第282話 レイド放浪記①

 レイドがそれを耳にしたのはデトルライト共和国内のとある酒場だった。

 常連らしき顔ぶれと流れ者の姿がちらほら。

 カウンター席に半分だけ尻を乗せたような小太りの男が、隣の男と魔的通信の紙面をさかなに軽く盛り上がっていた。


「おい……今なんて言った」突然に席を立つレイド。グラスの氷が音を立てた。

「はあ?」と紙面から男は目だけを覗かせる。

「なんて言ったかって聞いてんだ!」


 レイドは男の胸倉をつかんだ。紙面が床に落ちる。見出しが仰向けのまま、紙面が開かれていた。


「てめえ、何しやがんだ!」権幕でレイドの腕を振りほどく。


 店内の数人が席を立ち、レイドを睨みつけていた。

 カウンターのマスターは腰の剣に手を添えている。

 だがレイドは目もくれず、床に落ちた紙面を拾い、中を覗いた。


「嘘、だろ……」


 そこに記されていたのは王都ラズハウセン王――アーノルド・ラズハウセンと、白王騎士団統括――ラインハルト・リックマンの死だった。

 カウンターの男は隣の男や周囲の者へ、「大丈夫だ」と手で首を振るように。

 騒ぎを起こしたくないのか偶々温厚な者だったのか。


「まったく、頭でもおかしくなったのか。返せ、俺んだ」紙面を取り上げた。

「待て……いや、すまねえ」


 紙面を持っていた手も下ろさずに固まるレイド。カウンター席に男は単純に不気味がっていた。


「あんた、この国のもんじゃねえな。見ない顔だ。知り合いでも載ってたか」

「へ……」

「これが見てえのか?」紙面を片手に尋ねる。男にとって、これは単なる暇つぶしだった。

「いや……その」

「にしてもよお」隣の男がレイドに警戒しつつ。「ラズハウセンっていや小国だろ。確かグレイベルクの近くだったか?」

「ああ。平和以外なんもねえ国だ」

「にしても誰がやったんだろうな。最近はやりの帝国か、それとも慈者の血脈か。もしくはクレスタが刺客でも送ったか」

「クレスタ? なんだそりゃ」

「知らねえか、クレスタ家だよ。その昔、ラズハウセンの分家だった連中だ。王都建国に際して家を追い出されたことを根に持ってんのさ。動機は十分だろ」

「まあ……確かになあ」

「おい」店のを出るレイドの背中を呼び止めた。

「……」だがレイドは振り向かず、そのまま店を後にする。

「おかしな連中だ。最近はああいうのばっかだ」とカウンター席の男。

「パスカンチンかユートピィーヤか、もしくはアルテミアスかカトレアか」

「パルステラってのもいた、あとはモッドヘルンか」

「難民ばっかだな」と隣の男。

「しゃあねえさ、国が亡んじまったんだ。ここもそのうちかもな」

「それはないだろ、なんたって八岐だぞ?」

「パスカンチンやユートピィーヤもそうだ。だが亡んだ」

「世知辛いな。明日は我が身か」

「ま、酒のあるとこならどこだっていいさ。マスター、もう一杯だ」


 静かな酒場には軽快な笑い声が聞こえていた。







 デトルライトを離れる一台の馬車。

 車窓から外を覗くと、すれ違うのはおびただしい難民の列だ。

 デトルライト周辺の大地は足場の悪い草原地帯だが、しばらく走ると森へ入った。

 だが依然として難民の列は続いている。


 悲鳴が聞こえ馬車から身を乗り出すと、列の後方が何やら慌ただしい。

 レイドは鎌を取り出し「待ってろ」と馭者ぎょしゃへ、すぐさま駆けだす。

 後方の難民が、一体のセイレーンに襲われていたのだ。

 物資の入ったリュックなどを剥がされ、上空に投げ飛ばされている。

 セイレーンは言葉を発し、人間を嘲笑うようなしぐさでけ散らしている。


「《炎髄の装飾カスク・ド・イフ》!」


 燃え盛る炎はレイドの手の平で揺らめき、惑う難民たちに夢中のセイレーンへ流動し、向かう。


「うわ!」セイレーンは直前で気づき、慌てて避ける。「ち、人間め」

「お前ら、さっさと逃げろ!」邪魔だと言うように難民たちへ避難を仰ぐ。


 セイレーンは上空で停滞し、レイドを睨み、見下ろしていた。


「お前……セイレーンか?」逃げ惑う難民を背に上空を見上げた。

「なぜ助ける」

「……言葉を話すのか」微かな戸惑い。

「当たり前だ」

「お前……魔物だな」


 セイレーンは無言のまま、レイドをしばらく見下ろした。攻撃を加える気配もなく。


「祝福の時は近い。いずれはご帰還なされるのだ、いずれは」

「は?」眉をしかめた。睨みつけるがセイレーンは無言。

「なぜ助ける」とセイレーン。

「お前、なに言ってやがる」

「なぜ助けると聞いている。たかが微量の存在など、お前とどういう関係がある」


 セイレーンはまるで文章を読み上げるように淡々と尋ねた。

 レイドは理解できず、ただ難しい表情をするばかりだ。


「とりあえず」深いため息をつくレイド。「モンスターでも魔物でも、化け物と出くわしたら狩るのが冒険者だ。魔物は珍しい。魔導師協会にでも売りつけて、生活のたしにしてやる」


 レイドは燃ゆる炎より大鎌を取り出した。

 体の周りに浮遊し続ける鬼火のような炎はレイドを守り、警戒したセイレーンは近づこうとしない。


「魔物なんて初めて見たが、噂と違うな。魔力が強大だと聞いていた。お前程度ならギリ倒せそうだ」

「好機ではなかったのか……まだ早かったか。だが、ご帰還を見届けねばならないのだ」

「はあ?」

「お前を喰らい、奴らも喰らう。誰一人として逃がしはしない」


 翼を広げ、ウミヘビのような下半身がうねる。牽制するように。

 レイドは臆せず薄っすら笑みを浮かべた。

 大鎌を大きく振りかぶり、上空へ投げつけた。

 セイレーンは予想できなかったのか、慌てふためき、逃げ遅れると片翼を切り裂かれ絶叫した。

 そのままひらひらと落下する。

 一方、巧みな炎に吸い寄せられ、大鎌はレイドの手元へ。


「報酬がてら、あの難民どもから何かせしめるか。一応、救ってやったんだ」

「……祝福の日を」


 ニヤけた面から、セイレーンへと鎌が振り下ろされた。







「旦那、流石に勘弁してくれませんかねえ。臭くてかないませんよ」

「うっせえなあ、我慢しろ。どうせもうダームズアルダンだろ」

「はあ……ですがねえ、どうせ門で止められちゃいますよ」

「誰も守ってねえよ」

「は?」

「……なんだ、知らねえのか。子殺しの王はもうこの土地を治める気がねえのさ。実質、国は崩壊したってわけだ。慈者の血脈の手によってな」


 しばらくして馬車はダームズアルダンの正門を通過し、城下町へと入る。


「旦那……」馭者の男は検問所の様子に戸惑った。

「言っただろ。もうこの国は王国として機能してねえ。ま、俺らには関係のねえ話だ。そのうち八岐の連中がどうにでもすんだろうよ。さあ、魔導師協会に行ってくれ。こいつを売り渡す」

「はあ……」ため息交じりな頷き。


 馬車の荷台にはセイレーンの死体が積まれていた。

 通りに死臭が漂うも、町は閑散としていた。

 人通りも少ない。


「セイレーンなんてお断りだね」


 魔導師協会の外に馬車を待たせ、セイレーンを肩に担ぎ受付へ向かうレイド。

 そこにかつて白王騎士だった者の面影はない。


「おい婆さん、教会の人間をだせ。これじゃ話にならねえ」

「私がそうさ。あんたの言う教会の人間だよ」

「だったら話の分かる奴を出せ。これは魔物だぞ、お断りな訳ねえだろ。確か教会には非人間部門があったはずだ。魔物の提供を呼び掛けてたろ」

「あ、そういやそんなのあったねえ。よく知ってるんもんだ」


 老婆はボケていただけなのか、思い出したように扉の奥へ姿を消し。

 しばらくして、3人ほどのローブを着込んだ男や女を引き連れ戻ってきた。


「こ、これは……」うち一人。白い顎鬚の老人は肝を冷やした。

「なあ、早く買い取ってくれねえか。婆でも爺でもどっちでもいいからよ」

「か、買い取ります。もちろんです、買い取らせていただきます」


 額に汗を浮かべる老人は、連れの者たちへ運ぶのようにと指示を出す。

 その様子にレイドは舌打ちし苛立ちを見せた。

 やっとのことで受付の老婆から報酬が支払われた。

 レイドは終始老婆を睨みつけるが、悪びれもせず、老人に促され老婆は扉の奥へ消える。


「レイド殿と申されましたか」

「ああ、早くしてくれよ」

「あのですね。今回持ち運びいただいたセイレーンですが、あまり他所で話されないでほしいのです」


 一人残った老人は切迫した様子だった。


「……どういうことだ」

「これを」差し出される封筒。

「……こりゃあ、口止め料か?」中には札束が入っていた。

「話されないでほしいのです。それから、あれをどちらで?」

「デトルライト近郊の森だ。難民を襲ってやがった」

「そうですか……」何かを考えるように黙り込む老人。

「さっきから何を動揺してやがんだ。たかがセイレーンだろ。ま、この金額からしてどうもそうじゃないらしいがな……。黙っててやるよ、金さえもらえりゃ俺はそれでいい。子殺しのお国事情に関わる気はねえ」


 レイドはそう言って背を向け、外へ歩を進めた。


「あのセイレーンですが、何か話しましたか……その、言葉を」

「は?……ああ。そういや、祝福がどうだの、帰還がどうだの言ってたなあ」

「そ、そうですか……では。またのお越しをお待ちしております」


 しみったれた老人だと、レイドは眉間にしわを寄せ、その場を後にした。


 馭者に運賃と荷台の使用料を握らせ見送ったあと、別の馬車をと気まぐれに町を見物する。

 だが自分以外に観光客の姿が見える訳でもなく、「ここも変わったなあ」と呟いた。


「ですからシュナイゼル様へ謁見を――」


 それは王城の正門が構える目の前の通りを過ぎた頃だった。

 門の前に止まっている馬車は視界に入っていたが、特に気にするでもなく、レイドは通り過ぎるつもりだった。

 だが聞き覚えのある女の声が聞こえたのだ。

 振り返ると、純白の白い軽装を身に着けた女性が何やら衛兵に迫り、訴えている。


「おい、お前――」


 レイドは呼びかけ、程なくしてその者は振り返った。


「……レイド」


 女性はレイドの顔を見るなり微かに動揺した。

 レイドはニヤリと笑みを浮かべる。


「シエラ……」


 レイドは照れくさそうに軽く手を振り、答えた。







 停車する馬車の中。レイドは深いため息をつく。

 向かいにはシエラ。

 久しぶりの対面に、どう切り出せばいいのか分からない部分があった。


「なるようにしかならねえと分かってたさ。でもなあ、やっぱお前はニトと一緒に旅をしとくべきだった。今からでも戻るべきだと、俺はそう思ってる。それがヒルダの……いや、お前のためだ」

「……どんなことにも好機というものがあるのです。私は自ら切り捨てました。今はもう、その時ではありません」

「言い訳じゃねえが、奴の傍にいることで成し得た白王としての任もあった」

「任?」

「しばらくぶりに会った時、奴は一層暗い目をしてやがった。いつか気づいたが、あいつ、グレイベルクの勇者の一人だろ?」

「……」シエラは目を逸らした。

「やっぱりな。少し前、魔的通信に同じ名前が載ってた。マサムネってな。なんでも死んだことになってるらしい。それで納得できたんだ、あの常人離れした力にな」

「マサムネは……」

「一応、王都を救った英雄だ。なあシエラ、奴に一瞬でも何かを望んだことはなかったか?」

「……」

「望んだなら、その分、お前は奴を支えてやるべきだった。いや、そういうんじゃねえが、それでも良かったってだけの話だ。白王の任務にできた、言い訳はいくらでも作れたってだけの……。なあ、シエラ、何があったんだ……」

「…………何が、とは」だがシエラは分かっている。

「誰が王を……ラインハルトを殺しやがった」レイドの目線が落ちる。

「……分かりません。目撃者はダニエルです。広間には……陛下のご遺体と、ラインハルトの……」

「帝国か」

「……いえ、分かりません。なにも、分からないのです」

「今は誰が仕切ってる。ダニエルか」

「はい。……いえ、パトリック様です」

「あいつが? あのクソガキが王だと?」

「ご子息様ですから」

「いくらなんでも無理があるだろ。誰も反対しなかったのか」

「もちろん反対する勢力もあります。クレスタ家です」

「なんだと」レイドは眉をひそめた。「あれはデトルライトの貴族だったはずだ」

「はい。ですがこのごに及んで、パトリック様では務まらないだろうと……」

「まさかクレスタが殺ったんじゃねえだろうなあ。確かそんな噂も聞いた」

「分かりません。血統は、パトリック様であれクレスタであれ、ラズハウセン固有のものです」

「一度離れたら終わりだ。陛下が亡くなられた今となっては、もうパトリックしかいねえ。グレイベルクとラズハウセンくらいだ、本当にその血統を守り続けているのはな。八岐やそのあたりの小国はもはや雑種と言っていい。クレスタにだけは渡すな。何か目論んでるに決まってる」

「はい。ですから白王は皆、反対しているのです。レイド、王都へ戻って来てはいただけませんか」

「……ここへ何しにきた」レイドは話をそらした。

「……シュナイゼル様へ、謁見です」

「門前払いか」

「はい」

「…………じゃあ。まずはそれを手伝ってやる」レイドはそう言って馬車の扉を開けた。

「手伝う、とは……」

「謁見だろ? 俺がお前を子殺しの王へ合わせる」

「……ですが、どうやって」


 レイドは悪戯な笑みを浮かべた。







 衛兵がよそ見をした隙を狙い、袖の壁をよじ登った二人は、王城内部へと侵入した。


「レイド、これは流石にマズいのでは」

「冒険者の依頼にはなあ、屋敷に忍び込んで当主を殺せってのがあんだ。むしろモンスターの討伐よりこっちの方が儲かる。人はモンスターじゃなく、人に困ってるってことだ。最近はそんな依頼ばかりこなしてる」

「……」レイドの表情を物悲しそうに横目で見た。

「同情してくれるなよ。俺は元からこっち側の人間だ。何の巡り合わせか陛下に拾われ、灰の団なんてものを頼まれ白王になった」

「誰か来ます」


 二人は茂みに隠れた。

 そしてタイミング見計らい、衛兵が去ったあと、庭から王城へ入った。


「言っとくが、俺はもう騎士に戻るつもりはねえ」柱の陰に隠れた。

「……そう、ですか」

「細かい話はあとにして、あれがそうだろ」


 レイドの目線の先には大扉があった。

 二人はアイコンタクトのあと、真っ直ぐに歩を進めた。


「な、なんですかあなたたちは!」


 王座の広間へと忍び込むなり、その姿に使用人が戸惑った。複数見えるが多くはない。

 目の前には、ガラス窓から入り込む日に照らされた、シュナイゼルの姿が。

 王座に頬杖をつき、深く座りながらぐったりと、のんきで力ない表情を二人に向ける。


「白い甲冑……もしや、白王騎士か。いつぞや見た覚えがある。……そうだ。あれは確かラズハウセンへ参った際だった……」


 覇気のない王の声に、シエラとレイドの表情がそれぞれあわれみへと変った。


「申し訳ありません。無理やり、押し入ってしまい……」シエラは頭を下げる。

「謝罪一つでは済みませんよ」使用人が立ちふさがった。「どこの手の者ですか、ここは王の間ですよ」

「よい、お主らは下がっておれ。彼らはおそらく、ラズハウセンの者たちだ、そうであろう」

「……はい。王都ラズハウセンより参りました。シエラ・エカルラートと申します」

「うむ」引き下がる使用人を見届け――。「して、このような我に何用か」

「その、文書の方をお送りしていたかと……ですが、その、ある日を境に途切れ……」


 文書とは、ラズハウセンが各国に要請している対帝国に関するものだ。

 一時的な同盟の類が記されている。

 シュナイゼルは前向きであったが、子殺しと呼ばれ始めて以降、城へこもりきり。

 文書については目すら通していなかった。


「ウラノスを殺すという話であったな」

「はい」

「覚えておる、確かに受け取った。だが、もう帝国はないのであろう。話によれば、あの慈者の血脈とやらが葬ったとか。まあ、我もその一人と言えよう、ふははははは」


 高笑いのあと、疲れたように深いため息をつくシュナイゼル。


「彼らの者と思われる死体が散乱していたという話ですが、城内を散策した記者によれば、皇帝の死体はなかったという話です」

「あ奴がまだ生きておると言いたいのであろうが、だからどうしたというものだ。帝国はもうない。お主らの求める同盟は対帝国に関してのもの。もう、その必要はないのだ。帰るがよい、王都へ」

「ですが……レイド?」シエラの前に、レイドが堂々とした態度で立った。

「なんだ」とシュナイゼルは無表情ながらに眉をひそめる。

「レイド・ブラック。ただの冒険者だ」

「して、なんだ冒険者」


 そのやつれた人相と腐り切った世捨て人のような目つきに、レイドは嫌悪感を抱く。

 が、表情の奥へ押し殺した。


「慈者の血脈がどうだとか、そんな話に意味はねえ。これは帝国以前に、ウラノス・ダームズケイルの目論見を止める目的で発足されたものだ。あんたもそれくらいは分かってんだろ」

「……野蛮であるなあ、冒険者とは。分をわきまえておらぬ」


 傍のテーブルにあるワイン一口、レイドから目をそらすシュナイゼル。


「小国の要求に手を貸す大国はない。唯一、少なからず応えたのはこの国だけだった。だからわざわざ足を運んだんだ」シエラの想いを代弁するレイド。

「くだらぬ希望を与えてしまい済まぬな。これでよいか?」

「……王として恥ずかしくないのか。あんたは」

「もうよい。この者らを追い出せ。我であれ、みすみす暗殺されてしまったどこぞの王よりマシと言えよう。くだらぬ希望に手を貸すことは止めたのだ。すべての者は暗躍し、我のような……純粋で愚かな者が馬鹿を見る。いくつか闇も見た。この国の実態でさえ、裏路地に入れば闇だ。平和は表にしかない。だがそれでも、できることならと……」


 シュナイゼルは不意に黙り込み。


「……手を貸してやってもよい。残りの金騎士を好きに使えばよい。だが、それと同じくらい、手を貸すつもりはない。応えるなど、気まぐれ程度のものだ」

「無駄かどうかはやったあとに決めりゃいいだろ」口調を強めるレイド。

「……そうだ。であれば、ニト殿に頼めば良いではないか。あの者の力は一国の軍事力に匹敵する。なんせ大魔導師だからなあ。うむ、それがいい。いつぞやの奇襲から王都を救ったのはニト殿であったはず。その縁を利用せよ。これが我からの返答だ」

「いくぞ、シエラ」舌打ちを吐き捨て、背を向けるレイド。

「シュナイゼル様、本当に、それで良いとお思いですか?」とシエラ。

「……一致団結という響きは実に美しい。が、そこに力はない。感情論でどうにかできるなら、ウラノスなど20年前に殺しておるわ。……シエラと申したな」

「はい」

「後にも先にも、深淵が世界を救うことはない。彼らはいずれ裏切る。だがウラノスを退けたいのであれば、ニト殿に頼るしかあるまい。でなければ高位の冒険者でも集めるか。大魔導師を集めるか。しかしそんなことをすれば、次に狙われるのはラズハウセンだ。ニト殿とは同盟を結んでいる。大魔導師だが、お主らが引き抜きを行っても我が証人となり許可できる。各国も納得するであろう。あとはお主ら次第だ」

「ダームズアルダンは、力を貸してはくださらないと、いうことですか」

「貸せる力などとうに失った。王城を見よ、町を眺めてみよ。この国のどこに力がある……この提案以外、我にできることなどもうないのだ」


 同情のあまり、その不憫さから、シエラは何も答えられなかった。

 答えられず、レイドに促され広間を後にするしかなかった。

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