第150話 明確な殺意
「何が全力だ! どうせ本気なんか出さねえだろうがああ!」
「……」
あの佐伯が、俺に悔しさを向け、怒っている。
本気を出さないか……そういえばフィシャナティカの校長が、そんなことを言っていたな。
……。
おそらく、あの校長が何か言ったんだろう。
ということは、他にも何かを聞いているに違いない。
あのお優しい校長のことだ、おそらく……
「どういう意味か分かりませんが……私は、これで失礼させていただきます」
「逃げんじゃねえよ! イカサマやろうがああ!」
「ちょっとサエキくん、やめなよ!」
「黙っててくれ、デイビット! これは俺とこいつの問題だ!」
何やら生徒が佐伯を説得している。
にしても『俺とこいつの問題』とは大きくでたものだ。
勘違いも甚だしい。
お前のようなカスと、誰が真面目に取り合うと思う?
足蹴にして丁度いいレベルだ。
「サエキ様! 急にどうしたのですか?! これではニト様に失礼ではありませんか!」
「お前らは黙ってろ! 一々、口を挟むんじゃねえ!」
なんだ、この男と女は? 佐伯の友人か?
ハッハッ……俺をあのダンジョンへ突き落とし、その一方でこいつは何の苦労もなく、学生ライフと友人を築いた訳か……傑作だな、ハッハッハッ……
反吐が出る……
「佐伯!――」
その時、俺の後ろで佐伯を鎮めようとする者の声が聞こえた。
「試合は2日後でしょ? やめなさい……」
振り返ってみると、そこにいたのは河内だった。
まったく……なんだこの茶番は?
俺を誰だと思っている?
お前らのくだらない都合に、一瞬でも付き合わされている俺の身にもなってほしいものだ。
だが佐伯は一向に、引く様子がない。
それどころか、周りに咎められるほど憎悪がましているようだ。
おこがましいにも程がある。
「佐伯くん、珍しく怒ってるじゃないかい?」
次は小泉か……はやり、こいつらは見えていないらしい。
おそらく理解できないのだろう。
未熟、故に。
恩恵とは一体、何だったのか?
勇者召喚された者は、その身に恩恵を宿すのではなかったのか?
俺の魔力すら感じられないほど弱いとはどういうことだ?
予期していたことではあったが、これでは必死に生き抜き、強くなろうとした俺が馬鹿みたいだ。
「いくら節操のない君でも、やっていいことと悪いことの区別はつけるべきじゃないかい? 君の気持はなんとなく分かるけど、だからと言って試合でもない時にその態度はないんじゃないかい? 相手が誰か分かっているのかなぁ?」
「俺に負けといて偉そうにしてんじゃねえよ!」
「確かに僕は君に負けたけど、だからと言って君が偉いわけじゃないんだ。君はもう少し自分を知った方がいいなじゃかい? 未熟で勘違いなガキだってことをさ……」
くだらない……さっさと町にいって、それから酒を飲もう。
俺は入口に向かって歩いた。
「あれ? これがニトかい?」
するとどこからか一人の男が現れた。
そいつが姿を見せた途端、佐伯と小泉の口喧嘩が突然に止んだ。
背後で聞こえていた声が、その男の出現をきっかけに不自然にも止んだのだ。
「佐伯、どうしたんだい? 今日はやけに荒立ってるね? ニトの引き立て役にされたことを根に持ってるのかい?」
なんだ? 佐伯が大人しい。
さっきまで少しでも馬鹿にされると、すかさず口を開いていた、あの佐伯が黙って様子を窺っている。
「京極……」
だが直ぐに、佐伯がその正体を教えてくれた。
京極真也。
確か追加試合の相手だったな。
日本にいた頃、数回みたことがある。
不登校で、よく他校の生徒と問題を起こしていた不良だ。
いつも清ました顔で薄らと笑みを浮かべ、どこか危なっかしい雰囲気を醸し出していた。
だが今、改めて見てみると何も感じない。
俺の何が変わったのかは明確には分からないが、何かが変わったんだろう。
だから恐れを感じない。
人間こうも変わるものだろうか……
「へえ~これが英雄ニトのパーティーかぁ……皆んな、美人だねえ! やあ、御嬢さん! 俺は京極、どうだい? 俺と楽しいことでもしない?」
その時、京極がトアの顎を右手でくいっと上げ、左手でトアの腕を掴んだ。
こいつ……。
憎悪。
一瞬にして、
「――ガハッ!」
右手に伝わってくる、肉の感触。
「ぐっ!……は……はな……せ」
思考が白紙になったように、何も考えられない。
だが明確な憎悪だけはある。
そして……
「離……」
殺意だ……
俺は気づくと京極の首を右手で掴み、そして持ち上げ、壁に亀裂が入るほど押し付けていた。
殺したい、今すぐに殺したい。
殺さなければいけない。
直ぐに殺さなければ。
こいつを今殺さないことは深淵への冒涜だ。
俺はまた深淵を疑うことになる。
故に殺さなければいけない。
「ニト!――」
誰かの声が聞こえた。
それより、どうしてやろうか?
とりあえず、トアに触れたこの2本の腕でも消しておくか?
それから二度と何も見られないように、この目をくりぬいてやろうか?
そして汚いこの口をどうするかだが……舌を引き抜いてやろう。
拷問してやろうか? それもいい!
深淵に忠実に、そして今、俺が一番やりたい殺し方はなんだ?
欲が欲を邪魔して明確な答えがでない。
俺は気づくと左腕を京極の腕にかざしていた。
考える必要はない。
思うがままにすればいい。
ただ殺すのみだ。
「まずは腕……」
俺は京極の首を固定し、動けないように力を込めた。
「グァ……ハッ!……」
「【|侵蝕の《ディスパレイズ……「ニト! やめてえ!――」
その時、背後で声がした。
さっきも聞こえたような気がしたが、今回ははっきりと聞こえた。
――トアの声だ。
振り向くと、そこには悲しそうな顔をしたトアの姿があった。
俺は徐々に冷静さを取り戻していく感覚を覚えた。
頭に昇った血が引いていく。
すると徐々に周りが見えてきた。
客席横の出入り口にある壁に亀裂が入り、崩れそうになっている。
いつの間にこんなことになっていたのか?
どうやらまた暴走してしまったらしい。
俺の怒りに魔力が呼応し、すると外に漏れだす。
それが周囲に影響を与え、侵蝕の魔法を使っていないのにも関わらず侵すのだ。
「ニト、その人を離してあげて? 私は、大丈夫だから」
「……」
離す……だと?
だがこいつは今、汚い手でトアを触った。
そして俺を愚弄し、トアを……
だが……
冷静にならなくては――
「ああ……分かった。すまない……」
俺は京極を客席の方へぶん投げた。
「ニト!」
それをまた、トアが咎める。
「悪い、手が滑った……」
実際のところ、本当に手が滑ったのだ。
もう傷つける気もなかったのだが、気づくと放り投げていた。
物足りない……まったくこの怒りの開放できていない。
これではストレスが溜まってしまうな~
だが……仕方ないか、ここは学校なのだから。
辺りは静まり返っていた。
佐伯を咎めていた河内も、佐伯をからかっていた小泉も、そして佐伯も、皆、俺を見て静止している。
まるでマネキンのようだ。
動かない、意思のない、ただの人形。
一瞬そんな風に見えた。
ポカーンと口を開け、間抜けな面で俺を見るこいつら全員が、マネキンに見えたのだ。
「ご主人様……目が紅いのです……」
その時、ネムが教えてくれた。
眼が紅くなっているということは、俺がそれだけ自分の深淵に忠実になっているということだ。
ならばここで引き下がるわけには行かない。
それではやはり、また深淵を疑うことになってしまう。
いや、疑いよりも酷いか?
深淵に背くということになってしまう。
「佐伯さんでしたか?」
俺は顔を背けたまま、問いかけた。
俺が尋ねると、佐伯はピクッと反応だけを見せた。
一瞬、恐怖を感じとった。
そして佐伯は、少し後ずさりした。
「対校戦ではお互いベストを尽くしましょう。私は勇者召喚により恩恵を受けた方というのが、果たしてどれほどの力を持っているのか……それが知りたい」
「――――」
「ただそれはそれとして、一つ忠告しておきましょう?」
俺は佐伯の顔に視線を向け、睨むわけでもなく、ただ意味のない視線を送った。
だが佐伯の表情は引き攣っている。
そこからは明らかな恐怖を感じた。
そして佐伯は口を開かず、俺がたっぷりとした間を空けても何も言ってこない。
口を開けば殺されるとでも思っているのだろうか?
「冒険者というのは、常に死を覚悟した先にある孤独と共に旅をしています。そのせいか、どんな者も少々気が荒い。私のようなものは英雄という名誉もあってか、他の者と比べるとまだ寛大だ。ですが勘違いしないでいただきたい」
少々、威嚇しておこう。
俺は最後の一言を言う前に、怒りを頂点まで爆発させた。
つまり魔力の開放だ。
その瞬間、辺りに衝撃波が走り、地面と壁に亀裂が入る。
周りにいた生徒たちは、体をもっていかれないように、悲鳴を上げながら必死に足で体を支えた。
中にはしゃがみこみ、腕と脚、両方を使って支える者もいた。
河内、小泉、佐伯……ん? よく見れば木田もいるじゃないか?
ここから見えるのはそいつらだけだ。
いや……影に小鳥がいる。
その後ろにいるのは確か……
高飛車な柊に対して、加藤は気と声の小さい大人しい奴だった。
柊は金に物を言わせた権力者のような奴だった。
実際、家は金持ちだったようだ。こいつにもよく馬鹿にされた。
掃除や日直の仕事は、すべて人任せなこの女は、毎回俺に押し付けてきた。
それにしても俺もよく覚えているもんだ。
こんな思い出したくもないことを……
俺はもう一度佐伯に目を向け、それから最後の一言を告げる。
「――ここが学校ではなく、例えばただの草原や荒原だったなら、先ほどの一言であなたは死んでいましたよ? 冒険者には相手を見逃す理由がない。敵意を向けた者は素早く殺しておくに限る。生かす理由はありませんからね?」
こんなところで良いだろう、こいつは俺が本気で言っていることを分かっているはずだ。
それにしても殺せないことがここまで煩わしいものだとは思わなかった。
体に毒だ。
深淵に行動で背いている訳だからな。
だがそれでも俺は自身を持って深淵に背いていないと言える。
何故なら俺にはこの学生ライフと、トアやネムやスーフィリアも大事だからだ。
こいつらのためなら、殺したいという気持ちと同じくらい、今は殺したくないと思える。
「と、まあそんなことを言ってみたりもしましたが! 皆さん!」
俺は腕を広げ、全員の顔が見えるところまで進みながら、流れを断ち切り演説を行う。
「私などのためにここへお集まりくださり! 誠にありがとうございます! まさかフィシャナティカの学生である皆さんが私のことを知ってくださっているとは、思いもしませんでした! この場で何かをお返しできるものはないかと考えていましたが、それについてはやはり試合しかないでしょう! ですので皆さん、次は対校戦でお会いしましょう! 必ずや興奮と感動に満ちた、白熱の戦いを! ここにおられます佐伯さんと共に繰り広げて見せます! では!――」
俺は演説を終わらせ直ぐにトアたちの方へ歩き出し、その場を後にする。
すると遅れてきたように、歓声が聞こえてきた。
――大歓声だ。
俺を呼ぶ声が聞こえる。
『存在』とは実にすばらしいものだ。
いや、単純にあそこにいた生徒たちが馬鹿なだけか?
どちらにしろ都合がいい。
俺たち4人は歓声に見送れらながら、外からの木漏れ日に照らされ、ひんやりとした静けさのある通路を真っ直ぐに歩いた。
「ニト……その、あの人は……」
「ああ、あれが佐伯だ。俺を馬鹿にしていた主犯格だよ」
俺はトアの問いに、迷うことなく即答した。
3人には知っておいてほしい気持ちがあったからだ。
俺が何故怒り、そして何に怒っているのか?
そして誰が怒らせているのか?
俺の怒りの原因や、俺の苦痛を知っておいてほしい。
何度もペラペラと話す気もないが、心のよりどころは必要だ。
「ご主人様は、あの者と戦うのですか?」
「ああ」
「殺すのですか?」
「殺しはしないさ。ここでそんなことをしたら退学になっちゃうだろ? そうなるようなことだけは、俺はしない。もう復讐だけじゃないからな」
ネムは俺が殺さないというと、よく安心したように微笑む。
……。
確かに罪悪感はある。
ネム、トア、そしてスーフィリアや……シエラに対して、嘘をつくことになってしまう。
だから常に迷いはある。
あの時、もう迷わないと言った俺の意志は、今も同じだ。
俺はもう迷うつもりはないし、そうなりはしないだろう。
だが皆はどう思うだろうか?
もしかしたら失望して、流石に見放されるんじゃないだろうか?
トアとネムは、あの時以来、グレイベルクでの一件を聞いてこない。
時折フランチェスカの話に『グレイベルク』という言葉を出てくると、まるで俺から目を背けるように、顔を伏せるのだ。
誰も望んでいないことは分かってる。
だが、ならば……俺はいつまでこの感情を背負って生きればいい?
行き場のないこの感情を背負い、いつまで苦しめないいんだ?
迷わず実行すれば、もうあの日々を思い出さずに済むような気がする。
いや……きっとそうなるはずだ。
それに、いつかは皆も分かってくれるはずだ。
分かってくれるはず。
……分かってほしい。
「しばらくは、学生のままでいたいな……」
俺がそう言った時、後ろから誰かが走ってくるような靴音がした。
その音に最初、トアが気づいた。
「――政宗くん!」
全身に血の気が引いた。
誰だ……。
トアやネム、スーフィリアではない。
ゆっくりと振り向く間に、俺はその声が『勇者』の中の誰かであることに、少しずつ気づいていく。
振り返ったと同時に、正体に気づいた。
――西城 小鳥。
そこには俺の幼馴染である、小鳥の姿があった。
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