第198話 暗躍する意志
ここは、『流れ者の停留所』ラグー。
政宗たちが寄り道し、腹ごしらえのために利用した町だ。
そして政宗たちが町を出発した、その日の夜。
この町の中心地である時計台広場から、何故か火の手が上がっていた。
『『『『『きゃあああああああ!』』』』』
『『『『『逃げろぉおお!』』』』』
『『『『やめろぉおお!』』』』
『『うわぉおおお!』』
町中から悲鳴が聞こえる。
至るところにデスマスクのような白い仮面をつけた白装束の者たちがおり、町民を無差別に襲っているのだ。
「逃げられると思うなあ! 人間がああ!」
至るところで魔法が飛び交い、一方で刃と刃のぶつかり合う金属音が聞こえる。
「深追いはするなあ! 一人でかかる必要はない!」
すると、それらに指示を出す声も聞こえた。
時計台周辺。
そこから見渡す限りの“白”。
――慈者の血脈だ。
白装束の者たちの種類は様々。
全身を白いマントやローブで覆っているため正体は見えないが、それぞれ背丈が違う。
中には数人、人間で言う成人男性の膝下くらいの背丈の者もいた。
そんな小さな白装束の者たちが、巨大な刃の付いた短い斧、グレートアックスを用いて、町民を無差別に切り刻んでいる。
鮮血が飛び交い、白が赤黒く染まっていく。
「頼むうう! やめてくれえぁああああ!」
慈悲を乞うが情け容赦のない者たち。
そして、その者たちの司令塔こそ、
――アンク・アマデウスである。
慈者の血脈において、『生命の神』と呼ばれている者だ。
「うぉおおりゃああああ!」
また小さな白き者が、斧で町民を殺した。
血が噴き出し、痙攣しながら絶命する町民。
「グドゥフカ――」
するとアマデウスが小さき白装束の者に声をかける。
「はい、アンク様!」
「『
「分かりやした!」
「お前がリーダーだ。町を頼んだぞ?」
「はいでさあ!」
すると、その場から駆けていくグドゥフカ。
『
「アンク様……何故ですか……」
するとアマデウスの前に、腕から血を流した町民が近づいてきた。
人間だ。出血が酷いのか、足がふらついている。
「ん?」
するとアマデウスは、ゆっくりと振り返る。
「あなたは……私たちの、希望でした! 娘はあなたを慕っていた! 息子も……妻も……何故ですか?! 何故殺したのですかああ?!」
悲痛な表情で訴える男。
「フハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! アーハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
すると男の悲痛の叫びに対し、豪快な笑い声を上げるアマデウス。
「死にたくないなら一度、死ね! 言っただろ? 私はお前たちを導くと?」
町民に問うアマデウス。
「絶望する者には道を与えてやろう、そして求める者は、この私が導いてやろう。だが、無能ならまだしも、不能な者に一体、何が出来ると言うのだ?」
「……」
その瞬間、傍にいた筈の男が跡形もなくはじけ飛んだ。
一瞬にして血潮へ変わった町民。
だが次には、その血潮さえも消えていた。
「……」
何も語らず、辺りを確かめるアマデウス。
すると小さく呟いた
「くだらぬ質問をするな、人間風情が……やはり人間はくだらん……」
するとアマデウスの元へ集まってくる多数の
「アンク様! 町民が町の外へ逃げていきます!」
集まった
「なるほど……それは由々しき事態だ」
「す、すみません……」
すると先頭にいた
「謝る必要はない。深追いはするなと、そう言ったのは私だ。お前たちは特別だ。命は大事にしろ。そしてミスはすべて、私に任せるのだ」
するとアマデウスは、天に手をかざした。
そして、そっと、何かを唱える。
その瞬間、アマデウスを中心に魔法陣が展開され、とてつもない速さで拡大した。
それは一瞬にして町を飲み込み、さらに町の外へ拡大すると、必死に逃げる町民までもを巻き込んだ。
すると呑まれた多数の町民たちの足が、突然、止まった。
「これで良い。もはや奴らは逃げられぬ」
するとアマデウスは手を掲げ、号令を出す。
「すべて殺せ! 一人残らず! 人間を殺すのだ! そして同胞を救え!」
その瞬間、従い、雄叫びを上げる
「“適応者”については指示を出す。連絡を待ち、殺さず確保せよ。それ以外は殲滅だ!」
そして勢いよく散り散りになる
町中を再び、白き者が駆け回った。
そしてアマデウスも動く。
目についた者から手当たり次第に吹き飛ばし、血潮へと変えていくアマデウス。
そこには作業的に殺人を行っているような、異常性を通り越した“慣れ”が窺えた。
アマデウスが視認する度に、何かに侵されたように、体が灰と見間違うほどの血潮へと変わっていく。
それは次第に視認から感知へと変わっていき、気づくと、誰も手を下していないにも関わらず、不自然に周囲の人間が吹き飛んでいった。
後には地面に、血のシャワーがかかったような細かい血痕があるだけだ。
もうそこに“生命”の姿はない。
そしてアマデウスは、阿鼻叫喚の中、ゆっくりと町を徘徊した。
――――。
すると一人、そこに怯える人間がいた。
――女だ。
女は慈悲を乞う訳でもなければ、恐怖する訳でもなく、ただ死んだ魚のような瞳で、アマデウスをじっと見つめていた。
「……そうか、死にたいか?」
すると会話もなく、突然そう問いかけるアマデウス。
「……」
アマデウスの問いに、女は答えない。
「死ぬことは悪いことではない。お前が死を受け入れたなら、その時は、私と同じだ……」
「……」
だが女は答えない。
「喋る必要はない。私にはお前の心が分かる。受け入れるなら、念じろ。私はそれだけで分かる」
アマデウスは語りかけるが、女がそれを聞いているかは分からない。
「では問うが、お前は、人間を捨てるつもりはあるか?」
そこに緩やかな風が吹いた。
徐々に町中から悲鳴が消えていき、町は風の音が聞こえるほどの静けさを得ていく。
その時、アマデウスは女に手を向けた。
「合格だ――」
アマデウスは女に対し、ただ“合格”だと言う。
だが女は何も答えていない。
「お前の怒り、無念、しかと受け取った。ここにはお前の理解者しかいない。人間をやめた先にあるのは、『
するとそこへ、一人の小さな
「アンク様! 町の外に逃げた町民の掃除、終わりました!」
声が幼い。
「ご苦労……ではトッド、グドュフカを呼べ。そして見つけた“同胞”と“適応者”を、広場へ集めるように伝えよ」
「かしこまりました!」
はきはきと答え、駆けて行く小さな
そして姿は見えなくなった。
するとアマデウスは、目の前の女へ、再び視線を向ける。
だが獣と人間の頭蓋骨が融合したような、その仮面からは、視線が窺えない。
ただ、後頭部に向かって流れるように伸びた、2本の捻じれた角が、異様さを放っているだけだ。
「これより『転生の儀』を行う」
するとアマデウスは女の頭に手を置いた。
「案ずるな、一瞬だ。そしてお前は今日から私たちの同胞となる」
その瞬間、女の肌が色を変え、そして顔の形状が微妙に変化し始める。
小さくぼこぼこと動き始める身体。
するとその動きは徐々に、安定に向かって落ち着き、そして治まった。
――――。
「転生は終わりだ。これでお前は今から“
「……ついて、いきます」
すると女は、ぼそりと答えた。
その目はまだ弱々しいが、先程よりも力に満ち溢れ、何より希望に満ちている。
「ふ……決まりだ」
女の姿は先程とは明らかに違った。
褐色に近かった肌は白く透き通り、耳は微かに尖っている。
黒かった髪は金色になり、黒い瞳は青く、そして人間のモノではない蛇のような鋭いモノになっていた。
するとそこへ、
後ろにはそれぞれ異なった姿の者たちが多数いた。
獣人だろうか? 中にはそうではない別の種族の者もいるように見える。
アマデウスの言う“同胞”とは、彼らのことだ。
――この町の民である。
そしてその者たちは、周囲をキョロキョロと警戒しながら怯えていた。
だがそこにいるのは、そういった者たちばかりでなく、人間も少数ではあるが見えた。
それらが“適応者”だろう。
「広場に行くまでもないな、ここで儀を行う」
予想よりも少なかったことから、場所を移す必要はない判断したようだ。
「分かりました!」
するとアマデウスの言葉に従い、『転生の儀』を行いやすいように、人間たちを並べる
「では説明の前に、『転生の儀』を先に済ませる」
すると先程と同じように、一人一人の頭に触れるアマデウス。
途端に並べられた者たちの姿が変わっていく。
――――。
すると『転生の儀』が終わり、アマデウスは先程と同じように説明を始めた。
「お前たちは自由だ。強制はしない。私について来たい者はここに残れ、そうでない者は立ち去るがいい。だが私について来てくれた者を、私は裏切らない。約束しよう」
ゆっくりと抑揚をつけて話すアマデウス。
すると、その場を離れる者は一人としていなかった。
「では! よくぞ残ってくれた同胞たちよ!」
その瞬間、アマデウスの声に応えるように、歓声が町に響き渡った。
「今日から少しの間だが、ここを我らの拠点とする! リーダーはグドュフカだ。そして明日、ここよりパスカンチンへ侵攻を始める」
「え?! パスカンチンですか?!」
すると、とある
「そうだ。あの国の王が獣族を奴隷として集めているという情報を得た。おそらくその内情は悲惨なものだろう。見たくないものは来なくていい。それにカトレアとは規模も違う。あの国は小国だったが、パスカンチンは大国であり、何より、
「さらにもう一つ言っておこう。パスカンチンの次はユートピィーヤだ。この国は人間を含めた奴隷の売買を容認している。カトレアが大国になったようなものだと考えてくれればいい」
「その、立て続けに行うのですか?」
またある
「状況次第だな。これは飽くまで予定だ。皆を不安にさせないために報告している。パスカンチンへは既に別の者を向かわせているが、直近の予定としてはこんなところか? どちらにしろ私は行く。まずは偵察だ。それは私が行おう。その後、参加の意志があるものだけを転移させる。明日には連絡が入るだろう。決行は明日だ。それまでに決めておいてほしい」
するとそこで、また別の
「ですがアンク様、本来ならまずは様子を窺うところから始めていたはずです。その……どういった心境の変化なのですか?」
「……」
するとアマデウスは、困惑する皆に、説明した。
「確かにこれまでは、まずその地に滞在し、町民や国民と距離を縮め、そこから国や町の様子についての情報を集めていたな?」
その問いに対し、皆は頷いた。
「だがパスカンチンは別だ。この国に関して猶予を与えている時間はない。こうしている間にも、無残に同胞は殺され、それは帝国よりも酷いものだ。八岐の王たちはこの2つの国に対し、何の対策も講じず放置している。それぞれの心意はどうであれ、容認しているのだ。つまり、誰かが行動を起こすまで、この国では同胞たちが殺される続ける」
その言葉に、それぞれのデスマスクが項垂れる。
「良いか? 人間は残酷だ。奴らはこちらから手を差し伸べようとも、私たちが人間でない以上、そこに何の感情も抱かない。人の形をした化け物とでも思っているのだろう。だが化け物は人間の方だ。奴らは殺さなければいけない。誰かがやらなければいけない。これまで無残に散っていった同胞のためにも、躊躇っている時間などない。明日、この国を落とす。そして次にナッツ王だ。深追いはしない。主に、私が直々に裁きを下す」
そこに集まった白き者たちは、アマデウスの言葉を静かに聞いた。
そして、そこには一人たりとも否定する者はいない。
アマデウスと彼らとの間には、主従関係のようなモノも見えるが、本質はどうでないように思えた。
強制力はなく、皆、自分の意志でそこにいるようであった。
そしてアマデウスは、飽くまで彼らを導き、そして何より、守っているように見えた。
だが、その実態はまだ分からない。
するとそこで会議は終わり、アマデウスは全員を酒場へと移動させる。
『岩窟王の湧き酒』という看板のかかった、比較的、大きな酒場だ。
そしてこの日、『流れ者の停留所』は、『慈者の血脈』の拠点となった。
そこにはもう、町民の姿はない。
町中から火の手が上がり、建物は崩れ、もう必要のない家々が焼き払われた。
慈者の血脈の手によって――
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