第283話 レイド放浪記②
ラトスフィリアを経由し、ラズハウセンへと向かう馬車の中、レイドの手元には魔的通信の今週号があった。
「シエラ、冥国って知ってるか」
「いえ、知りませんが、どうかしましたか」
「ウラノスはその国に逃げ込んだらしい。というか、拠点を移したって感じだな」
「そう、ですか」
予期していた事実に、シエラは思い悩む。
やはりシュナイゼルの力は必要だったと、何の手柄もなしに戻ってきたことから、王都の防壁を遠目にため息をついた。
「近々、週刊から日刊に変わるらしいぞ」
「え」
「魔的通信だよ」
「そうなんですか」元気のない返事。
「落ち込んでも仕方ないだろう。あの世捨て人はいくら言っても無駄だった。まあ、ニトの力を借りろだったか。それだけでも良かったと思うしかない。あいつに頼むってのも癪な話ではあるがな」
政宗と顔を合わせることに、なぜか気が引けたレイド。
シエラにとっての悩みはまた別のところにあった。
旅を離れ自分から去っておきながら、また政宗に助けを求めること。
それには恥を忍ぶしかなかった。
※
アーノルドの遺体は棺桶となり、王座の広間へ安置されていた。
王座は片づけられ、今やそこは墓だ。
わずか数名となってしまった白王とレイド、そして学院から連れ戻されたパトリックの姿があった。
「間近で見ると……そうか。陛下は、ホントに死んじまったんだな」
レイドの悲しむ声に、パトリックは一人意外そうな表情を見せる。
父親があの暴力的なレイドに慕われているとは思っていなかったのだ。
「ラインハルトの遺体はどうした」
「墓所だ」とダニエル。
「ヒルダと同じところか」
「ああ」
「……そうか。んで、お前が次の王になるってか、パトリック」
振り向いたレイドの表情には悪戯な笑みがあった。
悲しみから一変し、挑発するように鼻で笑った。
「……俺だって、早いことくらい分かってますよ」
「分かってちゃダメだろ、そんなもん。それで王とは片腹痛いぜ。道理でクレスタが出てくる訳だ。お前がしっかりしてりゃあ、最初の一言で済んだ話だろ」
「最初の一言?」
「知るかよ、自分にできることくらい分かれ。お前は王位以外に、まっとうな血を受け継いでんだ。お前以外にラズハウセンの王は務まらねえ。誰が相応しいかじゃねえんだ。お前の統べる地が国になんだよ。お前が王だ。クレスタの言い分なんか関係ねえ」
「ちょっと、この人さっきからごちゃごちゃうるさいわね」
レイドは不意に聞こえた声に警戒し、辺りを見渡した。
そこでパトリックの体から青い炎が火の粉のように飛び出し、精霊王サラマンダーが現れる。
「なんだ、こいつは……」
「こいつ? 呆れた口調ね。仮にも私は王であるパトリックの精霊よ。いえ、むしろこの私こそ王」
「サラ、昔お世話になってたレイドさだん。失礼のないようにしろ」
「おいパトリック、こいつはまさか精霊か?」
レイドは戸惑った。
その様子にダニエルは口元を手で隠し、腹を抱えて笑っている。
「彼女は精霊王のサラです」
「精霊王だと……」
レイドは目を丸くした。
「パトリックが呼び出したのか?」
「いえ。俺ではありません。その、ニトが助けてくれて」
パトリックは動揺を隠せないレイドへ色々と説明した。
ニトとの交友があった事実にもレイドは驚き、説明は長引いた。
徐々に落ち着きを取り戻し、レイドの表情も穏やかになっていく。
「国の次は王子か。まったく。ニトさまさまじゃねえか。俺たちは奴に頭が上がらねえな」レイドは半ば馬鹿にしたように笑った。
「そんなことより、レイドさん。なんで戻ってきたんですか」
「勘違いすんな。戻ってきた訳じゃねえ。用が済んだら出てく」
「じゃあ、なんで」
「ラインハルトが死んだってのは事実か?」
「それを確かめに来たんですか」
レイドは一度、口を閉じた。
「ニトが英雄ならラインハルトは最初の英雄だった。先の帝国の奇襲だけじゃねえ。偶発的な理由から、Sランクモンスターが王都近郊に現れたことは今までにもあった。当時、それをどうにかできたのはラインハルトだけだった。それ以来、奴は英雄とされていた」
「もう、その英雄はいません」パトリックは声を落とした。
「あいつがそう簡単にやられる訳ねえ。でなけりゃ何かあったんだ。あいつでさえ抗えなかった何かが……」
「レイドさん。どうであれ、もう、ラインハルトさんはいないんです。白王騎士はもう、3人しかいません」
7人いた白王も今やダニエル、エミリー、そしてシエラのみ。
「だからって俺は戻らねえぞ。どっちみち意味なんかねえ。この国に帝国をどうこうする力は初めからない。誰も要請に応じなかったろ」
「龍の心臓が応じてくれました」
「なんだと……」レイドは不意を突かれたように驚く。
「これまで返答のなかった各国も、これで少しは事の重大さに気づくはずです」
「だが八岐の王はこれじゃ動かねえ。現にダームズアルダンは無理だった。シュナイゼルは、ありゃ廃人だ」
「別に大国に拘っている訳ではありません。何よりラズハウセンが小国なんです、誰も応えないことは分かっていたはずです。小さなものを集めて、それで戦おうという――」
「何年だ」
「え?」
「お前、仲間集めだけで何年かけるつもりだ」
「少なくとも5年とか」
「冗談じゃねえ」レイドは背を向け、壁際の椅子に腰かけた。
「レイド」眉をしかめるダニエル。
「仕方ないでしょ」とエミリー。「小国の意味わかってる? それで精一杯なの」
「暗殺者の捜索はどうなった? ここで殺されてたんだろ」レイドは唐突に話を変えた。
「レイド、真面目に聞いて」と憤慨気味のエミリー。
「
「進展はありません」とシエラ。
「は、どういう意味だ? どうやって殺された」
それぞれは現場検証の末の状況を話した。
アーノルドは心臓を刺され、ラインハルトは魔法により全身を焼かれていたため、死因は焼死となっていることなどだ。
レイドは急に席を立ち、何も告げず大扉へと歩を進める。
「待て、レイド」ダニエルの声に。
「俺が追放されて、そんでこれか。笑えねえなあ」
言葉は少なく、だがレイドは広間を後にし、王都から姿を消した。
その様子もシエラにだけは少なからず疑心を与えた。
ただ確信はなく、レイドが何を考えているのかはシエラにさえ分からなかった。
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