第287話 表情

 数日ぶりにトアの元へと帰ってきた。

 城の門を潜り、玄関を開けるとトアが――。


「マサムネ!」


 俺が帰ってきたことが分かっていたかのように飛びついてきた。


「……トア」

「おかえり」

「……ただいま」


 トアは以前よりもどこか疲れの消えたような表情で微笑んだ。

 何かあったのだろうか……。


 大階段に手を掛けながらこちらを見ているルシウスさんの姿が見えた。

 どこか思わしくない表情だが、俺に対してのものであることは分かっている。


「何をしてきた」

「……用事を済ませてきました」


 俺が答えてもルシウスさんからの返答はなく、はなから何も信じていないかのように廊下の奥へと消えた。


「ネムとスーフィリアはどうしてるんだ?」

「今なら二人とも書庫にいるんじゃないかしら、最近ネムはずっとスーフィリアと一緒にいるから。リサの特訓が嫌になったんだって」

「え、なんで」

「ネムの覚えが良くて教え込み過ぎちゃったんだって。そしたらネムが拗ねて」

「書庫にこもるようになったのか、スーフィリアみたいに」

「うん、スーフィリアもずっと出てこないわ」


 一先ず二人に会いに行こうと、俺たちは書庫へ向かった。


「ネム、スーフィリア、ただいま」

「ご主人様!」


 書庫の扉を開けると、どこからかネムの声がした。

 部屋はどこを見渡しても背の高い本棚で埋め尽くされており、テーブルが置かれている一ヵ所以外は迷路のようだ。

 誰がどこにいるのかなんて分からない。

 とネムが目の前の本棚の影からぴょっこりと顔を出す。


「ネム」

「ご主人様なのです!」


 トコトコと駆けてきたネムは俺に飛び乗ってきた。

 上手くキャッチし抱きしめる。


「ご主人様、どこへ行っていたのですか。ずっといなかったのです」

「ちょっと他の国へ出かけてたんだ。ほら、適当に土産を買ってきたぞ」


 帰りにシグマデウスの店で買ったものだ。

 あれはおかしな国だった。

 内部の情報はほぼ知られていないにも関わらず、中は観光客用のものであろうお土産屋さんなどが立ち並んでいたのだ。

 店員も気さくで、まさか帝国を配下につけている王の国とは思わない。


 ネムは包装された箱を乱雑に開け、箱を開けた。

 中はただのお菓子だ。


「ネム、ちょっと待て」


 念のため毒味をする。

 それは細長い饅頭のようなもので、中にはあんこ状の甘いものと中にビスケットのような触感のものが入っていた。


「……大丈夫だな」


 ステータスを表示して数値に異変がないか確認した。

 おそらくおかしなものは混入されていないだろう。


「うん、大丈夫だ」

「食べてもいいのですか?」

「ああ」


 俺がそう言うと、ネムは嬉しそうに食べていた。


「おいしいのです!」


 トアもつられて一つ取る。


「スーフィリア、いないのか?」


 書庫の中へ声をかけた。

 だが魔力の気配はあるし、ここにいるはずだ。


「マサムネ様……」


 書庫のか陰からスーフィリアが姿を現した。

 以前と同じ風貌だが、表情は真顔だ。


「てっきりもう帰ってこられないのかと思いました」

「そんなわけないでしょ」とトア。

「スーフィリアはずっとこんな調子なのです」とネムが付け加える。

「どうしたんだ、元気ないのか?」

「いえ……別に」


 表情にはまったく出そうとしないが、明らかに元気がない。

 できれば《感情感知》は使いたくない。


「スーフィリア、お土産買ってきたんだ、食べないか?」

「……どこでですか?」

「ちょっと他所の国で」

「なんという名前の国でしょうか」

「それは……なんて言ったっけなあ」

「……お忘れになったのですか?」

「そうみたいだ。でも大した国じゃなかったよ」

「……何をしに、出掛けられていたのですか」

「観光だよ」

「私たちを置いてですか?」

「……」

「トアやネム、わたくしを置いてきぼりにしてですか?」

「…………スーフィリア」

「いえ、すいません。本の読み過ぎで少し疲れているのかもしれません」


 スーフィリアはそう言って眉間を指で揉んでいた。


「でもスーフィリアだっていなくなっていたのです、ネムを置いてけぼりにしたのです」

「ネム……」スーフィリアの表情に微かな感情が見えた。

「そうなのか? どこに行ってたんだ、まさか魔国の外?」

「……いけませんか」

「いや、いけなくはないけど。スーフィリアは元々アルテミアスの王女だし、八岐の中には勘づいてる奴もいるから……」


 ラトスフィリアの王のことだ。


「観光をしに、少し他所に出かけていただけです」

「……徒歩でか?」

「転移で移動しました」

「なるほど……」


 スーフィリアは使えたのか。

 いや、ヒーラーでもなければ可能か。


 トアが元気になっていることは喜ばしいことだ。

 と思えばスーフィリアが暗くなっている。

 ネムはいつも通りで安心するが、何があったのか。


「なあ、久しぶりにみんなで出かけないか?」


 俺は思い付きから提案していた。

 深く何かを考えている訳じゃない。


「観光ですか?」とスーフィリア。

「それでもいいけど、久しぶりに冒険者らしいことしたくないか? 依頼を受けたり、酒場で酒を飲んだり」

「懐かしいわね……ラズハウセンではよく酒場に行ってたものね」

「ネムも遊びに行ったのです!」

「分かりません……私はいませんでしたから」


 余計に暗くなるスーフィリア。

 思わず苦笑いしてしまった。


「じゃあさ、ラズハウセンに行かないか? 久しぶりにシエラにでも会いに。それでさ、ギルドに行って依頼を受けて、終わったらヨーギたちと酒を飲むんだ」

「いいわね!」乗り気のトア。

「シエラに会いにいくのです!」とネム。

「なあ、スーフィリア。行かないか?」

「わたくしは、まだ読みたい本が……」

「本ならいつでも読めるだろ。少し出かけて、数日したらまた戻ってくればいい」


 スーフィリアの表情は中々変わらず。


「……分かりました。わたくしは、マサムネ様についていきます」


 口だけはそう答えた。

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