第266話 決行
「マスター、大丈夫かよ」
影の収束は強奪の終了を告げていた。
政宗はヴェルに見守られながら、トアを覆っていたその赤黒い影を取り除き、自身へと戻した。
肩で呼吸するくらいには体力を消耗したようだが、顔色は悪くない。
それが強奪の成功を表していた。
「マサムネくん。トアは……」
「成功です」
その言葉にルシウスはトアへ駆け寄った。
政宗はその場に座り込み、抱きかかえられたトアの姿を見つめていた。
「ルシウスさん、先に聞いておきたいことがあります。このスキルのい攻略法はありますか?」
「……ない」
「……」
「強いて言うならさきほども話したが、受け入れることだ。自分の中にある善も悪も事実のままに受け入れる。自分自身が抱いてしまった感情なのだから仕方がないと……」
「はぁ……はぁ……まるで深淵みたいですね。つまり自分を受け入れないことが大事だってことですか」
「そういうことになる」
『マスターにとっては難儀な話だ』
「むしろ心配ない。俺はもう自分を疑ったりはしていない。自分の考えも感情も受け入れらる。深淵に呑まれることもない。だから魔王だって殺せる。ルシウスさん、トアの様子はどうですか。《支配》は今、俺が持ってますし、もうあの人格も出てこないはずです」
「いや……」
ルシウスが何かを言いかけた時、トアは目を覚ました。
「……父様」
「トア」
「私……カサンドラを……」
トアの頬に涙が伝った。
「トア、今忘れるんだ……」
ルシウスは優しくそう言った。だがトアは答えず、ルシウスに支えられながら立ち上がった。
「マサムネ、なんで……どうして止めてくれなかったの? 私は……」
トアの表情が涙で崩れていく。
政宗はそんなことを言われるとは予想していなかったのか、茫然とトアを見ていた。
「違うわ。違うの……そんなことが言いたいんじゃないの。そうよね、だってカサンドラは私が殺したんだもの。私が選んだのよね、そうよね?……でも、姉様はこんな私……」
トアはその場に両膝をつき、そして両手をつき泣き崩れた。
「イグノータスに復讐しないとダメよ……そのために私は……ダメっ!」
途端にトアの声が止んだ。
そしてゆっくりとトアは政宗を見つめる。
涙を袖で拭いながら、潤んだ瞳でトアは政宗を見た。
「マサムネ。私は……どうすればいいの? お願い、助けて……」
政宗は茫然とした表情から、次第に強い表情へと様子を変えた。
そしてゆっくりと立ち上がると、目の前のトアへ歩み寄り、そっと抱きしめた。
「ごめん、なさい。全部……私がぐちゃぐちゃにしてる……」
「……」
「ごめん、なさい……」
政宗は必死に考えていた。
トアを助けたいが感情のままに魔族を殺せば深淵に背くこととなり、それを気にしていた。
『マスター、深淵に嘘をつくんじゃねえぞ。思い立ったが吉日だ。殺す気があるなら俺を取れ』
浮遊する大杖はそう言った。
『殺す気があるのなら、俺を取るんだマスター!』
ヴェルは政宗から何かを感じ取っているのか、次第に口調を強め、政宗を咎めるかのように訴えた。
「……トア。俺がイグノータスを殺してやる。フェルゼンやビシャスとかいう奴らもだ。全部、俺に任せろ」
その言葉にトアは何も言おうとはしなかったが、ヴェルは傍らでニヤリと邪悪な笑みをうかべていた。
『じゃあマスター、魔国を滅ぼしに行こうぜ。蹂躙だ――』
「……ああ。そうしよう」
「マサムネくん、共に行こう。これは私が臆した結果だ。私には終わらせる義務がある……」
「もう、二度とトアが悲しまないように、悲しみをすべてを終わらせる」
政宗の左目は紅く光り、右目は弱々しくも紅く光った。
▽
――魔国ラグパロス。
ここはイグノータスらがくつろぐ憩いの場――王座の広間。
そこにフェルゼンとビシャスに指導される、勇者4人の姿があった。
「おいおいおい、それでも勇者かよ、お前ら。特にお前」
イグノータスは呆れた表情と共に園田を指さした。
「確かソノダだったか? 戦魔軍師なんていうレアな職業でそりゃねえだろう! 一々魔法陣なんか出してんじゃねえよ!」
「ですが魔法陣なしに魔法は……」
「それでも安定させんだよ! 勇者の恩恵があんだろうが!」
「……そう言われても」
「なんだ、ねえのか? 勇者の恩恵がありゃ魔法陣なんて必要ねえはずだ。ニトは魔法陣をほぼ使わねって話だぞ。あいつはヒーラーだがお前らと同じだ勇者だ。あいつにできてお前らにできねえ理由はねえ。この程度じゃルシウスに勝てねえ」
イグノータスは王座にもたれながら頭を抱えていた。
「兄者、こいつら使えないポロンよ。おいらの足元にも及ばない時点で分かり切っていることポロンよ」
「囮には使える。だが……そうだな。全員連れてくるべきだったか……」
「だとて無理だったでしょうな。この者らの魔力は弱い。勇者は人間の中でも秀でたそんざいだと聞いていましたが、どうやら見当違いだったようです。ルシウスは別として、ニトをおびき寄せた後は我々で対処した方が良いでしょう。と、私は思いますが」
「……まずはニトだ。奴を先に始末する」
「あの……」
そこで園田が口を挟む。
「ニトは日高くんだと、そう言ってましたよね?」
「それがどうした」
「その、本当なんですか? ちょっと、俺たちにはまだ信じられない話でして……」
イグノータスはその言葉に勇者4人の顔を窺った。
木田は剣を握りしめたまま俯き、何を考えているのか分からない。
真島と木原は魔族を怖がっているようでそれどころではない。
まだ話せる程度に気を保てているのは園田だけだった。
「自分の目で確かめろ。こっちか行こうが行くまいが、どうせ奴はいずれここに来る」
「……」
「こんなことは言いたくねえし認めたくもねえが、俺たち3人は何年も前からルシウスの気まぐれで生き延びてる。ただそれだけだ。あいつが臆病者でもなければ、とっくの昔に俺たちは死んで、ラグパロスも滅びてる」
園田は耳を傾け理解しようとしていた。それは自分の身を守るためでもあった。
なんとか取り入ろうと考えたのだ。
だがその説明では魔国の状況について少しも理解できなかった。
「奴は、自分の娘の病気を治しに、いずれここに来る。俺の存在が邪魔だからだ」
「邪魔、とは……どういう意味ですか?」
イグノータスは園田の目を真っ直ぐに見た。
そしてその視線をフェルゼンへ移す。
「ここへ入ってきた時、あなた方はなぜ衛兵が一人もいないのか、そこに疑問を抱かなかったのですかな」
フェルゼンが尋ねた。
だが突然に連れてこられた園田や他の3人に、そんなことを考えている余裕はなく、城内の様子など見てすらいなかった。
「ルシウスが全部殺したんだよ」
イグノータスがそう言った。
「一度だけ、奴は俺たちとこの国を滅ぼしにやってきた。だが俺たち3人を前に、最後、奴は結局怖気づき、その腕を止めた。あいつは人間に興味がないんじゃない。魔族のことしか考えていない、それだけのことだ。魔族には俺たちを含め人種が3つある。この間お前たち人間を襲ったシャステイン、そしてルシウスが統べるウルズォーラだ。魔族は繁殖力が弱く数が少ない。三国合わせてもお前ら人間の一割に満たない数だろうよ」
「ですが、人間はあなたたち魔族を恐れています。脅威だと……」
「それは俺のせいだろう。俺がリックマン一族を滅ぼしたからだ」
「リックマン一族?」
「かつて人間族の中で最強と呼ばれた一族だ。ハイルクウェートとフィシャナティカの血を受け継ぎ、奇妙な魔法を使った。だが俺が滅ぼした。おそらくそれが原因だろう。それ以前は人間も魔族を恐れなかったしな」
「……なぜそんなことを」
「お前らを連れてきた理由と同じだ。俺たちは連中にルシウスを殺してほしかったんだ。だが奴らにはつまらねえ教えがあり。俺を頼みを無碍にしやがった。必要がなくなったから殺した、ただそれだけのことだ」
「そんな簡単に……じゃあ、俺たちも殺すんですか」
「お前らをか? いいや、殺さねえ。お前らが死ぬとすりゃ、殺すのは俺らじゃなくニトだろ?」
「ニト……」
「言ってる意味は分かるだろ。人間ってのは単純な生き物だからなあ……ちょっと観察してりゃあ分かんだよ。特に奴の場合は分かりやすかった。あれは正常な人間の目じゃねえ。そしてお前らに会って確信した。だが実際のところは分かっちゃいねえ。だが確信を持つ意味はねえ、それほどに薄っぺらい話だ、復讐ってのはなあ」
その時、突如広間の大扉や壁、地面や天井を覆い隠すほどの大きな赤黒いオーラが、イグノータスの視界に現れた。
イグノータスは音もなく現れたそのオーラに驚愕するも、王座を立とうとはせず、次第にその表情も笑みへと変った。
「来やがったか……」
イグノータスはどこか残念そうにそう呟いた。
「この魔力……ルシウスですな」
「兄者、とうとうこの日が来たポロンよ」
「ああ、分かってる。だがもう一人いるな……」
赤黒いオーラが広間から消えた。
そして現れたのは消えた大扉とまるで削り取られたような地面と壁と天井だった。
その向こうに、赤黒いローブと鬼の形相を描いた仮面で顔を隠す者姿が立っていた。
「ニト……」
そこにはルシウスと政宗の姿があった。
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