第157話 恵まれた存在
「いやそうじゃない、もっとこう……なんて言うか、宮殿みたいな感じだよ」
俺は今、ダンジョンに来ていた。
そしてヴェルに頼み、ダンジョン内を改造している。
「言ってることは分かるんだけどなぁ……」
このダンジョン内は俺の記憶から出来ている。
つまり、いつでも俺の想像通りに姿を変更できるという訳だ。
「こんな感じか?」
「んんん……まあそれでいい。じゃあ次は別館だ」
「まだやるのかよ? というかマスターがやればいいんじゃねえか? マスターにもできるんだぜ?」
「俺はまだ慣れてないし、ダンジョンのことは主であるお前の方が得意だろ?」
「けどよお? 大元はマスターなんだぜ?」
ヴェルは俺に扱き使われ、うんざりしている様子だった。
学校はすべて消した。
そもそも目障りだったし、汚れたあの校舎は見ていて不快だった。
俺の家は何かと都合がいいこともあり、残している。
基本的にはこれまで通りヴェルの住居だ。
そしてその周辺にあった住宅地なんかもすべて消して、家の近くに宮殿を建てた。
現在、その宮殿に関する細かな部分の修正を行っている。
他はすべて更地な訳だが、何もないというのも不自然だと思い、一応、草原にしておいた。
ダンジョンの中だと言うのに、ここには広大な草原と大空が広がっている。
「じゃあヴェル、後は頼んだぞ?」
「え? もう行くのかよ?」
「そろそろトアたちが起きるからな。それにヴェルと俺は記憶を共有してるんだろ? だったら俺の好みは分かるだろうし、俺がいなくても続きはできるだろ?」
「まあそうだけどよ……」
「ふ……じゃあな」
俺は拗ねるヴェルを横目に、ダンジョンを後にした。
▽
昨日はあれから直ぐに、トアを部屋へ送った。
本人は大丈夫だと言っていたが、俺にはそうは見えなかったし、スーフィリアもネムも心配している様子だったからだ。
一人にするのも心配だったし、それからはつきっきりだった。
と言っても特に手を煩わされるようなことがあったわけじゃない。
トアは普通に話せたし、本人の言うように、その点は大丈夫だったとも言える。
だがそれでも、俺は心配だった。
寮に入り、廊下を進む。
「ん?」
するとそこで、部屋から出てくるトアと鉢合わせた。
「もう起きたのか?」
「また、どこかに行っていたの?」
トアは寝起きだと言うのに、少々疲れている様に見えた。
「ま、まあな、ちょっとダンジョンを掃除してたんだ」
「そう……ちゃんと寝た?」
「大丈夫だ。最近は寝なくてもそこまで疲れなくなったしな」
ここ最近、睡眠というものが不要になってきた。
ずっと寝なくても睡魔も襲ってこない。
以前、3日間くらい起き続けたことがあったが、それでも眠くならなかった。
ただ一応、寝るようにはしている。
習慣からか、寝ないと何となく違和感を覚えるからだ。
と言っても、横になる程度だが。
「そう……」
「体はもう大丈夫なのか? なんだったら今日も部屋にいた方が……」
「大丈夫よ。全然普通だし、会話もできるし、それに……今日はなんだか気分がいいの」
俺の考え過ぎだろうか?
確かに顔色が悪いわけでもない。
疲れているようには見えるが、いつもと同じだ。
それに魔族であるトアに、人間の考え方を押し付けるのも間違っているような気もする。
「皆は?」
「まだ寝てるわ」
「そうか。じゃあ……食堂にでも行くか?」
「少しシャワーを浴びたいの……そろそろ皆も起きるだろうし、それから行くわ」
「……そうか」
少しむず痒い感じがする。
なんだろうか?
何を言っていいのか分からない感じがする。
「ニトも、一緒に入る?」
「はっ!」
するとトアがとんでもないことを言った。
一瞬、聞き間違いかとも思ったが、この距離で間違うはずはない。
「お!……お前!……」
トアは俺が取り乱すと、面白がって笑っていた。
そこにはいつものトアの姿があった。
この笑顔にいつも救われる。
「は! 入るわけないだろ?! からかうなよ!」
「からかってなんかないわ。普通に一緒に入らないか誘っただけよ?」
「……」
なんだろうか?
昨日から違和感を覚える。
トアの様子がおかしい。
いつものトアのはずなのに、なんでか、いつものトアじゃないみたいだ。
「……お前、本当に大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」
「普通だってば!」
その時、急にトアが大きな声を出した。
「ど……どうしたんだよ?」
「別に……」
「やっぱり具合が悪いんじゃ……」
「大丈夫……寝起きで機嫌が悪いだけだから」
そうだっただろうか?
トアはいつも、寝起きは機嫌が良くて、明るかったような気がする。
いや、でもそういうのは日によるのか?
魔族はどうなのだろうか?
……
まあ女性には色々あるからな……
「ごめんなさい……」
すると突然、トアが謝った。
「え?」
トアが何故謝っているのかが、分からない。
俺はそれに対してどう答えていいのか分からない。
感情は感じるが、トアが何を考えているのかが分からない。
「大袈裟だなぁ~……別に気にしてない。そういう時もあるしな」
せっかくだし、本当はトアに少し聞きたいことがあった。
だけど今、あまり聞かない方がいいだろう。
また何かの発作を起こすかもしれないしな。
「一人でも大丈夫か?」
「うん……」
「行動する時は、2人を連れて歩くんだぞ?」
「また、どこか行っちゃうの?」
「ちょっとな。ジークたちに会ってくる。帝国の件で聞きたいことあるんだ」
「そう……」
言葉足らずなトアの返答に、俺はどう反応していいのか分からず、間を空ける怖さから、ただ要件だけを答えた。
「起きたら2人にも言っておいてくれ、それから指輪は常につけておいてほしい。何かあった時は直ぐに分かるから」
「ねえ? ニト……」
すると急にトアが、俺の言葉を置き去りにするように、俺の名を呼んだ。
「私のこと、迷惑に思ってない?」
「迷惑? 俺が? そんな訳ないだろ? それどころか感謝してるくらいさ。俺みたいな奴と、今も一緒にいてくれていることに。なんでそう思うんだ?」
「だって……また帝国に襲われるかもしれないし、今度は魔族だって来るかもしれないし、それは全部……私が原因で……」
「トアのせいじゃないさ。全部俺の責任だ。俺が判断を誤った。帝国にしろ魔族にしろ、そうだ。トアのせいじゃない」
俺がそう言った時、トアはゆっくりと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見た。
「ん?」
「抱きしめて……」
へ?……
突然、トアがそう言った。
俺は内心驚きと恥ずかしさがあったが、男として顔に出す訳にもいかない。
仮面をしておけば良かっただろうか?
俺はトアの潤んだ瞳から目を逸らせず、言われるがままに、トアをそっと抱きしめた。
「早く、戻ってきて」
やはり今日のトアはおかしい。
「あ、ああ……出来るだけそうするよ」
それにしても、俺の精神レベルはいつになったら上がるのか……
俺はゆっくりとトアから離れた。
そしてもう一度、トアの目を見つめた。
「じゃあな……直ぐに戻ってくる」
俺は背後に渦を出し、トアの様子を確かめながら、そう告げた。
――彼は、またどこかへ行ってしまった。
「マサムネ……」
彼の傍にいたい。
でもそれは……
『そうよ、それは偽の愛――』
頭の中で、もう一人の私が囁く。
ずっと私に語りかけてくる。
「違う! 私はマサムネを!……」
『ずるい女ね? 愛してもいないのに、抱きしめてだなんて……』
「そうじゃない! そうじゃないの!」
『じゃあ何が違うのよ? あなたは彼の何を知っているの? 一方的に唇を奪い、そして次は抱きしめてもらい、じゃあ、その次はどうするの? あなたは彼にどこまで望むつもり? 彼にもやることがあるのよ? あなたにばかり構ってはいられない。だけどあなたは分かっているのよね? “彼は私が頼めばなんでもやってくれる”って?』
「そうじゃ……ない……」
『あなたの望みは一つよ。それが済んだら、もう彼には関わらないことね? そして恩を返しなさい。彼の役に立てるように努めなさい。それが、あなたの出来る唯一の償いよ?』
「償い?……」
『だってそうしょ? あなたと出会わなければ、彼はもっと幸せになれたはずよ? 彼にはそれだけの力があるのに、あなたがそれを阻んでいる』
「私が……阻んで……」
私はマサムネを……愛してない?
そんなこと……
「あるわけない……」
――トアは、しばらくの間、そこで一人、立ち尽くしていた。
▽
「今……なんと言った?」
俺は龍の心臓の本部で、黒龍にあることを確かめていた。
「カゲトラだ。知ってるだろ?」
龍の眉間にしわがよる。
――主に『龍の心臓』のことと、帝国のことだ。
「龍殺しのカゲトラ。何百年も前に存在したパーティー、『龍の心臓』のリーダーの名だ」
「龍の……心臓だと?」
その時、俺にそう尋ねたのはジークだった。
その表情からして分かる。
アルフォードとエリザも同じように、その答えを求めているようだった。
つまり、この話を知っているのは、この黒龍だけ。
「父上、一体どういうことですか?! 『龍の心臓』が何百年も前に存在していたなんて、俺は聞いてません! この組織の創設者は父上ではないのですか?!」
すると黒龍は人間サイズに小さくなり、それから頭を抱えたような様子だったが、しばらくすると……
「カゲトラか……懐かしい名だ」
「お前はカゲトラと会っているはずだ。俺の話は後にして、とりあえず先にお前の話を聞きたい」
黒龍はたっぷりとした間を空け、すると答え始めた。
「龍の心臓とは……厳密に言うのであれば、創設したのは我ではない。というよりも、これはとある冒険者パーティーの名だった」
「冒険者?……」
ジークは戸惑っていた。
「うむ、その昔、帝国を滅ぼし帝国からこの大陸を守った5人の冒険者。それが『龍の心臓』だった」
「それは知っている。俺はお前がカゲトラと面識があることも知っている。だが詳細が分からない」
俺は隣でことの詳細を知りたがっているジークを置き去りに話を進める。
「カゲトラは我が唯一認めた人間だ。利己的に生きるのではなく、常に世界の安寧を考えていた。だから我はカゲトラの頼みを聞き入れ、あの大戦に手を貸したのだ」
「手を貸しただと?」
「うむ。厳密に言えば、その昔帝国を滅ぼしたのは、我と当時の『龍の心臓』だ」
なるほど……
道理で皇帝が怒るわけだ。
つまり、あいつの狙いはこの黒龍と、その『龍の心臓』だってことだ。
ついでにこれまで聞けなかったことも聞いておくか?
「カゲトラとは何だ? そいつは何が違った? 俺の知る話では、カゲトラは黒龍さえも寄せ付けないほど最強だったと聞く。まさかそいつも深淵の魔導師だったのか?」
「いや、そうではない」
すると黒龍は一度話しを切り、それから改めた。
「火・水・雷・風・土。カゲトラはこの5つの属性魔法を有していた。故に爆裂魔法を扱うことができたのだ。生物にはそれぞれ固有のマナが宿り、マナは宿主の性質に帰属する。つまり、誰にでも得意不得意があるというわけだ。だがカゲトラは、この5つの属性を等しく扱い、そして優れていた。だからこそ爆裂魔法が生れたのだ」
ん? そう言えば前にもそんな話を聞いたような……
「爆裂魔法は、離れた地点に巨大な爆発を生む強力な魔法だ。故に当時も現在も恐れられている」
「ってことは……」
「そうだ。カゲトラは、――勇者だった」
確かカリファさんがそんなことを言っていた。
カゲトラは勇者だったと。
「だがカゲトラはただの勇者ではない」
「つまりあれか? 勇者であり、深淵使いだったとか?」
「違う、そうではない。申したであろう? あ奴は深淵を有していた訳ではなかったと?」
「ん?……うん。そうだったな。じゃあなんだ?」
最強と聞くとどうしても深淵をイメージしてしまう。
だがカゲトラは深淵とは無縁だと、こいつは最初に言っていたな。
「あ奴は勇者の中でも、特に才に恵まれ魔法に優れた魔導師だった」
「才に恵まれた?」
「そうだ。故にカゲトラは、勇者の最終奥義を扱うことができた。一条やアルフォードに加え、我はこれまで数人の勇者と出会った。だがその者たちは、爆裂魔法を有してはいたが、その魔法に至った者はいなかった。そこに至ったのはただ一人。カゲトラだけだ」
「それで? その最終奥義ってのは、何なんだ?」
本当に、ヒーラーと違って、勇者ってのは恵まれてるよな……
火属性だけじゃなく、さらに4つも属性が使えて、さらに爆裂魔法も使える。
それだけと思いきや、さらにその上があるだと?!
ふざけてやがる………
「それは勇者固有の魔法であり、魔導を突き進みそこに至った者だけが扱うことの出来る魔法」
この龍もふざけてやがる。
さっさと答えてほしいもんだ。
「――天属性魔法だ」
「天属性?」
確かハイルクウェートにあった禁書の中に、そんな題名の本があったような……
「そうだ。カゲトラは、天を支配する魔法を扱えたのだ」
やはり、どこまでいっても勇者とは、恵まれた存在か……
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