第280話 円卓会議

 繋国けいこくエヌマサン。中央区――スラム街。

 その地下最下層に慈者の血脈の総本部があることはまだ知られていない。


 天辺のとがった白いフードつきのローブの一団――イキソスの信徒だ。

 彼らは皆、統一されたこのローブを纏い顔をさらすことはない。

 最高指導者――魔教皇の教えを信じるその思想こそが重要とされているからだ。

 ただし人間族に限られる。


「ここか」


 信徒の一人が入り口を見つけた。

 千人規模の一団が次々と最下層へ踏み入れる。

 獣人と貧困層の殲滅を目的として。







 果てしなく広がる青空の下。

 小鳥はさえづり、広々とした草原には様々な色合いの蝶が飛び交う。

 蝶を追いかけ転んだ犬族の子供は、猫族の少女に手を差し伸べられ、屈託のない笑みを浮かべまた駆けだした。


 右を向けば獣国を模した敷地の門が見えた。

 左を向けば“日高政宗”の一軒家が。

 背後には建設途中のおかしな城が見える。

 青い照明にライトアップされた宮殿のようだ。

 ここはダンジョン。

 日高政宗の所有物にして妄想と幻想の間。


 三つの建造物に囲まれた中央の草原地帯。

 そこに一つ、大きな円卓が用意されていた。

 円卓には早々たる顔ぶれが囲み、食事を交えながら、組織の今後を左右する話し合いが行われようとしていた。


「ロメロ。避難は済んだか」


 政宗はテーブルと料理を挟み、丁度向かいに座る老人へ問いかける。


「もちろんです。相変わらず心配性ですな」ロメロは優しくほほ笑んだ。


 慈者の血脈 《主治医》。

 ロメロ・A・フィンガーハート。職業、医学師。種族、亜人。

 小人三兄弟――トム、サム、ディーンにより紹介された放浪の医者だ。

 亜人は人間でも獣人でもない種族であることから人間には化け物と呼ばれ、獣人には裏切り者と呼ばれ、ながらく迫害を受けている種族である。

 ロメロの左隣から順にトム、サム、ディーンの姿もあった。

 彼らはそれぞれ慈者の血脈の一員だ。


「もぬけの殻になった地下でも散歩している頃でしょう」

「そうか。傑作だな」


 ワインを一口に笑みを浮かべる政宗。


「どうせなら殺して戦利品にでもすれば良かったんですよ」とトム。

「イキソスの連中が身に着けているローブはちょっと高級だからなー。欲しかったなー」とサム。

「何千人規模って話だから、きっといい魔法が手に入ったはずですよ。ニトさん」とディーン」

「いずれは俺たちのものになる。あの天空の城は魅力的だしな。将来的には拠点にするとして、まあ、今は特に用はない。それにもう少し魔教皇との力の差を計っておきたい」


 慈者の血脈 《広報部統括》

 トム・A・バーキン。職業、錬金術師。種族、小人族。

 サム・A・バーキン。職業、妖術師。種族、小人族。

 ディーン・A・バーキン。職業、鑑定師。種族、小人族。

 3人は組織において広報活動を担当している。

 商人や道具屋などの経験を通し、伝手もあることから選ばれた。


「アリシア。急に呼び戻してすまなかったな」右隣へ語りかける政宗。

「いえ、とんでもありません。お呼びいただければいつでも参ります」


 慈者の血脈 《航海士》

 アリシア・A・ハルゼント。職業、占い師。種族、狐族。

 狐族は獣人の中では珍しく、苗字を持つ種族だ。

 アリシアは尾が9つある変異種であることから、里を追放された狐族。

 さらに人間にも酷い扱われ方をし、狐族と人間を恨んでいる。

 里を抜けたあと、貴族の家にメイドとして雇われたが、領主はアリシアを体目当てでしか見ておらず、それを知ったアリシアは危機を感じ領主を殺して逃げた。

 その後、エヌマサンのスラム街に辿りつき政宗に声をかけられた。

 呪術師としての能力。里での経験を活かし、占いによる人生の航海士を任されている。

 組織の進路についても相談役として意見することがある。


「潜伏は順調か」

「今のところは問題ありません。ユリアスが対象と恋仲になりました」

「結構なことじゃないか」政宗は鼻で笑ってみせた。


 ご機嫌な政宗の表情に賑わいは増し、それぞれの手が進む。

 肉を食べ酒を飲み、野菜、魚、スープ類に手をつけ、また酒を飲んだ。


「グドゥフカ。これはなんていう肉なんだ」

「トンパールって名の豚の肉でさ!」ロメロの右隣で声がした。


 グドゥフカの言葉に、周囲の者たちがジョッキ片手に腹をかかえて笑った。


「ふ。あんなもんでも味は良かったわけだ」と政宗。

「味のある男ではなかったですがね。何しろ豚ですから。へへへ、豚に失礼ですかね」


 慈者の血脈 《料理長兼、兵器部門統括》。

 グドゥフカ・A・トリバン。職業、鍛冶師。種族、ドワーフ。

 兵器部門では武器防具の類も生産する。


 政宗が慈者の血脈を創設する前の話だ。

 政宗はエヌマサンの闇市にて小人三兄弟の力を借り、“スラム街の獣人を殲滅できる人間募集”という張り紙を出したことがあった。

 集まった人間の中に一人紛れ込んでいたのがグドゥフカだった。

 そして多額の報酬を前に殺し合いを行わせた結果、そこで生き残ったのもグドゥフカだった。

 のちに政宗の目論見と思想を受け入れ、慈者の血脈に加わった。


「グドゥフカ、品のない話は持ち出さないでください。あの者の最後の顔を想像してしまいました」


 政宗から一つ空けて左隣のラーナは、パンをちぎって食べながら愚痴をこぼした。


 慈者の血脈 《属さぬ者マキャベル統括》。

 ラーナ・A・ロズリック。職業、通訳師。種族、エルフ。

 エルフは透き通った白い肌をしているものだ。しかし褐色の肌で生まれた者は、ダークエルフと揶揄され差別される。

 ダークエルフは差別用語であり公称ではない。それもエルフ自身が初めに呼び始め広まった言葉。エルフが正式な呼称となる。

 ダークエルフは不吉だとして生贄に捧げるのがエルフの中のしきたりだ。つまり殺害される。

 ラーナは幼くして脱走し里から逃げたのだ。

 政宗とは、奴隷商人に捕まりエヌマサンの奴隷専門店で販売されていた頃に出会った。

 丁度、慈者の血脈創設祝いに“よからぬ施設を襲撃しに行こう”という話になったのだ。

 そして助け出された。その頃からラーナは政宗を好いている。


「ラーナ殿は慈悲の鏡ですな。あのような者にまで」


 ラーナの左隣で、腰の曲がった白髭の老人が茶化す。


「エルフェリーゼ卿、やめてください。ただ汚れた人間の顔を思い出したくないだけです。食事中くらいは……」

「俺も人間だぞ」と政宗。

「ずるいです……アマデウス様」ふくれっ面で落ち込むラーナ。政宗は笑っていた。

「アマデウス様。あるじたるものころころと口調を変えてはいけませぬぞ。どんな組織にも体裁は必要なのです。名は体を表すと言いますが、逆はそれ以上なのです」と老人。


 慈者の血脈 《総合演出》。

 エルフェリーゼ・A・モルロー。職業、幻魔師。種族、人間。

 グレイベルクの賢者――森の魔法使い。故アルバート・モルローの兄だ。

 ちまたでは世界のエルフェリーゼの名で知られている。

 慈者の血脈加入前は企業コンサルタントとして活動していた。

 加入後は政宗に対し、組織におけるアマデウス――最高指導者としての振る舞いなどの指導を担当している。


「……心しておこう。エルフェリーゼ卿」


 政宗の声が少し太く、低くなった。

 ローブに付与されている魔法で声質を変えたのだ。

 製作者は小人三兄弟である。


「ところでバレたという話ですが、それはウルズォーラの魔王だけですかな」

「……ああ」

「なるほど」白い顎鬚をなでた。「では、今後はさらに警戒なさった方がよろしいでしょうなあ。ところでまだ伺っておりませんでしたが、何故そのようなことになられたのですか」

「……そうだな。それも含めて、ではこの辺りで少し話をしよう。まず皆に紹介しておきたい人がいる」


 政宗の左隣の席にはカリファの姿があった。

 政宗はほとんど説明しておらず、カリファは先ほどから落ち着きのない様子でワインを口に運んではグラスを置くと、そればかりを繰り返していた。

 なぜ政宗がこのような組織を束ねているのかもまだ知らされていないのだ。


「こちらの女性は超人族のカリファさんだ」


 そこで小さな驚きの声がいくつか聞こえた。

 超人族は滅びた種族であり古代種の一つとされているからだ。


「伝説の冒険者パーティー龍の心臓。こう説明すると皆は少し勘違いするかもしれないが、現存しているあの組織とは無関係なものだ。そう考えて構わない。龍の心臓が活躍していたのは今からおよそ150年前のこと。当時ダンジョン攻略や――」


 アマデウスは龍の心臓について皆に説明した。

 ゼファー、カゲトラ、アドルフ、カリファ、シャオーンという、5人の冒険者たちがいたことを。


「先日、知っての通り私は帝国へ襲撃を行い、そして失敗した。大勢の同胞を失い、その後組織からは多くの離脱者が出た」


 円卓が沈黙していた。


「ニト、帝国って、まさかダームズケイルのことを言っているの? じゃあ帝国が滅びた理由は、あなた?……」とカリファ。


 魔的通信だ。帝国はもぬけの殻となった。


「少し違います。奴らは自らあの国を放棄しんでしょう。俺は滅ぼしてない。俺は返り討ちにあったほどですから。エルフェリーゼ卿やトム、サム、ディーンと先に会議しました。彼らは拠点を冥国に移したそうです」

「冥国って。以前に話したシグマデウスのこと?」

「おそらく、という程度に考えてください。ですがほぼ間違いないはずです。その理由についてお話ししますが。その前に。カリファさん、その後誰かが訪ねてきたとか、なにか進展はありましたか?」

「……訪ねてきた人はいないけど、オリバーのオブジェクトなら上手くいきそうよ。まだ時間はかかると思うけど」

「そうですか……奴は会いに行ってないんですね」

「奴?……誰のこと?」


 政宗はそこでワインを飲み、わざと間をあけた。

 そして本題にはいる。


「帝国にアドルフがいました」

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