第289話 追跡

「ラインハルトの墓は?」

「姉と同じ墓所に」

「……そうか」


 胸糞悪い話だ。奴はアーノルドさんを殺し、冥国で飄々としているに違いないというのに。


「シエラ、ラインハルトは……」言葉が詰まった。


 だが、俺がそれを、真実を告げたとして、一体なにが生まれるだろうか。

 奴は英雄だったのだ。俺は単なる記号でしかないと思ってはいるが、半分は簡単に手の平を返す人間への皮肉を込めたものであり、意味は正確に理解しているつもりだ。危ういこの国の心に、止めを刺すようなことになりかねない。慈者の血脈の問題として片づける方が得策ではないか。


「マサムネ、王に会われますか。きっと、王も喜ばれ――」

「やめとく」

「……そうですか」

「今あいつと会っても話すことがない。だから、言わなくていい」

「トア、故郷へは帰れましたか?」

「うん」

「そうですか。良かったです」

 シエラは作り笑いをした。







 路地裏に入りしばらく進むと、俺たちはいつか来たことのある懐かしい倉庫の前にいた。ネムを助け出した場所だ。


「ネム」呼びかけるとネムは鼻をくんくんと探り始めた。

「違うのです」


 どうやらここでもないらしい。

 気分展開に犯人捜しを手伝うと言ってみた。相手が獣人を狙うような輩であるなら、俺にとっても放っておく訳にはいかないし、なにかの拍子にネムが傷つきでもしたらと思うと放ってはおけない。5人で捜索とは人数が多いように思うが、気晴らしも兼ねているしどうでもいい。


「獣人がターゲットにされている以上、犯人は人間でしょう」とスーフィリア「それも差別思想の強い者です。でなければわざわざ獣人だけを襲うなどという見え透いたことはしないはずです」

「だろうな、獣人を差別するのは人間くらいのもんだ」

「シエラ」とスーフィリアが、辺りを探索しているシエラを呼びつける。

「どうしましたか」

「獣人が絡んでいるのでしたら、慈者の血脈に頼むというのも一つの手ではないですか」

「慈者の血脈ですか……話には聞いています。ですがあれは、あの組織には、国として関わる訳にはいきません」深刻な様子のシエラ。

「なぜ」スーフィリアは訊ねた。

「ダームズアルダンの一件はご存知ですか」

「子殺しの王、でしたか」

「はい。王子を殺したのはシュナイゼル王ではなく、慈者の血脈だという話があります」

「まさか……一体なぜ」

「分かりません。ですが、であれば、関わることはできないのです」

「そうですか」

「シエラ、ここは違うらしいから、次の場所に向かおう」俺はわざと話に割り込んだ。

「そうですね」


 ネムの手を繋ぎその場を後にしようとスーフィリアの前を通り過ぎた時、一瞬、視線を感じスーフィリアへ振り向いたが。


「……どうされましたか」


 そこには笑顔のスーフィリアが。


「……いや、なんでもない。行こう」

「はい」


 スーフィリアの佇まいはいつも通り、おしとやかだった。







 中央広場を横断して旧市街方面へと市街地をしばらく進む。そこで孤児院のことを思い出しネムが「シスターに会いたいのです」と捜査の一時中断を求めてきた矢先だった。

 ネムが執拗に鼻をクンクンととがらせその場で右往左往し始めた。


「ネム、どうしたの」とトア。

「あっちから変な臭いがするのです」


 ネムは路地の先を指さした。


「シエラ、あっちは」

「あちらはもう旧市街です」


 王都の旧市街は他所の国と違い古いからといって治安が悪かったり、身分の低い者が区域内に閉じ込められたりしているわけでもない。孤児院が市街地にあるのだから言うまでもないが、各国は孤児院の存在は隠したがるもので、中央広場からそう遠くもない位置に孤児院が構えている時点でこの国はよほど平和と言える。ダームズアルダンでさえ孤児院は旧市街だった。


「ネム、孤児院はあとにして、とりあえず行ってみないか」


 構わないと言って頷くネム。

 ネムに先導させ、俺たちは後へ続いた。


 ネムが足を止めるまでそう時間はかからなかった。市街地と旧市街の境だ。


「こっちなのです」


 旧市街へは行かず、通りから住宅の隙間を抜けて裏路地へ入り、またしばらく進んだ。そこからは随分と歩かされたが、すると裏路地を抜け、また別の通り出た。


「ここなのです」


 正面に、周囲に立ち並ぶ建物とは外装の違う家を見つけた。


「ここは」

「診療所です」シエラが答えた。「ネム、ここから臭いがするのですか」

「はいなのです」ネムは頷く。

「おかしいですねえ、ここはしばらく休のはずです」

「こんな町外れのことまで知ってるんだな」

「……医者は貴重です。何かあった時、すぐに運び込めるように、診療所の数と場所は徹底して王国騎士にも把握させています」


 シエラの説明は重苦しい雰囲気を漂わせていた。


「血の匂いなのです」ネムは玄関扉の前で鼻をとがらせた。


 シエラは「妙です」と言いながら扉を叩いた。が、返事はなく。トアノブに触れる――。


「……あれ、開いていますね」

「なんだ、休業中じゃなかったのか」

「いえ、休業中のはずです」

「マサムネ様、魔力の痕跡を感じます」


 スーフィリアが目を細めて俺に言った。

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