第254話 片手間の考察

「相変わらず白一色か。いつ見ても趣味の悪いデザインだ」


 フィシャナティカの正門を見上げ、外装に文句をつける魔王イグノータス。


「ベアトリス・フィシャナティカなんて偉そうな名前だポロ~ン。こんな個性も何もない白一色の建物を作っておきながら、大魔導師だなんてよく言えたポロ~ン」


「まったくだ」


 ビシャスの批評に同意するイグノータス。


「ふむふむ、ですが魔導師とは人間の生み出した基準に過ぎず、それは我々魔族の概念ではありません。早い話が魔法とは発想です。魔力をいかに優雅に扱うかという発想……そのベアトリスなる者には、おそらく想像力が足りていなかったのでしょうな!」


 フェルゼンも同意見だった。

 珍しく意見の合ったビシャスとフェルゼンは、互いに目を見つめ合いながらニヤついていた。


 三人は魔国ラグパロスを離れ、ここフィシャナティカへと降り立った。


「所詮人間なんてのはこんなもんだ」


「でも確か、これとついを成すハイルクウェートも相当悪趣味だと記憶しているポロン?」


「ふむふむ、私の記憶が正しければ目がチカチカする色合いだったような……」


「どうでもいい。行くぞ!」


 いつまでも無駄話を続けている二人に、喝を入れるイグノータス。


「兄者! 待ってポロ~ン! 可愛い子探すポロ~ン!」


 すると直ぐに切り替え、スキップしながら兄を追いかけるビシャス。足取りは激しく遅い。

 だがこの走り方はビシャスにとって、ごく自然なものだ。


「人間などという下等な種族に“可愛い”などという概念はない!」


 その後ろを、まるでビシャスのペースに合わせるかのようについて歩くフェルゼン。


「じゃあ萌えポロ~ン」


「ない!」


 そんな二人の他愛のない会話を聞きながら、一瞬振り返ったイグノータスの足取りも少し遅くなる。


 三人は、正門をくぐった。







 誰にも気づかれることなく校舎へ侵入した三人は、この澄み切った青空の下、散歩でもしているかのように、軽やかな足取りで内装を拝見していた。

 一向にバレる気配がないのは、三人が魔力をコントロールし気配を消しているからだ。

 今、周囲の者たちは三人の魔力を感知できない。


 すると正面に、こちらへ歩いてくる一人の女子生徒の姿が見えた。


「任せる」


 女子生徒を確認するなりそう呟くイグノータス。するとフェルゼンが前へ出る。


「そこのクソ人間!……ではなかった。そこの娘、少し良いですかな!」


「は、はい。なんでしょうか?」


 言い直したとはいえ、”娘“などという呼び方は初対面の者に対し失礼であり非常識だ。女子生徒はおそらく後ろの2人も含め、フェルゼンを不審がっているに違いない。

 だがその表情には戸惑いのみしかなく、彼らを嫌がっているような様子はない。


 今、三人の額には捻じれた二本の角はない。つまり、見た目は人間と大して違わないのだ。

 肌の色は健康的ではないにしても、人間の中にもそういう者はいる。


「私たちは本日よりこちらの学校へ着任いたしました教師であるのですが、実はこちらにグレイベルクの勇者と呼ばれる生徒たちが在籍していると聞きました。そこで教えていただきたいのですが、彼らにはどこへ行けばお会いできるでしょうか?」


「そ、その、確かあの人たちはいつも演習場にいたような気が……」


 あまり詳しくは知らないのだろう。

 女子生徒の説明は言葉足らずであり、また何故だが彼女は緊張しているようにも思えた。

 おそらく対人に慣れていないのだろう。会話もつたないものだった。


「なるほど、演習場ですか。それは良いことを教えていただきました。ありがとうございます。では――」


 軽く会釈をし、生徒の横を通り過ぎるフェルゼンを筆頭に後ろをついて歩く二人。

 すると生徒より数歩離れた地点でビシャスが立ち止り、そして振り返った。


「……なんかおかしいポロンねぇ?」


 ビシャスが振り返ると、そこには彼らを見つめたまま足を止める女子生徒の姿があった。


「お前、さっきから様子がおかしいポロ~ン」


 女子生徒の瞳に揺らいでいるのは戸惑いと疑念と恐怖だ。

 そしてこちらへ振り返ったビシャスと目が合うことで、それらの感情は慌ただしくなっていく。

 そんな何も分からない彼女にニヤリと笑みを浮かべつつ、左手を前に出し生徒に合わせるビシャス。


「ん? どうしたビシャス?」


 足を止めたビシャスが気になり、振り返ったイグノータス。その隣では同じように疑問を浮かべたフェルゼンの姿がある。


「勘の鋭い女は嫌いだポロン」


「あ? 来て早々、めんどくせえな~ 勝手にしやがれ」


 イグノータスはそう言うとビシャスを置き去りにまた歩き出す。


「任せましたぞ次兄あにうえ!」


 フェルゼンも同じくまた校舎の奥へと歩みを進めた。


「お前、ミーのペットになるかそれともここで死ぬか、どっちかいいポロン?」


「え?」


 突然の問いに聞き取りづらかったのか、言葉を詰まら戸惑いの表情を浮かべる女子生徒。


「ペットか死ぬか、どっちがいいか聞いてるポロン!」


「え? ぺ、ペット?」


「ズキューン!」


 その直後、女子生徒の戸惑う口から零れた疑問にも答えず、ビシャスは意味不明にそう叫んだ。

 そして事前に構えられていた左手の人差し指より放たれた光線は、生徒の肉体を捉え、そして着弾する。


「え?」


「お前、失礼だポロン」


 そんな生徒の疑問符が聞こえた瞬間、彼女の体が内側から膨れ上がり、すると木っ端微塵こっぱみじんに破裂した。


「一瞬ミーを拒絶したポロン。だからミーもお前の存在を拒絶したポロン。お相子ポロ~ン」


 辺りには肉片と血が飛び散り、それらが柱や壁や天井に叩きつけられるように当たり、こびりついている。

 ビシャスはその光景を前にしても、それまでと何ら変わらない様子でいた。


「ギャハハハハハハハ! 穏便に行動しろって言っただろうが!」


 合流したビシャスを爆笑の表情で迎えるイグノータス。


「でも兄者は“任せる”って言ったポロン? これはミーのせいではないポロンよ?」


「ぜってーバレるぞ? ありゃ馬鹿でも気づく」


「想定の範囲内ですな!」


 イグノータスはゲラゲラと笑いながら、ビシャスはニヤつきながら、そしてフェルゼンは愉快そうに軽い足取りで歩いていく。

 三人は人間の学校を、彼らなりに楽しんでいた。







「ねえ園田? あんたって運動苦手だったわよね? だって、思い出したけどあなたって図書室の住人、、だったでしょ?」


 ――フィシャナティカ第三演習場。

 園田は本を読みながら、フィールドで模擬戦をしている飯田と佐藤の試合を眺めていた。

 飯田は大きなランスを構え、佐藤は両手に二本、長くはない身の丈に合った剣を持ち、慣れた手つきで構えている。

 相変わらず園田は彼らの先生だった。


 そんな園田に話しかけているのはひいらぎだ。園田はかったるいその態度を誤魔化すように、本から目を離さない。


「図書室の住人か……そういえば君たちはそうやって、いつも僕たちのことを見下してたんだったね? はぁ……そんなことより、そういう心ない言動が日高を傷つけたんだと、君は分かってるのか?」


「別に、そんなつもりで言った訳じゃ……」


「ふっ……次に彼とまた出会うことがあったなら、その時はそう言うといいよ? きっと許してくれるはずだよ。彼が君にとって都合のいい善人ならね?」


 園田は柊を完全に見下し、皮肉交じりに笑みを浮かべながら本を眺めていた。

 柊は性格の悪い園田の口調にため息をつくも、今はそれでも頼るしかないと、反論を呑み込んだ。


「ねえ! 今のって……」


 だがその時、急に柊の表情が曇る。

 それとほぼ同時に園田も何かに気づくように、活字を追っていたその目を止めた。


「魔力が消えた……侵入者か?」


 だが辺りには何の音も響いてはいない。

 演習場は比較的静かだった。


「これって……」


 見るとフィールド内の二人も模擬戦を止め、こちらに視線を向けている。

 園田に指示を求めているのだ。


「試合は終わりだ! 様子がおかしい……」


 だがその時……園田が号令を出したその時だ。

 魔王一行の姿が、演習場の入り口に見えた。


「ビシャス、あれがそうじゃねえのか?」


「ん~……写真は載ってなかったポロン。だから分からないポロン」


「いや、あれで間違いないねえ」


「根拠はありますかな!」


「勘だ」


「なるほど! 十分ですな!」


 紳士気取りなビシャスの高い声が、演習場に軽く響く。

 そして一行は階段を下り、演習場を独占している勇者たちの方へと近づいた。


「頼も~!」


 イグノータスはふざけた口調と笑みを浮かべそう、道場破りだと言わんばかりにそう言った。

 だが勇者たちにその冗談は通じていないようだ。


「けっ! つまんね~な~ 人間ってのは?」


「それが人間です!」


「可愛い子ゼロポロ~ン……」


 イグノータスは程よい距離をとり、階段の途中で立ち止まる。

 そして付近の観客席に散らばり座る、彼らへ視線を向けながら、辺りを見渡した。


「お前らがグレイベルクの勇者か?」


「……そうですけど、あなた方は誰ですか? この学校の関係者じゃありませんよね?」


 おそらくグレイベルクの勇者と呼ばれなれているのだろう。

 対応したのは園田だった。


「てめえがリーダーか?」


 イグノータスはその一瞬で、目の前の学生がこの集団のリーダーだと気づく。


「……一応」


「ああ、そうだ。俺たちはこの学校の関係者じゃね。そんなもん見りゃ分かんだろ?」


 そう言ったイグノータスの額から、突然、あの捻じれた二本の牛の角が生え始める。

 魔王に続くように、後ろのビシャスとフェルゼンの額からも同様の角が伸び始めた。


「俺たちは魔族だ。そう言やぁ分かるか?」


 その言葉に、演習場内に息一つまともにできないような、張り詰めた空気が流れた。

 園田は目を見開き、そしてイグノータスを緊張した眼差しで見つめる。目をそらすことができないのだ。イグノータスがそうさせない。


「ま、そんなに気を張るなよ? 面倒くせえことをしなけりゃ、用事だけ済ませてすぐに帰る。死人がでねえうちに話しを始めようや?」


 気を休められる訳もなく、生徒たちは緊張を続けた。


 そこでイグノータスは通路脇の席に腰を下ろす。

 ニヤリと落ち着いた雰囲気の笑みを浮かべながら、もう一度勇者たちを見渡した。


「12人ねぇ……行方不明者が5人に、殺された奴が一人。それもニトに殺されたって訳か」


 話を始めようとしないイグノータス。

 彼は生徒たちの表情と数を観察しながら、そして道中ビシャスに聞いた情報と照らしあわせながら考察し、結果、まるで悟ったような笑みを浮かべていた。

 だがその笑みはすぐに消え、その後、彼は何かを考えているようであった。


 するとおもむろに勢いをつけ椅子から立ち上がり、イグノータスはにっこりとほほ笑む。


「一人……いや五人くらい連れて帰るか?」


 その言葉に、生徒たちの間に流れていた緊張がさらに高まった。


 相変わらずギャルを貫き奇抜な身なりをした真島と木原は、これまた相変わらずといった関係だ。二人して一緒に固まりながら怯えている。

 平凡な魔導書を片手に構える神井。彼女の影に隠れる御手洗。

 ランスを握りしめなおした飯田と双剣を構えた佐藤は、イグノータスに視線を固定していた。

 手元に弓がなく、無防備な状態な柊の近くには、怯えた表情で彼女を見つめる加藤の姿がある。


 長宗我部ちょうそかべ晴彦はるひこは、その弱々しい性格に似合わず、イグノータスが笑みを向けたと同時に、恋人のジェシカを背中で守るように前へ出ていた。

 だがその行動に反し体は震えており、表情も怯えていた。

 腰にたずさえたさやに手をつけるが、恐怖から刀を抜くことができない。


 そして木田は一人、皆と同じ演習場内にいるが、皆とは少しばかり離れた席の前に茫然と立ち尽くしていた。

 一人だけこの緊迫した空気の中にいないように、怯えている訳でもなく、腰の剣に意識など微塵も向けず、構えようともしていない。

 多少の警戒心はあるだろう。

 だが特に園田などと比べると、どこか人任せであるような、そんな印象を受ける。


 佐伯がグレイベルクへと旅立って以降、木田はどこか腑抜けていた。

 佐伯からの餞別せんべつである国宝ヒストリー級の魔道具――《守護のローブ》は、使用者に認識阻害の効果を与えるが、もはや宝の持ち腐れであり、そんな物を使わずとも最近の木田の気配にはほとんど誰も気づかない。


「どういう意味ですか?」


 張り詰めた空気の中、そう切り出したのは園田だった。

 ここにいる全員が今、先ほどイグノータスの言った“連れて帰る”という言葉を聞き、自分たちが誘拐の危機に直面していることを自覚していた。

 率先して語り掛けた園田を見て、内心ほっとしている彼らの様子からは、相変わらず園田に頼り切りな勇者たちの内情が見えた。

 だが一人、病んでいる様子でもないが木田は無表情だった。


「“連れて帰る”とは、一体どういう意味ですか? それに、ここは人間の学校です。魔族とは関係がないはずだ。あなた方は一体?…………まさか、この間の魔族たちの仲間ですか?」


「なんかペチャクチャうるさいポロン?」


 ビシャスはかったるそうに園田を見つめた。


「ですが当然の反応でしょうな! いきなり現れ、連れ帰ると言われたところで、その意味を明確に理解する者などいませんでしょう?」


 一言ずつ感想を述べる弟二人を背に、イグノータスは園田を見つめ、するとそこに短い沈黙が流れた。

 いつものことだが、その間はイグノータスにとって考えるための時間であったらしい。


「ヒダカマサムネに関係した人間を探している」


「……え?」


 生徒たちの間に動揺が走った。


「聞こえただろ? 二度も言わせるな」


「”関係した“って具体的にはどういうことポロン?」


 不意にビシャスが尋ねた。


「あ? そりゃぁ、あれだぁ……じゃあもう少し分かりやすく言ってやるよ?」


 ふざけたようなビシャスの問いに促されるように、イグノータスは質問を言い直す。


「ヒダカマサムネの友人は前に出ろ! お前ら、あのガキと一緒にこの世界に来たんだろ? だったらお前らの中に親しかった者がいるはずだ」


 だが生徒たちはその質問よりも、政宗が何故魔族と関係しているのかということの方が気がかりだった。

 一応、質問に応えるつもりがあるのか、互いに隣同士で顔を見つめ合い、“友人”というその言葉の意味に該当するかどうかを迷う彼ら。

 だが一人として前へ出る者はいなかった。


「おいそこのガキ! お前がリーダーだろ? 名乗れよ?」


「そ、園田です」


「ソノダか。ふっ、まったく。どいつもこいつも戯国人みてぇな名前をしやがって……まあいい。そんじゃソノダ、埒が明かねえからお前に聞く。お前は奴の友人か?」


「……“奴”というのは、日高くんのことですよね?」


「お前は馬鹿か? 俺が今なんの話をしてるのか一々クソ丁寧に説明しねえと分からねえのか?」


 イラついたように、軽く殺気を込めた目つきを向けるイグノータス。


「俺は……」


 だが園田は考えていたのだ。その問に対し、どう答えることが適当なのかどうかということを。


 安易に友人とは言い切れない関係だと園田は考えている。

 園田は図書室の住人に過ぎず、政宗は偶々彼と会話をすることがあっただけなのだ。

 だがその問題とは別に、ここで友人と答えてしまったら、その後、一体どうなるのかという恐怖もあった。


「……友人とは、違います」


 それが園田の答えだった。


「そうかよ。じゃあその隣のお前に聞く、お前は奴の友人か?」


「ち、違います……」


 柊の答えにイグノータスは軽く舌打ちする。


「じゃあお前はどうだ?」


「はっ……話したこともありません」


 恐怖から言葉を詰まらせ、何とかそう答えたのは柊の親友――加藤だ。


「はあ? 話したこともねえだと? じゃあそこのお前と、それからお前! どうだ!」


 徐々にイグノータスの声が荒くなる一方、だが飯田と佐藤の返答は曖昧なものだった。

 ――「友人と呼べるほど、仲がいい訳でもなかったし……」


 長宗我部とジェシカも同じだった。

 ジェシカの分まで「友達……ではないです。たまにすれ違う程度で……」と答える長宗我部。


 すると一人を残し、全員の答えを聞き終えたところでイグノータスは深いため息をついた。

 だがそれは呆れたような、あるいは怒りのようなものではない。

 見ると後ろのビシャスとフェルゼンは腕で顔を隠しながら笑いをこらえていた。


「ギャハハハハハハハハハハハハ!」


 突然、腹を抱えながら涙目で笑いだすイグノータス。


「なんだそりゃ? ギャハッハッハッハッハッハッ!」


「あいつ友達の一人もいないポロ~ン? ブヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」


「これだけの仲間がいて一人も友と呼ぶ者がいないとは!……敵ながら同情します。実に寂しい少年ですな! フッハッハッハッハッ!」


 それぞれ、笑うことを止められないといった様子で腹を抱え続ける魔族三兄弟。

 生徒たちはそのさまをただ見せつけられていた。


 ただ魔族三兄弟の腹筋がここまで崩壊しているというのも、少々おかしな話だ。

 だがそれは彼ら三人がそもそもある先入観を持ち彼らの話を聞いていたことに理由がある。

 もはやグレイベルクの勇者たちに関する情報は世界に筒抜けだ。

 三人は政宗がただ一人、魔国いる事実について、何か笑えるような理由があるはずだという意地の悪い先入観を抱いていたのだ。


「ギャハッハッハッハッ! はぁ~……まったくだ。どんな生き方をすりゃぁ、そんな人生を歩めんだ? 一方で英雄だと? なんだお前ら? まさか俺を馬鹿にしてんのか?」


 生徒たちは都合の良い嘘をついていると、そう勘違いしたイグノータスの鋭い眼光が生徒たちを捉えた。

 だが園田にしろ柊しろ、生徒たちは嘘をついている訳ではない。

 またそれは恐怖ゆえに、口から出まかせに発せられたものでもなかった。

 そしてイグノータスは癖で睨みはしたが、内心、彼らが嘘をついたとも思っていない。


「おいビシャス? なんか情報が間違ってねえか? お前の話によりゃあ、こいつらは異界にいたころも今と同じ学生で、奴と同じ釜の飯を食ってたんだろ?」


「同じ釜の飯を食べていたかどうかは分からないポロ~ン? でも同じ学生であったことは間違いないはずだポロ~ン。こいつらの誰かが魔的通信のインタビューでそう答えていたポロ~ン」


 改めてビシャスの説明をうけたイグノータスは、そこでもう一度生徒たちへ振り返る。


「それで? 弟はこう言ってんだが、こりゃどういうことだ?……いや、待てよ?」


 するとイグノータスはそこで何かに気づいたように、いつもの沈黙の後その口を開いた。


「ビシャス? 確か奴は召喚された直後に転移で追放されたって話じゃなかったか? 奴の職業がヒーラーだったことで、それじゃあ俺たち魔族は殺れねえと判断したグレイベルクの王女が追放したとか、確かそんなことを言ってたよなあ?」


「そういえば、そうだったポロ~ン?」


「なるほど」


 すると何かを理解したようにフェルゼンが頷き、前に出る。


「つまり、あなた方は嘘をついている訳でなく、事実として彼の友ではないと……同じ境遇の者同士であれ、彼は友ではないと、つまり、そういうことですかな?」


 だからニトは追放されてしまったのだと、フェルゼンはそう解釈した。


「もしくはこいつらとの間に何かがあったか。だとすれば奴がお前らと別行動なのも頷ける。まあ何でトアトリカの隣にいんのかは知らねえが、転移先で偶々出くわしたとか、そんな感じだろ? あれも丁度、盛りのついた年ごろだしな? それに少なくともルシウスが傍に置くことを認めるほどには強ぇんだ。気があってもおかしかねえ。だろ?」


 イグノータスの考察に一片の疑いもなく頷くビシャスとフェルゼン。

 イグノータスは生徒たちを通し、徐々に《日高政宗》を理解し始めていた。


「だが俺たちには関係のねえ話だ。てめぇらのしょんべん臭ぇ事情なんて知ったこっちゃねぇ。歪な関係であれ利用価値はあるはずだ……ん? なんだお前?」


 その時、一人の生徒が客席の間をぬい、イグノータスの前に現れた。


「……認識阻害か。それで? お前は?」


 イグノータスはその者が身に着けているローブを確認するなり、それが認識阻害の効果が付与された魔道具であると気づいた。


「木田です」


 一人、魔王とも知らずに魔族と向かい合う木田。


「だからどうした?」


「え?」


「お前が“キダ”だからどうしたって言ってんだ! 質問タイムはとっくの昔に終わってんだよ? こっちも暇じゃねえんだ。生かしてやってるうちに、さっさと用件を言いやがれ?」


「その、俺は……日高の……」


「はあ? 聞こえねえなあ?」


 必要以上に煽るイグノータス。


「俺は!――」


 その時、緊張の反動で発せられたような木田の声が、演習場内に響きわたった。


「――日高っちの、友人です」


 その返答に、イグノータスはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


「友人ねぇ……ホントかあ?」


「ほ、ホントです。嘘は、言いません」


「じゃあ何で黙ってた? 何でそんなもんで気配を消してた?」


 その問にどう答えていいのか分からず、黙ったままの木田のもとにイグノータスが歩み寄った。

 そして顔を覗き込む。


「俺はなぁ? 嘘をつかれるのが大嫌いなんだよ?」


 木田は畏縮した。

 だが木田の言葉は嘘ではない。


 木田がこのローブで存在を消していたこと自体に、大した意味はない。

 これは佐伯からの贈り物であり、木田にとっては佐伯と繋がっていられる友情の証だ。

 だから肌身離さず身に着けているに過ぎない。

 イグノータスの深読みは外れていた。


「人間はすぐに嘘をつくだろ? お前ら人間は嘘みてえに醜い生き物だ。まるで嘘であると自覚がねえように嘘をつく。本当はお前ら人間なんて存在していることの方がおかしいんだぜ? なあ? 分かるか? 俺はなぁ、なんで未だにこの大陸の大半をお前ら人間が支配してんのかが分からねえ。ルシウスがいなけりゃ俺がとっくの昔に滅ぼしてるところだ。まったく、何で俺だけがそこに疑問を持ってんのかも分からねえ。普通気づくはずだ。俺以外の奴が気づいてもおかしくねえはずだ。なのに誰もお前らを滅ぼそうとはしねえ」


 至近距離でまじまじと見つめ、遅れてきた木田を脅すイグノータス。

 だがその時、場違いにも木田が口を開いた。


「英雄ってどういうことですか?」


「……はあ?」


 それは木田にとって純粋な疑問だった。

 そしてそれはここにいる生徒の誰もが聞き流していたことであり、普段なら、喩えば園田あたりなら間違いなく気づいたはずのことだ。


「なんか言ったか? キダ~?」


 吐く息を吹きかけるように挑発するイグノータス。だが木田は何故かまったく動じてい様子だ。

 目の前の魔族に対し、やはり無表情な面を向け続けている。


「さっき、あなたは日高っちのことを“英雄”だと、そう言いましたよね?」


 抑揚のない声だ。


「はあ? 英雄だあ? 一体なんの話をしてる?」


「そう言ったじゃないですか? まるで、日高っちが英雄であるみたいに、“一方で英雄”だ、と……そう言った」


 まるで地面に語りかけているかのように俯き、淡々と質問する木田。

 そんな木田を鋭い眼光で見下ろすイグノータス。


 だが木田の問の本質に気づいたものがいた――園田だ。


 園田は力強く目を見開くも、動揺したように視点は揺らいでいる。

 気づいてはいるが、まだ自分の考えに確信を持てていないのだ。

 だが木田の真意だけは分かっていた。

 そしてその問が飛びだしてから数秒後、徐々にイグノータスの表情が怒りから穏やかなものへと変っていく。

 すると最終的にはまた元の狡猾な、ニヤニヤとした満面の笑みに戻っていた。


「おい、ちょっと待てよ? どういうことだ?」


 ――イグノータスはその食い違いに気づいた。


「どういうことって……だから、その……」


 木田は小さな暗い声で、どうすれば上手く伝わるのか考えていたが、すでにイグノータスは分かっている。


「いやいやいや、言いてえことは分かってんだよ。そうじゃねえ。そうじゃねえがお前ら、まさか俺が英雄と言ったその意味を分かってねえのか?」


 その言葉に、「ポロン!」と、後ろでビシャスが両手で口を押え、可愛い子ぶったように驚いている。

 一方フェルゼンも「なんと!」と目を見開き驚愕していた。

 二人ともそれが何を意味するのか、同時に気づいたのだ。


 イグノータスの問いに誰も答えることなく、ただ沈黙だけが過ぎた。

 そしてイグノータスは悟った。

 その沈黙はまたも魔王に考えるだけの時間を与えたのだ。


 そして考察を終えたイグノータスの表情には、それまで以上に悍ましく、そして不吉な満面の笑みが広がっていた。


「お前ら……あのクソガキがニトだって、まさか知らなかったのか?」


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