第165話 臆病者の言い訳

 「オズワルド?! どうすれば?!……」


サブリナは自分では何もできないからか、オズワルドに助けを求めていた。

そしてオズワルドはその時、既に何かの魔法を詠唱していた。


目の前に魔法陣が現れ、そこから何やら奇妙な像が現れる。

オズワルドはそれを手に取ると、直ぐに横たわる彼らの元へと駆け寄った。


「先生! それは……確か伝説レジェンド級の!……」



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これらは装備品や魔道具などの価値基準だ。

そしてオズワルドが取り出した像は、どうやら伝説レジェンド級らしい。

俺も伝説レジェンド級は初めてみた。

一体どういう物なのか?


と言っても、シャオーンの愛刀であった『蛇剣キルギルス』は、伝説レジェンド級もしくは、それ以上のものであるという鑑定師のお墨付きを得てはいるが。


その間にもファントムたちは、一心に王や護衛の腕を刺し続ける。

だが血は出ていない。

切り傷は、俺には見えるものの、表面的には何も起きていないのだ。


〈やめえ!〉


するとその時、どういうことかリーダーのファントムが終了の合図を出した。

俺は特に指示を出していないが……


〈マスター? 大分痛めつけたんだけど? 多分、このままいくとこいつら死んじゃうよ? どうする?〉


どうやらファントムは、精神的ダメージの致死量を計っていたらしい。

有能な“子供”だ。


〈足はダメか?〉


念のため尋ねてみる。


〈場所がダメと言うか、多分、もう痛みに耐えられないと思うんだ? ショックで死んじゃうよ?〉


なるほど。

どうやらこいつらはもう限界らしい。


〈分かった。今回はここまででいい〉


すると俺がそう声をかけた瞬間、先頭のファントムはニコっと微笑み、前触れもなく消えた。

それに続き、他のファントムたちも順に姿を消していく。

突然目の前が寂しくなった。


まさか、『怨霊の痛みファントム・ペイン』がこんな魔法だったとは思わなかった。

“見えるようになった”とか言っていたが、今までもそうだったのだろうか?

俺が見えなかっただけで、今までも目の前にあいつらはいたのだろうか?

例えばアリエスを殺した時も、今みたいに……


するとその時、オズワルドがその像に何やら魔力を込めだした。

そして像は次第に輝き始め、緑色の光を放つ。

まるで像を触媒にしているようだ。

いや、そもそもそういう道具なのだろう。


光は横たわる彼らに降り注いだ。

おそらく治癒効果のある魔法だろう。

ヒーラーではないからだろうか? 

こいつらはわざわざこんな道具を使わないと治癒をほどこせないとは……傑作だな。


普段、ヒーラーは最弱だと馬鹿にしているこいつらは、いざとなると自分を医療することもできない。

大層な魔道具を使わなくては何もできない。

そして、使ったところでこの程度だ。効果も薄い。


まったく、どっちが無能なのか……


その時、タンカを抱えた医療班が到着した。

いつの間に、誰が連絡をいれたのだろうか?

周りの奴らが通報したのか?

まあどちらでもいい。

俺にはもう関係ない。


〈イーヒッヒッヒッヒッ! マスター? こいつらはどうするんだい? このまま殺すかい?〉


老婆が手を止め、俺に判断を仰ぐ。


正直、ここで殺してしまってもいいが、どうせなら疑いを解きたい。

この2人は俺を今も疑っているだろう。

それに周囲にも見ていた奴らはいるはずだ。

だが俺は特に、直接的に手を出してはいない。

もちろんそれは表面的にという意味で、周りの奴らには俺が何かをしたようには見えていないだろうということだ。

何よりこいつらには一度も触れていない。

ならば証言があったところでくつがえせる。


それに誰かが証言したとしてもその前に……いや、それは問題じゃないか。

またその時になったら考えよう。

流石にまた殺すというのも面倒くさいしな。


〈今回はもういい。戻ってくれ〉


〈分かったよ。イーヒッヒッヒッヒッ!〉


〈また呼んどくれ? イーヒッヒッヒッヒッ!〉


すると別れ際に一言添え、2人の老婆は直ぐに消えた。


その間にも、タンカに乗せながらだが、治癒はまだ続いていた。

だがあの様子ではかなり時間がかかるだろう。

どうやら俺の治癒よりもかなり性能が悪いらしい。


「直ぐに医務室へ運ぶのじゃ!」


血相を変えたサブリナとオズワルドは、そのまま医療班と共に去っていった。


去り際、オズワルドが一瞬、俺を睨んでいたような気がしたが……どうでもいい。

睨んで助かるなら睨んでろ。という話だ。


サブリナもオズワルドも、間違いなく俺を疑っているだろう。

おそらく後日呼ばれるな……面倒くさい。

また校長室か。


「ネム、もう大丈夫だ」


俺が声をかけると、不安が残りつつも、ネムは顔を上げた。


「後は任せろ。すべて上手くいく」


直ぐには無理だろう。

ネムは強いが、まだ小さいんだ。


「ネム、しばらくは俺から離れるなよ?」


「はい……なのです」


話せるだけマシか。


「それから2人もな? 俺が試合をしている最中は、俺が分かる場所にいろ」


念のためだ。油断はしない。


俺の味方はこの3人だけなんだ。

なんとしても守って見せる。

俺には魔法がある。最強の魔法が。

後は使い方次第だ。


「ニト……その、彼らは……」


「奴らには死んでもらう。意見は変えない」


「そう……」


トアはまだ納得していない様子だった。


だが俺が決めたことだ。

トアの言い分も分からなくはないが、それを認めることはできない。


その隣でスーフィリアは何か言いたいような様子でこちらを見ていたが……


「ニトさん!」


するとその時、先ほどから近くにいたフランチェスカとドリーが、こちらに駆け寄ってきた。


「一体何があったんですか?! 確かあれは、ユートピィーヤ王とパスカンチン王ではありませんか?!」


まったく物知りな人だ。

いつも何から何まで知っている。


「みたいですね?」


「みたいですね、とは……私には、ニトさんと彼らの間に何かがあったように思えたのですが?……」


フランチェスカは疑問符を浮かべながら、状況の詳細について自身の推測を交えながら尋ねた。

優れた洞察力だ。いや、当然か。

あの状況からして、最初に疑われるのは俺だ。


「誤解ですよ。ところで2人はどうしたんですか? 何故ここへ?」


俺は出来るだけ違和感を与えないように話を逸らしながら2人に尋ねる。

するとフランチェスカは思い出したように答えた。


「ネムさんの試合を拝見しまして、是非! 次週の魔的通信にネムさんの記事を掲載できないかと思いまして……」


なるほど、相変わらず行動が早い。


「見事な試合でしたよ! ニトさんに関わらず、まさか御付のネムさんまでお強いとは!」


ドリーはえらく感心していた。


「俺は別に構いませんが、今は少し待ってくれませんか? 試合の後だからかネムが少し疲れているみたいなんですよ。なので最終的な答えはもう少し待ってください」


まずはネムに聞いてからだ。

それよりもまず、ネムを安心させてやりたい。

同族に関わる酷い言葉があったからだろうか?

ネムの表情が暗い。

もしかすると俺が思っている以上に、見た目の違いはあれど、獣人とは皆一つなのかもしれない。

同族意識が強いとでも言えばいいのだろうか。


「そ、そうですか……分かりました」


フランチェスカは残念そうにしていたが、理解してくれた


「すいません」


「いえ、問題ありません。やはり試合が終わって直ぐというのも失礼でした。急ぎすぎましたね。ではまた明日にでも声をかけさせていただきます」


俺はもう一度「すいません」と、愛想笑いを返す。


フランチェスカは分かっているだろう。

この状況から俺が主犯だと、理解しているはずだ。

だがそれについては尋ねない。

それは俺が直ぐに否定したからだ。

それをどういう風に理解したかは知らないが、少なくとも今は聞くべきではないと理解してくれたのだろう。

あの人はああ見えて口が堅い。

少し聞きたいこともあるし、後日、正直に話そう。


そして2人は軽く会釈し、その場から離れて行った。


「疑われてるな」


「どうするの?」


トアが不安そうに尋ねる。


「別に? どうもしないさ。疑いは疑いだ。証拠はない。それに、仮にあの2人の王が意識を取り戻したとしても、俺が魔法を使ったことを正確に認識できていない以上、どうにもならない。魔法陣も出してないしな? 周りの奴が何かを証言したところで、それは憶測でしかない。何の証拠にもならないさ。否定して終わりだ」


「そう……」


俺がそう言ってもトアの表情は暗いままだ。

どうやら別のことを気にしているらしい。


「あの馬鹿な王が気になるか?」


するとトアは、質問に答えるように尋ねる。


「本当に……彼らを殺す気なの? 別に殺さなくたって!」


「――ああ。殺す」


「……」


「と言っても、それは今じゃない。それに、現状そうだと言うだけの話だ。状況が良くならない限りは殺すってことさ。校長2人に疑われたこの状態は好ましくない。動きづらいからな。何より単純に監視されるのは嫌いなんだよ。あいつらが回復した時、あの2人は必ず奴らから事情を聞くだろう。要はその結果次第ってことだ」


「わたくしは、可能なのでしたら、今すぐにでも殺した方が良いかと思いますが?」


俺の気休めな言い分が気に食わないのだろうか?

スーフィリアが思わしくない表情をしていた。


「スーフィリア……」


「トア? これ以上、ニト様を困らせないでください。ニト様は……あなたの言葉を気にされて、こう仰っているのですよ? それは分かっているでしょう?」


「……」


「個人的には、面倒な者を殺すことに躊躇いは必要ないと、わたくしは思っていますが、トアの考えや世間一般的な道徳や倫理も、わたくしは理解しているつもりです。ですが以前も申しましたが、人は利己的な生き物です。あの2人の王などは特にその典型例でしょう。父もそうでしたから分かります。他人の命など……特に、口ぶりからして獣人の命などは、ゴミのように扱ってきたのでしょう。見ていて分かりました。あの2人が生きているせいで、これまでどれだけの獣人が辱めを受け、そして無残に殺されたか想像に難くありません」


スーフィリアの言い分は最もだ。

だからこそ殺す必要がある。

最も、スーフィリアは獣人のことなど気にしていないだろうがな。

自分で言ったように“理解できる”という程度なのだろう。

そこに同情はない。


「あの2人が死ぬことで救われる命もあるでしょう」


「分かってる……けど……」


それくらい、トアも分かってるはずだ。

トアは単純に、俺に殺しをさせたくないのだろう。


だがそれは、無理な話だ。


「前はシエラがいたもんな? シエラが俺を注意してくれた。だからトアは特に口を挟む必要もなかった。でも今はもういない。だから自分が言わないといけないと、そう思ったんだろ?」


分かってるさ……トアの気持ちは。

俺に……良い人間でいてほしいのだろう。


「だけどな? 英雄なんてのは……ただの、虚像だ」


そうだ……だが仕方ない。


「俺は英雄じゃない。それが本質だ。周りがその時の気分でそう言っただけなんだよ。あの時は襲撃があったばかりで、皆、不安だったんだろう。だから誰かを英雄にして、“もう大丈夫だ”と……そう思いたかったんだ。本当に……利己的だよな? 断りもなしに、俺を勝手に英雄に仕立て上げて。俺はただ、トアやシエラを守っただけだってのに……」


「ニト?……」


まったく……嫌になる。


やっぱり俺は無能なのかもしれないな。

でも、そんなことは最初から分かっていた。

向き不向きがあるんだ。

そんなもの………誰にでもできることじゃない。

誰もが英雄になれる訳じゃないんだ。

そんなことは初めから分かっていた。

それに、改めて気づいた。

こうやってトアに話していて、なんとなく……今、気づいた。


「トア?……」


「ん?……」


だが……それが、俺の本質だ。


「俺はな? “臆病”な人間なんだよ」


「え?」


「人間はな? 皆、どこかしら“臆病”な生き物なんだ。他の種族よりも身体的に弱い部分があるからなのかは知らないが、臆病なんだ。だけどそれを認めたくない。そして皆、天辺に立ちたがる。虐げられることを恐れてるんだ。だからその前に他人を虐げる。俺も……同じだよ」


「そんな! ニトはそんな人じゃ!……「同じだよ……」


俺は……人間だ。

性根しょうねは腐っている。


「だから、英雄にはなれない……」


「……」


トアは何を思うだろうか?


幻滅するだろうか?


だがこれが俺だ。

俺は、俺を受け入れる。そして否定しない。


「英雄ってのは、強い奴がなるもんだろ? 俺は違う、俺には無理だ。最初から……。多少は気持ちのいいものだったが、直ぐに鬱陶しく感じた。そして英雄なんてものにさえ、曲がった見方しかできなかった。救われ、そして安心したいという人の醜い欲望が生み出した産物だと、心の中では卑下していた。俺はそういう奴だ」


「わたくしはそれで良いと思います。英雄とは言わば、弱者にとって都合の良い存在ということです。その称号を言い渡された側にしてみれば、これほど理不尽なことはありません。そうお考えになる方もいるでしょう。何も間違いではないと、わたくしは思います」


スーフィリアは同意するだろう、それは分かっている。

だが問題はトアだ。

トアはそれを聞いて、どう思うのだろうか?

トアは、きっと、俺に英雄でいてほしいはずだ。


「そうよね……私は……あなたに、求めすぎよね? 何もかもを……」


そういうことじゃない。


「それは別にいいんだ。俺は、トアやネムやスーフィリアになら求められてもいいと、そう思えたから、だから一緒にいるんだ。求めることが悪いとは思ってない。だけど、俺が出来ることは限られてる。それだけだ……」


するとその時、また辺りが騒がしくなってきた。

人だかりを見て、人が集まってきたのだろうか?

もう終わった後だと言うのに。


まだ伝えたいことはあるが……


「そろそろ行こうか? 晩餐会の準備もあるし」


また何かが来る前にここを立ち去った方がいいな。

あんな王にまた来られては、死体が増えるだけだ。

今この場で片づけるには、相手が多すぎる上に場所が悪過ぎる。


「トア? 別にトアは今まで通りでいいんだ。俺はトアに、今まで通りのトアを求めてる。だけどそれも無理な話だろ? だけどそれもそれでいいんだ。どちらでもいいんだよ。ずっとそのままなんてことは、きっと、どんなことがあろうと、無理なんだろうし……だから俺はトアに、トアらしいトアを求めてる。だから俺も俺らしくある。それだけのことなんだ。それでいいと思わないか?」


トアは、最初よりも少し表情が戻っていた。

だがそれは決して、晴れたものではない。

それでも、俺に出来るだけ殺しはしてほしくないだろう。

目を見れば分かる。

目を見つめると、その思いが伝わってくる。


トア……



それでも俺は……殺すよ。



俺の世界は穢させない。



穢す者は、殺す。



そこに……後悔はない。




何故ならそれが……




――俺の、信じた道だから。

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