち臨戦態勢に入った。


「流石はフィシャナティカの学生だ、動揺しつつも戦える体勢に入るとは。私がいたころよりも成長している。かつて行ったハイルクウェートでの授業が、こちらにも浸透しているということなのかどうか」

「どっから入った、不法侵入だぞ!」

「名前はなんと言う――」


 政宗は目の前のヨシュアたちを無視し、視線の先で倒れているクイルへ声をかけた。


「……クイル。クイル・ステファン」

「なるほど。ではクイル、聞くが、この状況に満足しているか?」

「満、足?」

「そうだ、満足だ。目の前のこいつらをどう思う、それはこいつらにやられたのだろう。お前は虐げられたままでいいのか」

「いっ、嫌です!」

「そうだろうとも、ではどうしたい? 深淵は他人任せでは言うことをきかない、自分で決めるしかない、今にするか、後にするか、選ぶがいい」

「……今がいい」

「本当か? 復讐は一度きりだ、よく考えた方がいい。だがこいつらにそれほどの時間をかける価値がないのだとするならば、それもいい。本当に、今でいいんだな?」

「今でいい、今じゃないとダメだ!」


 クイルは立ち上がっていた。


「――《屍霊のコープス・狂宴フィエスタ》!」


 白き異形――政宗は魔法を行使した。

 足元より、周囲へ中庭全体を包み込むほどの巨大な赤黒い魔法陣が展開された。

 青く透き通っていた空が赤く曇り、視界が赤に染まる。


「な、なんだよ、これ!」


 ヨシュアたちは顔を引きつらせて怯えた。

 一カ所に固まり身を寄せ合った。


「では、クイル。彼らを死刑台に送ろうか」


 気づくと中庭の中央に質素な木製の壇上が現れていた。

 クイルはいつの間に現れていたのだろうかと戸惑った。

 壇上には3人分の吊り縄が用意されていた。

 頑丈そうなその縄は吊るされた先で輪を作っている。


 突如、うねうねと輪をこしらえた縄は動きだすと、蛇のように宙を動き回り、伸びてヨシュアたちを拘束した。

 3人は壇上へと連れていかれ、それぞれ定位置に立たされた。

 それぞれ首に縄がかかっていて身動きができない。

 必死に首の縄を解こうとしている。


「さあ、クイル、殺すがいい」

「え、僕が?」

「当たり前だろ、誰がやる? 誰かがやってくれるとでも? だからだ、だからこいつらはつけあがる。自分でやるしかないんだ、意志の赴くままに。さあ、お前の深淵を見せてみろ」

「深淵?」

「お前は知っているはずだ。内なる言葉を呟けば、それは詠唱となり意志は具現化する」

「……意味がわからないよ。深淵なんて言葉、初めて聞いたし」

「ではそれはなんだ」


 政宗はクイルの右手を指差した。

 クイルは「え?」と自身の手へ視線を下ろす。

 そして驚愕した。


「わっ、なんだこれ! わっわっ!」


 クイルは慌ててずっこけた。

 右手に、赤黒い影が絡みついていたからだ。


「はっはっはっはっはっ! それが深淵だ、それは紛れもない深淵だ! なんの因果か貴様には深淵が宿っている。そして今、お前の前には私がいる。クイルよ、これは好機だ、好機以外のなにものでもない」


 クイルはゆっくりと立ち上がった。


「僕はどうすれば……」

「詠唱しろ、既に魔術は知っているはずだ。言ったではないか、今しかないのだろう?」


 クイルは不安げな表情のまま、絞首刑台へ近づいた。


「た、助けてくれ!」

「クイル、ここから下ろしっ!――」

「クイルっ!」

「早く、下ろしっ!」


 3人は目下のクイルへ助けを求めた。


「ふははは、予想通りの反応だ。クイル、どうする、こいつらを助けるか?」


 そこへ数人の教員の姿が見えた。

 その先頭には木田の姿が。


「こ、これは……!」


 木田はクイルに気づいた。


「遅いな、教員という分際は。だからいつも死が先なのだ。お前らには何も救えまい。死の方が遥かに勝っているからなあ」


 木田は目の前の人物をアンク・アマデウスだと認識した。

 その白き姿と仮面を見ればすぐにわかった。

 壇上でもがき苦しんでいる3人の姿を見た。


「か、彼らを放してください! 彼らはまだ子供です……彼らが何をしたというのですか!」

「私は何もやらない。それより貴様、教員の分際で彼らが何をしたのか知らないのか?」


 木田は疑問を浮かべた。


「……そうか、流石は教員だ。あっぱれだ。クイル、あそこにいる木田先生は、お前が日々こいつらに苦渋どころか汚水をぶっかけられていたことも知らないらしい」

「先生はいつもただ作り笑いをしてるだけだから」


 政宗はクイルの言葉に大声で笑った。


「ハッハッハッハッハッ! これは傑作だ、木田先生よりも生徒の方が物知りじゃないか! 木田先生、これはどういうことだ、お前は教師じゃないのか、教師なんだろ! なぜあんたはこの子が虐められていた事実を知らないんだ! そのような事実は把握しておりませんでしたとでも言うつもりか! 遺憾の意を表明してみせろよ! ハッハッハッハッ……笑い過ぎて仮面の中が蒸れてきた」


 政宗は、とマスクを取った。


 木田は言葉を失った。


 その時の木田の表情に、政宗は微かな笑みしか見せなかった。


「この日が来ることを、お前は知っていたか?」

「日高っち……!?」

「アマデウスさん、木田先生と知り合いなの?」

「同級生だ、私は異世界人なんだよ」

「……そうだったんですか」

「木田、俺はわからないよ。なんでお前のような者が、人に物を教える立場の人間になっているのかが。お前はかつて、ここにいる3人と同じように俺を虐めていたじゃないか。虐め方でも教えるつもりか?」


 クイルは絶句して木田を見た。


「え……木田先生が、いじめ?」

「違う、俺は虐めなんかしてない!」

「ほうほう、そう来たか。だがな、木田。俺はもうどっちでもいいんだよ。佐伯のことは聞いたか?」


 木田は不可思議な表情をした。


「そうか、まだ情報は伏せられているのか」

「……佐伯に、何かしたのか」

「なにもしてないさ。ただ奴は、最愛と手足を失くした。それだけだ」


 木田は凍り付いたような表情をした。


「その表情は――どういう意味だ、もう一回言え、ってことか? 相変らず惚けた奴だ」


 政宗はふざけていた。

 真面目に会話することが億劫だったのだ。

 そんな政宗をクイルは隣で見上げていた。


「いいか、クイル。自らの意志で最善を選び行動しなければ、なにも変わらない。できるできないの問題じゃない、したいかどうかだ。俺は復讐したかった、その方法にも拘りたかった。木田、おかげで俺は今、心が晴れ晴れしてるよ。もう他の連中はどうでもいい、あとはお前を殺して終わりだ。いや……まだ数人残っているか。できればお前の幸せを待ちたかったが、もう6年待った。流石にもう待てそうにない。俺には忍耐力がないんでなあ」

「アマデウスさん、その……僕にもできるかなあ」


 政宗はクイルの目を見て言った。


「言っただろ、やりたければやればいいと」


 クイルがその言葉に答えるまでには間があった。

 彼には考える時間が必要だったのだ。


 壇上へ歩を進め、13階段を上がり、クイルは振り返るとアマデウスに「僕、やるよ!」と笑顔で言った。


「見守っているよ。クイル、木田先生に何か言ってやったらどうだ、これからお前の成長を見ることになるんだ」

「うん!」


 クイルは生き生きとした表情で頷くと、木田へと振り向いた。


「クイルくん、やめなさい。彼は嘘をついています」

「先生、僕、やるよ!」

「クイルくん! 先生の話を聞きなさい、あなたが虐められていたのは先生も知っていました、ですがそれはあなたが弱いからです。強くなれば、彼らもあなたに手は出さなかったはずです。強い心をもちなさい」


 木田が説得している間、政宗は手を口を押さえながら体をねじらせ、笑い泣きしていた。


 しばらく黙っているクイルへ政宗が言った。


「クイル、木田先生が身も震えるほどの有難いお言葉をくださっているんだ、何か言い返してやったらどうだ、あるいは沈黙という返事でも構わんが」


 政宗にはクイルの心が《感情感知》によりわかっていた。

 クイルは激しい怒りを覚えていた。

 それを必死に押し殺し平常心を保っている。


「弱いことが悪い。弱い人が悪い。だから僕は虐められて正解だった、ってことだよね、先生?」


 クイルは涙を流しながら微笑んだ。


「そういう、ことでは……」

「強くなるまで、虐められていればいいって言うんだね、先生は!」

「クイルくん!」

「そうか、強い人には、弱い人を虐める権利があるってことか、そうか、そうなんだね。じゃあ僕がこれからすることも、きっと、いいことなんだ。だって僕は、こいつらよりも強いから――」


 その瞬間、クイルの体から赤黒い波動が漏れ出した。


 それは爆発して周囲へ散り、即座にクイルへ戻ると踊るように彼の体を包み込んだ。

 タコの足ようにくねくねと絡みついている。


「クイルくん!」

「先生、さようなら――」


 政宗はクイルに続いて呟く――。


「みなさん、さようなら」


 クイルは満面の笑みを浮かべ、3人へ体を向けると指を差した。

 指の示す先にはヨシュアの姿があり、足元から赤い魔法陣が照らしている。


 ふとヨシュアは気づいた。

 自分の頭上に何かが現れていることに。

 だが首を絞めようとする縄を拒むので手一杯なため、確認することができない。

 そこへ頭上から水が落ちてきた。

 頭上にあったのは簡素なバケツだった。

 そこから夥しい量の汚水が降り注がれた。

 一身に汚水を浴びながら、ヨシュアは必死に何かを叫んでいる。

 隣の2人は次は自分が水を浴びることになるのではないかと顔をひきつらせた。


 ヨシュアの足元に浮かぶ魔法陣は、円形ではなく四角だった。

 四角形の陣を縁取り赤黒い光は側面を作ることで、光はヨシュアを閉じ込める立方体となった。

 そこにバケツから注がれる汚水が満たしていき、ヨシュアの体を埋めた。

 汚水は外には逃げなかったのだ。


 政宗は自身の魔術に類似する点があることが気になったが、それは自身のものとは根本的に意味が違うことを悟った。


「あれは……個室トイレを模しているのか?」


 クイルの魔術は政宗のものよりも率直なものだった。

 これまでに自分の身に降りかかったことが誇張されることなく、そのままの状態で魔術となり具現化されていた。


 ヨシュアが汚水の中で溺れ死ぬ中、隣の一人は足元から突き上げた針に刺され死んでいた。

 それは小さな円盤の中央に細長い針がついている物だった。

 ――画鋲がびょうだ。

 足元から無数の画鋲の針が伸び、生徒の体に複数の穴を空けた。

 最後の一人に対して、クイルはまた別の魔術を使った。

 ポケットから消しゴムを出すと小さく千切り、それを投げつけたのだ。

 当たった箇所には、まるで槍が貫いたような大きな穴が開いていた。

 クイルは何度も消しゴムを千切っては投げた。

 彼は体に無数の空洞を作り、血を流し絶命した。


「できることに気づくのは難しい。虐げらた人々の多くは、できる、ことを知らない。だから仮に深淵を宿していようが、気づくことなく死んでいく。クイル、だからお前は運がいいんだ」

「クイルくんに何をしたのですか、彼はこんな魔術は……」

「彼自身のものだ」


 政宗は木田の言葉に被せて言った。


「木田、お前たちは佐伯の鮮度を保つための保存料に過ぎない。6年前、なんだか知らないが、俺のいない間にお前たちが結束力を高めていたことは知っていた。本来は特に交わることのない者同士だったはずだが、窮地に陥り協力せざるを得なくなったというのは、ありきたりだがそういうことなんだろう。お前たちを殺してしまうと佐伯は原因を究明しようと躍起になってしまう。だが奴には自由に生きて、同級生共々その後も自由に順風満帆に暮らせていると、そう思ってもらう必要があった。平穏の上に気付かれる、平凡な日常にこそ価値があるんだ。私はそこで生まれた新たな価値を壊したかったのだ。でなければ行動の意味がない」

「佐伯は……生きているのか。まさか」

「生きているさ。だが死んだ方がマシだったろうなあ」

「……何をした」

「本当は一思いに殺してやりたかった。あるいはその方が俺の心も救われ、今のクイルのように爽快感で満たされていたはずだ。今でも思うよ、その方が良かったと」


 頭の整理がついてきたのか「他のみんなはどうした、まさか、全員殺したのか」と勇者協会のことが気になった。

 だが政宗は説明しなかった。


「クイル、ついてくるか。あるいはここに残ってもいい」

「……ついていきます」

「クイルくん、自分が何を言っているかわかっているのですか。彼はテロリストですよ?」

「学校に残ることが無駄だってことだけはわかります」


 クイルの無表情に、木田は諦めた。


「無駄にお前らを生かしてしまった、この6年分の損失に終止符を打つ。ついてきてもらおうか、木田先生」

「もうご託は沢山だ、キダ先生、奴をここで殺しましょう!」


 後ろで控えていた複数の教員たちが臨戦態勢に入った。

 それぞれ武器を構えている。

 その様子に壇上のクイルは怖気づいた。


「クイル、そこで少しじっとしていろ。怯えずともよい、一切の危害を排除してやろう」

「――キダ先生!」


 周囲から急かされ、木田は立ち上がった。


「あなたを逮捕します、日高政宗!」


 木田の怒号にも似た声が響くと、教員一同はアマデウスへと猛威を振るった。

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