第211話 嘘と疑念

 「園田くん? その……試合って、実は俺、したことないんだけど? どうやるの?」


この口調にも飽きた様子の政宗。だが今は我慢するしかないと割り切っている。


(こいつが俺の何に気づき、何を疑っていようと、そんなことは関係ない。そして間抜けなこの口調だが……耐えることが必要だ、目的を遂行するためには)


「惚けるなよ? 実戦経験があるんだろ? ただフィールドに入っただけだっていうのに、間合いの取り方に慣れを感じる。明らかに素人じゃない」


(半端に知識がある奴ってのは面倒だ。どこで覚えたのか、こいつの隙のない分析は腹が立つな。前からそうだった。こいつは分かったように、相手を見透かす)


他の勇者は客席に移動し、仕方なさそうに政宗と園田を窺っていた。


(移動する時、柊や飯田が謝ってきたが、つまりそういうことだろう)


「今は、園田くんがリーダーみたいだね?」


「仕方なくやっているだけさ」


(ふ……お前こそ惚けるな? お前は言わば、自己顕示欲の塊じゃないか? いや、承認欲求か? あの頃からお前は本で得た知識をひけらかすのが好きな奴だった。だから薄っぺらい御託を並べてまで俺に絡んできたんだ。だがやはり見えていない。お前の世界は一冊の本により完成されている。求めていないのだろう、このすばらしい世界に、何も)


「その、説明してくれないか? せめて……」


「……どちらか一方が気絶するまでだ。それだけ言えば分かるだろう?」


飽くまで考えは変えない園田。


「じゃあ……せめて、お手柔らかにお願いするよ」


(わざと負けるか? ヒーラーである以上、魔法は使えない。ならスキルで対抗するしかない。【神速】を使えば一瞬で片は付くだろう。だがそうなると良い訳できなくなる。園田のレベルは……18か、対して俺は8。これで勝てる方がおかしい。俺が獣人か魔族でもなければあり得ない話だ)


「何を考えてる?」


すると政宗に疑いの目を向ける園田。


「何って?」


(一々鬱陶しい奴だ)


「手は抜くなよ? 分かるからな?」


「抜くもなにも、俺はヒーラーで魔法なんか使えないんだ。それに俺のレベルは8。これで勝てる方がおかしいだろ? そもそも試合にならないと思うけど?」


「京極はステータスを誤魔化せた。お前にもその可能性がある」


(なんだこいつ? 京極と通じてたのか? あの京極と?)


「そういえば、魔的通信で見たよ。死んだんだってね?」


「殺されたんだ……まあそれはいい、そんなことよりもお前の話だ。お前の目つきからして、レベル8はまずあり得ない。言葉が過ぎたな、日高?」


「は?」


すると政宗は、園田のその言葉に、一瞬にやけかけてしまう。


「一番レベルの低い山中と長宗我部でレベル8だ。あいつらは戦闘が苦手だから試合も殆どやってない。それでも試行錯誤の末、この一週間でそこまでは成長した。日高、お前は明らかに間合いがおかしい、素人目にも分かるくらいだ。剣術でも学んでいないと、その隙のない構えはあり得ない。だから、そのレベルはあり得ないんだよ。あり得ないにも関わらずレベル8……魔力量からして嘘をついている訳ではなさそうだ。ということは、偽装しかあり得ない」


「偽装なんてものは知らない。ヒーラーの俺がそんなもの、知るはずないだろ? 俺のレベルは8だ。それは嘘じゃない」


「日高、分かってないようだな? お前は今、墓穴ぼけつを掘ってるんだぞ?」


「……は?」


(うざいなぁ、何が墓穴だ。お前が勝手に言ってるだけだろ)


「……黙っていてやるよ? いいから試合をしろ。お前が何のために戻ってきたのかは知らないが、去るというのなら利用させてもらう。とりあえず外のレベルを知りたい。今の俺がどの程度通用するのか、それが知りたいんだ」


――“黙っていてやる”……そこに園田の心意があった。


「黙っ……は? どういう意味だ?」


政宗はあえて疑問符を浮かべているが、次第に気づきはじめていた。


「日高? 今、お前が言ったことはお前の首を絞めただけだ。あいつらは気づいていないようだが、ここに京極か一条がいたなら、お前の面を見た瞬間に気づいたはずだ。お前が異常だってことにはな?」


「だから、それは園田くんの勘違いだって」


政宗は以前のひ弱な自分を演じている。だから決して強きな発言はしない。


「その気色の悪い演技もやめろ、あいつら相手なら勝手にすればいいが、俺の前では止めろ、不愉快だ」


だが園田はその演技に気づいている。その多重的な問題が、政宗を黒だと言っていた。


「演技?……普通に話してるだけなんだけどなぁ……」


(こいつがここまでお喋りになってるとは思わなかった)


「日高、もう一度だけ言うぞ? 僕は黙っててやる。お前を怒らせるようなことをしたくないからな」


つまり、園田はバラすようなことはしないと、そう言っているのだ。


「……え?」


(こいつ……)


「――最弱であるヒーラーが、そう簡単に英雄になんてなれる訳ないだろ?」


「…………」


「考えてみろ? 疑われて当然だとは思わないのか? タイミングも良過ぎる。あれから一週間しか経ってないんだぞ? あいつの記事を魔的通信で見た時から、常に頭の片隅にはあった。そして今日、お前は現れた……」


だが園田は確信している訳ではない。カマをかけているのだ。もちろん嘘をついている訳ではないし、疑っていることも事実だが、ヒーラーは最弱であり、それが英雄になどなれる訳がない。なれるとすれば、それは召喚された勇者のように、『恩恵』を授かった者だけであると、園田は考えている。


「ふっ……」


いざバレそうになると、笑いがこみ上げてくる政宗は、ギリギリで堪えた。


(バレる時っていうのは、こうもあっさりしているものなのか?)


「黙っててやるよ。自分のためにな?」


(情けなくなってくる。これだけ旅をしてきて、色んなことに触れて成長したはずなのに、頭の方はまるで成長してない。単純なことでつまずく。思いつきで行動したのが運の尽きか? だが……)


「ちょっとごめん? やっぱり言ってる意味が分からない」


(これはこいつの憶測だ。こいつは結局のところ、“図書室の住人”であり、その域を出ない。考えはその範囲から飛躍しない。その証拠に、こいつは先程から仮設しか述べていない。そして無理にこいつの感想に付き合う必要はない)


「……惚けるならそれでもいい。とりあえず――」


その時、政宗の足元に魔法陣が現れた。早い詠唱だ。他の勇者よりも魔法慣れしていることが分かる。


「仕方ないから試合はするよ、まあ意味はないだろうけどね? 俺は弱いから……」


(最悪こいつら全員に、俺がニトであるということがバレようと、もうどうでもいい。敢えて明かすつもりもないが、バレたところでどうなる訳でもない。魔法は使えないが……軽く相手をしてやるか? 問い詰められたら“外ではこれが普通だ”とでも言っておけばいいだろう。そうなると俺の元々の予定が失敗に終わるが、こいつら偽善者の中には、“ヒーラーの俺でも生きられた”という事実だけは残る。結局こいつらは安心したいだけだ。他の勇者に取り残されたことで、こいつらの精神は不安定な状態にある。だから常に安心できる情報を求めている)


「戦略級魔法陣【伸縮化反発式飛躍バウンド・スプリング】!」


その時、園田が魔法を行使した。


「なっ!」


(なんだこれ? 地面が……)


政宗は焦る表情を演出するも、内心、園田の問いに辟易していた。


「日高! 俺は手加減しないぞ? 俺にそんな余裕はない」


地面が伸縮し足を取られた政宗は、そのまま上空へと“トランポリン”で弾むように打ち上げられた。


「うわぁああああああ!」と、適当に驚いてみせる政宗。


(変わった魔法だ。地面を変形させているのか? 地属性魔法に似てるな)


すると園田がさらに魔法を詠唱する。


「戦術級魔法陣【火龍砲ドラゴニック・フレア】!」


すると政宗が跳ねる“トランポリン”を囲うように、右回りで順に展開されていく魔法陣。周囲を12個の魔法陣が囲んだ。赤い魔法陣だ。

そして次の瞬間、12ヵ所から同時に羽と爪のない蛇にも似た龍のような炎が噴き上げた。


「降参! 降参だ! 降参!」


(こいつ馬鹿か? 模擬試合になんて魔法を使うんだよ。だが恩恵ってのは本来、こういうモノなんだろうな? 一条よりも魔力の密度は劣るが、京極なみだ)


「手加減はしないと言っただろ?」


「こんな魔法を使える奴なんて、外の世界でもそういないよ! 頼むから止めてくれ!」


だが園田はニヤけるばかりで、まったく止めようとしない。するとその時、フィールド内に勇者たちが入ってきた。


「園田! もう止めて!」


(柊が俺をかばっている。どういうつもりだ? こいつが俺を助けようとしたことはない。いつもその高飛車な態度で、佐伯にパシられる俺を見下していた、表情も作らずに……)


「……お前ら何してる? 試合中だぞ?」


だが園田は一向に止めようとしない。跳ねる政宗に視線を向けながら、背後に集まった柊や木田と言った勇者たちに圧をかけていた。


「園田、日高っちはヒーラーで……俺たちとは違うんだ! 俺たちみたいに攻撃魔法を使えない! あんな炎を受けたら……」


木田が政宗の身を案じている間にも、12頭の“龍”が政宗を睨んでいた。


「いい加減にしろよ、園田!」


(次は飯田か……そろそろこのトランポリンから降りたいんだが……)


政宗はどうやってこの状況を終わらせようか、その最善の道を模索していた。


「日高は仲間だろ?!」


「――だから試合にしてるだろ? 仲間じゃなかったら殺し合いをしてるところだ」


「そうじゃないだろ?! さっき再会したばかりなのに、何でいきなりこんなことになってるんだ?! 普通に考えろよ! ここは一度、訓練を止めて!…「日高!……」


その時、飯田の言葉を遮り、園田が政宗の名を呼んだ。


(ところでこの“トランポリン”にも慣れてきた。かなりバランスも取れるようになってきて、上体を自由に起こせるようになってきたが、今ではもう普通に飛んでいられる)


「俺に言わせるつもりか?!」


政宗を跳ねさせたまま、魔法を解除することもなく、自分なりの大声で問う園田。これは脅しだろうかと、政宗は次の行動を考えている。


「園田!」


すると木田が園田を咎める。残された唯一の希望となり始めていた園田に逆らえない彼らは、それでも間違っていると徐々に反抗心を見せ始める。すると名前を呼ばれる度に、園田は背後に圧を送っていた。だが園田もまた政宗と同じであり、恩恵を基盤にレベルを上げ、強い魔力を手にしてはいたが、内面は成長していなかった。彼らはこの世界に召喚されて二ヶ月足らずだ。それなりの脅威と対峙し、それなりに実戦を経験した園田でさえ、大きな内面の成長を得られている訳ではない。元々、“図書室の住人”であった園田に、圧などかけられるはずもなかった。もちろん、感情の高ぶりに比例した魔力の上昇を、勇者たちは感知するが、今回ばかりは勇者たちも、その圧に屈しなかった。


「仲間を傷つけることが! 正しいことな訳ないだろ?!」


「いい加減、黙っててくれないか? 言っただろ? これは試合だって? ここではダメージは蓄積されないんだ。すべて、校長の施した魔法で偽装される。確かめるだけだ、大袈裟なんだよ、君たちは――」


すると勇者たちの言葉を無視し、園田は一定のリズムで跳ねる政宗に、手のひらを向けた。だがその時だ。


――上空へ飛ばされた政宗が突然、跳ねたところで動きを止めた。


「え?……日高……なんで浮いて……」


日高が浮いている。辺りには魔法陣も何も出現していない。その様子に飯田は戸惑った。


「あれは……魔法ですか?」


神井は途切れた口調で問う。その隣で目を奪われている御手洗。すると園田は密かに薄らと笑みを浮かべ、答える。


「違うな……スキルだ」


園田の考察は当たっていた。これはスキル『念動力』。政宗は自身を念動力で持ち上げていたのだ。だが園田の予想は飛行スキルであり、厳密にはハズレている。


「なんで……日高っちはヒーラーだろ?」


木田だけではない。その場にいた勇者たちは皆、上空に浮かぶ日高に驚いていた。


「別におかしなことじゃないだろ?」


だが園田は笑みを浮かべるも、あまり驚いていない様子だった。


「あいつだって俺たちと同じ勇者なんだ。ヒーラーであれ魔法には恵まれなくとも、スキルくらいは使えるはずだ。でなければ今まで生き残ってこられたはずがない」


――だから日高は英雄になれた。園田の中で、また仮説が一つ生まれた。まともな魔法を使えない日高は、スキルで成り上がったという仮説が。


「まあ皆、見てろよ? あいつは多分、これくらい防いでみせるさ」


だが園田の言葉の意味を、皆は理解できない。誰もが分からず疑問符を浮かべていた。その時だった。――政宗を中心に囲っていた12体の炎の龍が、一斉に政宗へ向かって食らいついた。同時に挟むように襲った炎は、政宗を爆炎と共に視界から消した。辺りに軽い揺れが起こるほどの爆発だ。誰もが政宗の安否に目を見張った。


「日高ぁあ!」


その様に“愛称”を忘れる木田。


「てめぇええ! 園田!」


沸点を通り過ぎキレた飯田は、園田の胸倉をつかんだ。


「何やってんだお前はぁああ?!」


怒鳴る飯田。だが園田の意識は爆炎に呑まれた政宗の方へ向いていた。

すると爆炎は次第に煙に変わった。その煙の中に、勇者たち全員が政宗の姿を求めた。

だが次の瞬間、まるで何かに弾かれたように、一ヵ所に固まっていた煙が一斉に掻き消えた。


「なっ!……え?……」


言葉を失う木田。そして園田の胸倉をつかんだままの飯田。背後の勇者たち。


「ほら? 大丈夫だっただろ?」


すると飯田は驚愕する表情を貼り付けたまま、そっと園田から手を離した。


――何事もなく上空に浮かんだままの政宗。


「ちょっと……待てよ……なんで……」


飯田は言葉が出ない。なんと言えばいいのか分からない。


「ふっ……やっぱり、防がれたか」


園田はまるで、始めから確信していたように話す。だがその心は嘘だ。園田自身、まさかここまで効果がないとは思っていなかった。


「はぁ……」


すると上空から見下ろす政宗はため息を吐く。


「できれば……再会だけ祝って去るつもりだったんだけどなぁ……」


政宗は微笑み、茫然としている勇者たちを見降ろしていた。

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