第199話 残された最強の勇者

 フィシャナティカ魔法魔術学校。


対校戦も終わり、周辺に見えていた会場や町、そしてハイルクウェートは消え、そこでは広野に白い校舎が目立っていた。


そしてここは演習場。

そこには勇者たちの姿があった。


小鳥と河内、そして佐伯と一条が学校を去ってから5日が過ぎた。

結果的に、4人に置いて行かれる形となってしまった、勇者たちの間には、暗い雰囲気だけが立ち込めていた。


フィールド上では飯田と佐藤が決闘という名の訓練している。


サッカー部のキャプテンだった飯田の職業は、『槍術師』。

サッカーとはまったく関係がない。

そして同じくサッカー部の部員だった佐藤の職業は、『双剣使い』。

こちらもやはり関係ない。

だが訓練に訓練を重ねた2人の腕前は、それなりではあった。

だが対校戦に勝ち残れない程度には、まだまだ実践で通用するものではない。


そしてそんな2人を遠目で眺める勇者たち。

彼らの目には力がなく、そして一言も話そうとしない。


河内と小鳥が去ったことに呆れ、気力を失っているのだ。


「はぁ……」


大きなため息を吐くひいらぎ

柊は2人に怒っていた。

だが怒ろうにも、もう2人は傍にいない。


小鳥と河内は皆に行先は告げた。


――“帝国に行くと”


当然、勇者たちは反対した。

だがその時、小鳥の目は暗く、「許可を求めてる訳じゃないから」と、それまでとは別人のような表情で、そう言ったのだ。


そして、ソーサラ―として能力を見込まれた河内だが、説得されるも、「西城さんが行くと言うなら、私も行くわ」と意志の欠片もないことを使者へ告げた。

だがそれは何も、小鳥に合わせた訳ではなく。

小鳥一人を行かせる訳にはいかないというものだった。

河内は勧誘を受けた時から、帝国の使者に対しても、「西城さんの意見を聞いてから決めさせてください」とそう伝えていた。

それを帝国の使者は、捻じ曲げ、「河内さんは直ぐに引き受けてくれた」と、小鳥にそう言った訳だ。

だがその嘘が小鳥に通用することはなかった。

そもそも小鳥は、河内が行こうが残ろうが、勧誘された時点で意志が決まっていたのだから。


そして2人は学校を去った。皆は失望した。

だがそれは単に、“置いて行かれた”という孤独感と、仲間を失ったという喪失感によるものだ。

結局のところ、彼らは周りに頼っているだけ。

まだ小鳥や河内の方がマシだろう。

少なくとも、ここに残った彼らとは違い、『意志』があるのだから。


だが残された側としては、“最悪”であった。


「朱音ちゃん、どうするの?」


“朱音ちゃん”とは柊のことだ。

そしてそう呼ぶのは、幼馴染の加藤詩織だけ。


「どうって?」


「その……このままじゃ、冒険者になれないよ?」


か細い声で答える詩織。

彼女は昔から柊に頼りきりだ。


「僕たち、これからどうなるんだろう……魔法もロクに使えないし」


長宗我部 晴彦は情けない奴だ。

晴彦の職業は『武士』。

それは決して不遇なモノではなく、特にバノーム大陸においては珍しい職業だ。


大陸を離れ、海を渡った先にあると言われている『戯国ぎこく』には、職業に『武士』を持つものが多いらしい。

そして『武士』だが、この職業が得意とするのは、言わずと知れた“刀”による剣術だ。

どこまでも刀で戦い、遠距離戦よりも圧倒的に近距離戦を得意とする職業だ。

そして、怖がりの晴彦には最も向かない職業である。

美形であるが、なよなよした性格が定着した結果、晴彦を支持するのはジェシカくらいである。


「晴彦……私、怖い……」


そして帰国子女であり、フィンランドと日本のハーフであるジェシカだが、彼女もまた怖がりで、何故か晴彦を好いている。

職業は『上級調教師』だ。

極めれば、いつかラズハウセンを襲撃した『ギド・シドー』のように、モンスターを操ることができるだろう。


2人は互いに思い合い、高校に入って直ぐに付き合った。


真島と木原はそんな2人が気に入らないのか、何故か横目で睨んでいた。

真島の職業が『プリースト』であり、木原の職業が『シールドファイター』だ。

だが特にシールドファイターは、大盾を所持する必要があり、かなりの筋力を必要とする職業。

と言っても勇者には恩恵があり、女性であっても筋力など気にする必要はないが、木原は大盾を手にした時の外見的な問題で、この職業に嫌悪感を抱いていた。

自分も真島、つまり京香のようなプリーストなら良かったのにと、何度もそう思った。

だが職業は選べない。持って生まれたモノは仕方がない。

適応し、可能な範囲で自分に出来ることをするしかないのだ。


するとその時、神井が口を開いた。


「柊さん、もう西城さんと河内さんのことは忘れましょう。あの2人は私たちを裏切ったんです」


「ちょっと、そういうのはやめにするって、ついこの間、決めたばかりよね? 私たちも日高を裏切ったでしょ?」


柊は神井を睨んだ。

すると神井は反論する。


「そう決めた上で、あの2人は裏切ったんですから、また話が違ってくるのではないですか? 柊さんも見ましたよね? あの西城さんの態度を? まるで私たちの話など聞いていないような……非常に不愉快な態度でした。とりあえず、私はもう彼女のことは忘れることにします。その方が私は先に進めると思いますので」


「……」


柊としては、誰も仲間外れにするべきではないと思っている。

河内がいなくなってしまった今、もうこのグループをまとめられるのは自分しかいないのではないかと、そんなことも思っていた。


だが裏切ったのは河内と西城であり、柊が裏切るだとか裏切らないだとか、そんな話ではない。

だがプライドの高い柊は、それを認めることが出来なかった。


――“『ひいらぎ家』の長女であるこの私が、まさかあんな2人に先を越されるなんて……”


柊はそれを許さなかった。


そして神井は小鳥を許せない。

神井と彼女の友人である御手洗だが、2人が小鳥と仲良くなったのは、この世界に来てからだ。

それまで小鳥は主に一人だった。

そんな孤独な小鳥に、神井は手を差し伸べた。

だが小鳥は何も理由を告げず、その思いを無下にしたのだ。


「絵美ちゃん、きっと小鳥ちゃんには、何か事情があったんだよ。様子もなんだかおかしかったし」


一方で御手洗千春は、それでも小鳥を心配していた。


そんな御手洗の職業は『結晶術師』だ。

『エレメント』と呼ばれる属性の宿った結晶を召喚し、魔力を使用せず無限に火や水といった属性を扱うことのできる職業。

だが無限とは言っても、エレメントが砕ければそれまでだが。


「いずれにしても答えはでません。忘れるに限ります。彼女の行為を認めたところで、私たちにどんなメリットがあるのですか? ないですよね? では西城さんのことも忘れて、早く魔法の練習をしましょう。その方が賢明です」


小鳥と河内の行動を認めたところで、2人が帰ってくる訳でもなければ、勇者たちの状況が良くなる訳でもない。

神井は親友である御手洗に説得されようと、意見を変えなかった。


そして神井の職業は『司書官』。

スキル『速読』や『暗記』などで、書籍の内容を瞬時に暗記することが出来る。

理解できるかはまた別の話だが、簡単な魔法なら誰よりも多く取得できるはずだ。


すると柊が席を立った。


「詩織、魔法の練習をしましょう。話していても何にもならないわ」


すると無理やり話を切り、柊と加藤はフィールドへ入っていった。

柊の職業は『弓箭師きゅうせんし』であり、加藤詩織の職業は『付与師』だ。

弓使いとバッファーのコンビは、決して悪いものではない。

やり方次第では実戦でも通用するものになるはずだ。


すると2人に続き、それぞれもフィールドへと入っていく。

考えていても始まらない。

それどころか、気分が悪くなるだけだ。

だからこそ体を動かすことで、気を紛らわそうとしていた。


すると1人、客席に残っている者がいた。


――園田そのだ 健四郎だ。


そして園田は相変わらず、誰とも話さず本を読んでいた。

図書室から出てきたは良いものの、相変わらず本とにらめっこをしている。

話しかけてもボソボソと答えるだけで会話は続かない。


さて、残された12人の勇者たちは、これからどうなってしまうのか?


するとそんな園田の元に、木田が近寄ってきた。


「なあ園田? 俺と練習試合をしてくれない?」


「……は?」


「練習試合だよ? ペアがいないんだ。一人で魔法の練習をするのもいいけど、誰かとできるだけ実戦に近い訓練をやった方がいいだろ?」


「……」


木田はあれから、木田なりに考えていた。

そして、自分が今まで佐伯に頼り切りだったことを自覚した。

佐伯の傍にいたから自分には余裕があり、それ故に調子にのっていただけだったのだ。

だからこそ、今度は自分の考えで、グレイベルクに行った佐伯に少しでも追いつけるよう、強くなろうとしていた。


すると園田はページと木田の顔を交互に確認しながら、どう答えるのか迷っている様子だった。

だがその表情に戸惑う様子はない。


すると園田は、本を開いたまま答えた。


「やってもいいけど……負けるよ?」


「は?……」


「負けるよ?」


園田は悪意のない無表情と死んだ目で、そう言った。

その言葉にも悪意はない。


「ちょっと待ってくれよ? 負けるって言ったのか? 俺が?」


木田は一瞬、聞き間違いとすら思った。

現時点では、ここにいる勇者の中で一番強いのは自分だ。

そう自負していた。


「他に誰がいるんだ?」


木田は園田とあまり話したことがない。

というより、誰も園田とまともに話したことなどないのだ。

京極は不登校だったが学校に来れば話し相手くらいはいた。

だが園田は学校に毎日来ていたにも関わらず、話し相手は“本”だけだった。

そして今も変わらない。


木田は園田のその言葉に、少しイラッとした。

すると……


「いいさ、じゃあやろうよ? やってみなきゃ分からないだろ?」


「いいよ、でも……大体わかる……」


一言多い園田の呟きを、木田は無視する。


「ところで園田の職業は何だ? そう言えばお前だけ知らないんだけど?」


「――僕に勝ったら教えてあげるよ」


飽くまで上から目線。

だが園田には悪気がない。

というより、他人に興味がない園田にとって、木田などどうでもよかったのだ。

要は“自己顕示欲”さえ満たせればそれでいい。


木田はまた、むっとした表情で園田を睨んだ。











 園田と木田は向かい合っていた。

他の勇者たちは、2人が試合をするからと、フィールドの端に移動した。

皆、ちらちらと2人を見ながら練習するフリをしている。

なにしろ、園田が魔法を使うところなど、誰も見たことがないのだ

京極に続く謎である。

だがこれまで、園田に興味を示した者などいない。


さて、先程の園田の自信だが、一体どこからくるものなのか?


すると木田が剣を抜いた。


『上級騎士』である木田の武器は、このロングソードだ。

剣に魔法を付与し、中距離魔法を駆使しながら戦う。

これが上級騎士の一般的な戦い方である。


例えばシエラも上級騎士だが、シエラほど魔力量が多く、そしてセンスがない限りは、基本、その戦法に縛られる。

『騎士』の上位互換とはいえ、佐伯のような『賢者』にはほど遠い職業だ。


「じゃあ、いつでも良いよ。はじめよう」


すると園田が本を閉じた。

だがこれから戦いを始めるというのに、手に持ったまま仕舞う気配がない。


「本をしまったらどうだ? これから試合をするんだ」


「大丈夫さ、初手で終わるから……」


木田はその言葉に、苛立ちを覚え、眉間にしわを寄せる。


「なるほど、お前がそこまで人を馬鹿にした奴だなんて……知らなかったよ」


「君ほどじゃないないよ木田くん? 天然も度が過ぎればただ馬鹿だ。君は早くそれに気付いたほうがいい。佐伯くんはそれを言っていたんだよ?


――“いつか気づくことになる”


佐伯は別れ際、木田にそう言った。


その瞬間、木田がキレた。

そして魔法を詠唱する。


「【氷冷の斬鬼フロスト・ゴイル】!」


その瞬間、木田のロングソードに冷気を放つ氷の刃が張り付いた。

刃の根本から這うように現れ、それは刃の全体を覆った。

これが『上級騎士』の強みだ。


――氷属性魔法。


普通は上級騎士であったとしても、この属性を使えるようになるまでは、才能でもない限り、地道な訓練が必要だ。

だが木田は最初からこの魔法を使うことが出来た。

いわゆる、勇者としての恩恵だろう。


すると木田が動く。


「どちらが馬鹿か! それを教えてやるよ!」


木田は刃を突きつけ、そのまま全速力で前進する。


「……」


園田の表情は無だ。

目前に木田が迫っているにも関わらず、眉一つ動かさない。

そして、焦る訳でもなく、ただ木田にゆっくりと手をかざした。

余裕があるのか油断しているのか分からない。


そして園田は詠唱した。


「戦略級魔法陣【伸縮化反発式飛躍バウンド・スプリング】」


その瞬間、フィールドを駆けこちらに迫っていたはず木田が、何かに足を取られた。


「なっ?!」


すると木田は、訳も分からず膝から崩れ落ち――


「ぐうおわあぁぁぁ!」


見ると、木田の足元の地面が、激しく陥没している。

そして木田は陥没と共に、一瞬、姿を消した。


――それはまるで“トランポリン”のようだ。


すると伸縮し、沈んだ地面は、木田を残したまま元に戻る。

その瞬間、木田が勢いよく上空へと飛躍した。

地面に跳ね返されるように。


「ぅぅうおおわあああああああああ!


「木田、これで僕の勝ちだ」


何とも呆気ない。


すると園田は本を開き、再び活字を追う。

その目にも頭にも、もう木田の姿はない。


園田の魔法は素早いものだった。

魔法陣の出現と同時に、地面は伸縮性を帯びたのだ、」


「うぉおわああああああ!」


伸縮し反発する地面の上で、何度も飛躍する木田。

弾みで木田はロングソードを手放し、その瞬間、園田の勝利が確定した。


「降参しなければ魔法は解かない」


園田は活字を追いながら言った。


木田は地面の上で跳ねている。

どうにかして状態を起こしたいが、上手くいかない様子だ。


「分かった! 降参だ!」


するとその時、あっさりと木田は降参した。

ここが佐伯とは違うところだ。

佐伯ならおそらく、降参などしなかっただろう。

木田にはまるでプライドがない。

というより、深く物事を考えるクセがないのだろう。

だから判断が浅く、いつも安易だ。


すると地面は徐々にその伸縮性を失い、気づくと木田は地面に尻餅をついた状態で茫然としていた。


「……」


驚きのあまり声がでない木田。

だが声が出なくとも、認めざるを得ないだろう。

自分が負けたということを。


そしてその時すでに、誰もが園田を見ていた。

柊も飯田も神井も、その他の者も、皆、園田を見ている。

それらは言葉を失い、次に何を言うか考えていた。


これまで図書室に籠り、一切姿を見せなかったような奴が、一体いつ、これほどの魔法を身につけたのか?

『流石ね、園田くん』……とは、ひいらぎには言えない。

プライドが許さないだろう。


するとそこへ最初に歩み寄ったのは、晴彦とジェシカだった。

2人は手を繋ぎながら園田の元へと駆け寄った。


「リア充は僕に近づかないでくれるか? 爆発しろ――」


「え?」


すると離れていて聞こえなかったのか、晴彦が聞き返す。


「別に……」


だが園田は自分で言っておきながら誤魔化した。


「ねえ園田くん?! 園田くんの職業は何なんだい?!」


晴彦が興奮したように尋ねた。


「僕?」


すると園田は、遠くで立ち上がる木田を横目に、ニヤリと小さく笑い、そして答えた。


「僕の職業は……『戦魔軍師』だ」


――園田 健四郎。


最後の勇者の職業が、明かされた瞬間だった。




**********************




【残された勇者リスト】


▽木田 修史  【職業】上級騎士(氷属性使い)

▽真島 京香  【職業】プリースト(聖属性使い)

▽木原 まどか 【職業】シールドファイター(大盾使い。タンク)

▽神井 絵美  【職業】司書官(スキル『速読』『暗記』で本の内容を瞬時に暗記する)

▽御手洗 千春 【職業】結晶術師(属性の付与された結晶を召喚し操る)

▽飯田 将悟  【職業】槍術師(ランスやハルバードなどを扱う)

▽佐藤 元   【職業】双剣使い(両手に、曲剣、直剣など)

▽柊 朱音   【職業】弓箭きゅうせん師(弓による遠距離戦)

▽加藤 詩織  【職業】付与師(支援職。バッファー)

▽園田 健四郎 【職業】戦魔軍師(固有魔法:戦術級魔法陣と戦略級魔法陣を扱う。希少な職業)

▽長宗我部 晴彦【職業】武士(刀による致命傷を狙う)

▽山中 ジェシカ【職業】上級調教師(モンスターを操る)


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