第203話 ウィリアム・ベクター

 大魔導師の称号を取得し、魔導師教会を後にした俺たちはその後、ウィリアムさんの提案で、昼食がてら近場のレストランに来ていた。昼間から酒を飲み、フランチェスカのインタビューに答える。面倒臭いことではあるが、宣伝は大事だ。でなければ大魔導師になった意味がない。


「なるほど、つまりあの大量の赤い水は、ニトさんの魔法によるものだった訳ですね?」


「そうです。何でもいいと言われましたので、適当に魔法を使ってみせたんですよ」


するとフランチェスカは納得し、取材はそこで終わった。

俺が素顔であることから、今回、撮影はなしだ。

気を遣ってか、ドリーは最初から撮る気配がなかった。


「ご主人様は大魔導師になって、どうするのですか?」


もうなってしまった訳だが、するとネムが唐突に問う。

その質問は的確にして、俺のいい加減な部分をついていた。

つまり、俺には予定などない。


「そうだなぁ、とりあえずこの国と同盟を結ぶ。それだけだ」


するとスーフィリアが、


「大魔導師と言っても、世間がそれを認識するのは魔的通信に掲載されて以降ですから、今は特にどうなるものでもないでしょう。同盟を結べば、この国では大々的な話題になるかとは思いますが」


「じゃあ、同盟の次は魔国?」


するとトアが尋ねた。


「そうなるな、と言っても特に予定がなければだが。この国を観光したければ、しばらくいてもいい。どうせ急いでないんだ。それに、冒険ってのは適当に、いい加減にやるものだろ?」


するとウィリアムさんが爽やかな笑みと共に指摘する。


「ニト殿は変わったお方ですし、魔法の才に優れたお方なので問題ありませんが、冒険とは本来、予定を決め行き先を決め、完璧に練られた計画の下、実行されるものです。と言ってもニト殿の言うとおり、大半の冒険者は適当に始めるようですが」


この人の知識は底が知れない。

商業だけでなく冒険者にも詳しいとは。

それより冒険にやり方があったとは知らなかった。

だがとりあえず、俺は例外だから何をやっても良いってことだ。


「それよりもニト殿、少し大魔導師というものについて、話しておかなければいけないことがあります」


「話ですか?」


するとそこで、ウィリアムさんは改まった。

話とはなんだろうか?


「大魔導師における評価基準というものがあったかと思います」


「はい」


「その中に、『脅威度』というものがありませんでしたか?」


「そう言えば……そんなことも言われましたねぇ……」


大魔導師になれるかどうかを判断するための評価基準だ。

魔力、脅威度、職業。確かこの3つだったはず。


「主にそれについてですが、脅威度とはそのままの意味です。つまりその者がどれだけ脅威となりえるかということです。そしてニト殿は、厳正な判断により、脅威と判断されました。その結果、個人から『国』という扱いなった訳です」


「はあ……なるほど……ん? つまりどういうことですか?」


ウィリアムさんの説明についてだが、ここまで出かかっているのに、最後の最後で答えがでない。

というのも大魔導師になったはずが、一瞬、嫌な感じがしたのだ。

するとウィリアムさんが俺の疑問に察し、答える。


「危険な者は野放しにするよりも、手元に置いておく方が安全です。つまりニト殿は、これから『大魔導師』という称号に縛られ、教会の監視下に置かれることとなります」


「……え?」


監視下?……吐き気のする響きだ。

だがウィリアムさんは一言付け加え、また話しを始める。


「これは飽くまで私個人の意見に過ぎません。もちろん大魔導師になったからには、それによる恩恵などもあります。例えば今後、教会が開催している『魔導師の集い』などに招待されるでしょう。さらに一番の恩恵は、貴族などが依頼した比較的、高報酬の案件をランクに応じて斡旋してもらえるということです。ニト殿は大魔導師という最高ランクの称号をお持ちですから、それだけ依頼も高値のものを受けられるでしょう。場合によっては指名されることもあります」


なるほど……依頼の斡旋か。さらに指名まであるとは……といっても俺は金に困ってない。とは言え、貴族が依頼するくらいだ。中にはとんでもないモンスターの討伐依頼なんかもありそうだ。面白そうなら受けてみたい。


「もう一つ大事なことなのですが、審査員から何か“紙”を受け取りませんでしたか?」


そう言えばそんなものを貰った。俺はローブのポケットから先程の紙を取り出そうとした。

すると……。


「ん?」


ポケットから出てきたのは一枚のカードだった。


「おや? どうやらもう申請手続きが済んだようですね」


手続きが済んだ? どういう意味だ? あの受付嬢が申請するとか言っていたのは覚えているが。


「……どうやら説明を受けなかったようですな? あの紙は手続き完了と同時に、そのカードに姿を変えるのです。そしてそのカードは、ニト殿が大魔導師であることの証明となります。そしてそこに随時、情報が送られてきます。今お話ししたような『魔導師の集い』や依頼などです。その他で例を挙げますと、教会を支援している施設などを無料で利用できたりといった……そうですねぇ。話せばまだありますが、そんなところでしょうか」


どうやらこれは貴重なものらしい。

そんな大事なことを言い忘れるとは……それほどパニックになっていたということだろう。

少し調子に乗りすぎたな。ウィリアムさんがいなければこんなもの捨てていただろう。

少し自重すべきか。


「話を戻しますが、大魔導師は飽くまで名誉なことです。ですがその称号の内情を知る国の王などは、今後ニト殿を大魔導師級の脅威として認識するでしょう。対校戦での魔族襲来など、ニト殿のご活躍は私の耳にも入っていますが、これまでよりもはっきりとした形で、ニト殿は認識され始めることとなるでしょう」


つまり俺はこれから、例えば国に入っただけで『大魔導師ニト』として認識され、同時に脅威として警戒されるということだ。なるほど……要は、これがシュナイゼルのやり方ってことか。だからこそ八岐の王はシュナイゼルに俺を任せた。だが、だからこそ俺は無罪を得られた。


「そうですか……仕方がないですね。それは……」


やり方はもっと他にあったはずだ。だが俺は京極を殺した。あの判断は間違いだったってことだ。自分で招いたことなら仕方がない。むしろ俺はシュナイゼルに感謝すべきだろうな。名誉を得られただけマシと考えよう。


「分かりました、教えていただきありがとうございます。肝に銘じておきます」


だが俺はそこで、少し疑問に思ったことがあった。

それに魔導師教会についてなのだが、俺はこの教会というものについて何も知らないのだ。


「その、ウィリアムさんは魔導師教会についてはお詳しいようですけど、これって国とは関係ないわけですよね? その……考えはしたんですが実体が見えてこないけど、知ってることがあるなら、少し教えていただけませんか?」


「お安いご用です」


すると物知りなウィリアムさんは解説する。


「ニト殿は創世の魔導師アダムス・ラド・ポリーフィアについてはご存じですか?」


「もちろんです」


「でしたら話が早い。つまり魔導師教会とは、そのアダムスを絶対の指導者とし、設立された組合です。そして大陸全土においてある程度、認知された力のある魔法使いを『魔導師』という称号で管理する団体であり、出資者はダームズアルダンから大陸全土に点在する様々な国の王たちです」


それをウィリアムさんは自分の尺度で“縛る”と表現したわけか。


「例えば八岐の王の一人である魔教皇が統べる繋国けいこくイキソスもアダムスに関わる国です。ですが、あの国はアダムスを絶対の神とし、指導者は魔教皇という仕組みです。そこが魔導師教会とは違う点ですね」


魔導師教会はアダムスを指導者として崇めている。

対し繋国イキソスはアダムスを神とし、指導者は魔教皇ということだ。


「そして大陸全土の国々において共通の理解の下、設立されたのが魔導師教会ですが、アダムス関連の組織・団体として、『規模』は大陸一でしょう。ですが力はありません。力ということで言えば、イキソスの方が強大でしょう。大規模とは言え、魔導師教会はただの管理組合ですので」


実体が少し見えたような気がした。

前から思っていたことではあるが、創世の魔導師ってくらいだからもう死んでるだろう。まあ俺と同じ深淵の愚者って話だから、下手をすれば生きていてもおかしくない。だがまさか教会やその他の連中が生きているとも思ってないだろう。


「ウィリアムさん? アダムスというのはもう死んだ人という認識に良いんですよね?」


するとウィリアムさんは不思議そうな表情で答えた。


「もちろんです。創世がいつかも分からないほど、遥か昔の話です」


つまり魔導師教会とは、不確かなアダムスの意志って奴を盲信する愚かな団体ってことだ。何となくだがハイルクウェートやフィシャナティカと同じ様な雰囲気を感じる。魔導師を管理している辺り、案外、近いモノがあるのかもしれないな。


「それよりもニト殿、魔族の襲撃ですが、個人的に少し興味がありまして……」


すると唐突に、意外にもウィリアムさんがそう答えた。この人もそういったことに興味がるのか。勝手なイメージだがそんな風には見えなかった。


「何でも聞いてください。すべてお話ししますよ」


得に隠すことはない。それにあの一件はその内、広まるだろう。


「私が知りたいのは何故、魔族が現れたのかということです」


すると向かいに座っているトアが、目を逸らした。


「そうですねぇ……特に隠すようなことでもないんですけど、トアが魔族だからです」


「なるほど……」


するとウィリアムさんは黙ったまましばらく考えていた。

数回トアの方を見ながら何かを確認している様子だった。


するとその時――


「シャステインは私を狙って人間を襲ったんです」とトアが自分から言い出した。


その言葉に大きな反応を見せる訳でもなく、冷静な素振りで考えている様子のウィリアムさん。


「そうですか……トア殿は魔族でしたか、道理で魔力の質が高い……」


するとウィリアムさんは神妙な面持ちで尋ねる。


「失礼ですが、トア殿は魔族の中でも特異な存在なのでしょうか? 私は魔国の実態にはさほど詳しい訳ではありませんが、思うに……例えば、トア殿はシャステインにおいて……」


「私は魔族ですけど、シャステインではなく、ウルズォーラの出身です」


するとウィリアムさんが言いかけた言葉を遮り、トアが説明した。そしてウィリアムさんはそこで納得したように表情を変えた。


「なるほど……確かシャステインは女性が王を務めているのでしたね。これで分かりました。つまり――トア殿は、魔国ウルズォーラにおいて、王族の家系に生まれたお方、ということでしょうか?」


正直、驚いた。この少ない会話の中で一体、どうやってその答えにたどりついたのか?怖い人だ。


「難しい話ではありませんよ」


すると俺の表情からまた何かを読み取ったのか、ウィリアムさんが説明する。


「そういったケースはさほど珍しくありません。女性国家は他にもありますし、王を選ぶ上で魔力を判断とすることは通例です。なるほど……魔国も仕組みはさほど違わないようですね」


ウィリアムさんは優れた考察力で見抜きはしたが、やはりこの人でも魔国に関しての正確な情報は知らないようだった。魔族というのは、それほどまでに人間を寄せ付けない種族なのだろうか?


「では、何故ニト殿が罪に問われたのですか?」


話に戻り、するとウィリアムは疑問符浮かべ尋ねた。そして俺は事の経緯を話した。だがウィリアムさんは俺が生徒を殺した事実については既に知っているようだった。そして俺の話を聞きながら、色々と察してくれている様子でもあった。


「なるほど……私は、シュナイゼル様とは、それなりに長くお付き合いをさせていただいていますが、王の判断に間違いはないでしょう。むしろあなたを贔屓ひいきしているとすら言えます」


だが俺は、そう言われても結局のところは分かっていない。とは言え、シュナイゼルが俺を騙しているとは思っていない。もし騙すなら、俺に魔導師の説明などせずに、ただ勧めれば良いだけの話だ。それで俺が納得したかは分からないが。


「正直……今回、俺はハイルクウェートの学生として事に巻き込まれた訳ですけど、それまでにも色々とありました……ですけど、俺が学んだのはこの世界の穢れだけでしたよ。八岐の王だとか偉そうに言っていますけど、まともな国は一つもない。人間が偉そうに獣人を虐げているだけの国が威張っているだけでした。そんな国が優秀な奴隷欲しさに、金を出し、存続しているのが、あの2つの魔法学校でした。流石に言葉がなくなりましたね……初めてウィリアムさんとお会いしたあの日、俺はまだ冒険者ギルドの存在すらも知らない、無知で夢見がちなガキでした。ですけど冒険者なって……仲間が増えて、それから色々と旅をしてみて……」


何故だろうか? 俺はウィリアムさんにそんな話をしていた。

この世界にきて最初にまともな会話をしたのが、シエラと、このウィリアムさんだった。

俺に親切にしてくれたのがこの人だった。ウィリアムさんに出会ったのはついこの間のことだが、何となく昔のことのような気がする。


「――景色は変わって見えますか?」


すると静かに尋ねるウィリアムさん。


「はい……そうですねぇ……まず、パスカンチンとユートピィーヤは滅んだ方がいい……」


俺のその言葉に、トアは「ニト……」と心配そうに名を呼んだ。

獣人こそ、ドワーフこそ、小人族こそ、素晴らしい生き物じゃないか。

人間などその辺りにいくらでもいる。そして……


「人間は他者を虐げることしかしない……」


気づくと、場が静まっていた。


「すみません! こんな話をして……」


無理に取り繕うのは良くないな。


「ではニト殿――」


その時、ウィリアムさんが俺におかしなことを言った。


「――ご自分で国を作られてはいかがですかな?」


「へ?」


俺はその言葉に間抜けな声を出してしまう。


「誰もが虐げられることのない国を作るのです」


「国を作る?」


考えたこともなかった。俺が国を作るだと? そもそも国なんて作れるのか?

いや、そもそも国を作るってどういうことだ?


「つまり、俺が王になるってことですか?」


「そうです。それに大魔導師の建国は珍しいことではありませんよ? 稀にあります」


「ですけど、国なんて作れるんですか? 俺にはそんな知識はありませんよ?」


「私にはあります」


「……なるほど」


なんだ? 話がきな臭くなってきた。

確かにこの人は何でも知っていそうだが……なんだか上手く誘導されているような気がする。俺が人を信用しないからだろうか? 疑うことがクセになっているのかもしれない。

だが感情を確かめたが、悪意は感じない。


「ニト殿には嘘偽りなく、はっきりと申し上げておきましょう。私は今回、ニト殿にお会いするためにこの国へ来ました」


「え? 俺に会いにですか?」


「はい」


するとウィリアムさんは一切隠さず即答した。


「単刀直入に申し上げます。実はニト殿のお力を利用させていただきたいのです」


「……」


はっきりと『利用したい』と話すウィリアムさん。

どうやら目的が具体的に決まっているようだ。


「利用ですか……その、話を聞いてもいいですか?」


そんなやり取りを傍で聞きながら、フランチェスカはニヤニヤしていた。何が楽しいのか?

一方でトアとスーフィリアは目を丸くしている。俺もだ、急に建国とは話についていけない。大魔導師になったばかりだというのに。


「以前、商人の町ウィークに立ち寄った際に、バーソロミュー・ロバーツに話を聞きました」


「バーソロミュー・ロバーツ? 誰ですかそれは?」


バーソロミュー……分からん。誰だ?


「おや? ご存じありませんか? ロバーツはニト殿とは親しい仲だと言っていましたが?……」


ロバーツ……ロバーツ……ん? そう言えば、あの酒屋の男の名はロバーツだったな?

そう言えばオールド・ゲルトの金はどうなったのか? 最近、口座の残高も見ていない。

ラズハウセンを出る時、口座の金は全部、異空間収納にしまったから、それ以来、確認する必要がなくなった。


「俺の知っているロバーツかどうかが分からないんですが……」


するとウィリアムは共通の情報を出した。


「ニト殿からオールド・ゲルトを買い取ったロバーツです」


「あ……なるほど、同一人物です」


どうやらあのロバーツらしい。


「ロバーツはオールド・ゲルトと引き換えに得た鉱石の売買に励んでいました。そして、実はロバーツとは長い付き合いでして、というより、商人の世界でロバーツの名を知らぬ者はいません。『ワインの大富豪』ヘイデン・ロバーツ殿の末裔ですから」


ヘイデン・ロバーツ……どこかで聞いたような。


「その、ロバーツさんがどうかしたんですか?」


「その前に一度話を戻しますが――」


するとウィリアムさんはそこで話を切りかえた。


「私は以前より、自分の国を作ることを目的とし、商人としてケイズと共に大陸中を旅してきました。そして、旅の中でご助力いただける方々にも出会いまして、現状とても良いタイミングではあるのですが、そこであることに気づき息詰まりましてねぇ? つまり、王がいないのです」


「なるほど……」


この話を俺にする意味が分からない。いや意味は分かるか? 分かるが……


「私は私の国を作りたいのであって、王になりたい訳ではありません。それに、これまで様々な王を見てきましたが、王となるには影響力と人を惹きつける魅力が必要なのです。残念ながら私にその能力はありません。それから資金の方も実はまだ、まったくと言って良いほど足りません。最初は小さな村から始め、町を作り、税を徴収しながら広げていくことも考えましたが、それでは面白くない。あまりに普通過ぎるとは思いませんか?」


「まあ……俺にはよく分かりませんが……」


正直、世界を旅したいだけの俺にとって、国なんてものは理解できない。


するとウィリアムさんは神妙な表情をし――


「申しましたが、私は王になりたい訳ではありません、自分が認められる国を作りたいのです」


そして目が合うと答えた。


「――王になりませんか? ニト殿」

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