第三章:【魔法学校対校試合】

第29~148話 学院大転移!

 ハイルクウェートに戻ってきた俺は、対校戦までの時間を適当に潰していた。

魔法学校の学生とは実に喜楽でいい。

日本にいたころとは大違いだ。

ここには中間テストも何もない。

俺は常に自由。

起きたい時に起き、寝たい時に寝る。

もちろん消灯時間は決まっているが、“夢遊病”なので仕方がない。


あれからまた禁忌の部屋に入った。

次はヒーラーについての勉強がしたくなったからだ。

最弱であれ何であれ、俺は異常で規格外なのだから、多少は他のヒーラー共とは違った魔法が使えるはずだ。

そんな理由から、あの部屋に遊び行っている。

おかげでいくつかそれらしい魔法を見つけた。

攻撃魔法ではないが、近々、新たにヒーラーの魔法を習得できそうだ。

レベル経由の習得ではないためまた理屈が違うが、どうやらこの世界では書物を通して習得する方が一般的らしい。

ところで人を癒す魔法なのだから禁術にする必要もないはずだ。

何故それらの本があの部屋にあるのか?


俺は寝起きの頭でそんなことを考えながら、先に食堂へ来ていたトアたちと合流した。


「遅いわよ。何してたの?」


「何って? 寝てたんだよ」


「ニトさん、おはようございます」


するとそこに魔的通信のフランチェスカとドリーが座っていた。


「珍しいですね? こんな朝早くから食堂にいるなんて」


俺は隣に座った。


「少し面白い情報が手に入りまして、今週の記事にも掲載されていますが、ご本人に直接確かめようと思いまして」


スーフィリアが傍で魔的通信を読んでいる。

表紙には『王の盾! ジェイド・ギュゲス!』とあった。

つまり、そういうことか。


「もうフランチェスカさんの耳に入っているなんて、早いですね」


「いえ。これは私が取材したものではありませんが、どうやら帝国に“ニト”が現れたそうなんです」


その言葉に俺は思わず口を紡ぎ、3秒ほど凝視してしまった。


「お喋りな奴ですね……」


「詳細は分かりませんが、『子供が大人の話に入ってくるな。ニトにそう伝えろ』と言っていたそうです」


「ハッハッハッ! そうですか……思ったより効いてるみたいで安心しましたよ」


「ということは……本当なんですか?」


「はい、別に隠すつもりはありません。フランチェスカさんに聞いた話を本人に確かめるつもりでしたけど、結局なにも分かりませんでした。そうだ! なら俺も面白いことを教えてあげますよ」


「面白いことですか?」


「はい、奴の狙いは『龍の心臓』です。フランチェスカさんは『龍の心臓』についてはご存じでですよね?」


「もちろんです。確か権力を悪用した王族や貴族を対象に、暗殺を行う組織ですね」


「ああそっちの『龍の心臓』じゃありません。何百年も前にいた『龍の心臓』の方ですよ」


俺がそう言うと、フランチェスカはまるで俺の言葉の意味が分かっていないような反応を示した。


「なるほど……つまり知らないわけですか」


どうやら『龍の心臓』とは、俺が考えている以上に周知されたものではないらしい。

あいつの言っていた通り、“抹消”されているわけか。


「あの……一体なんの話でしょうか? 非常に興味深いことのように思うのですが……」


隠す必要もないな。

俺はゼファーたち『龍の心臓』についてのすべてを話した。

過去に実在したこと。

そして当時の帝国を滅ぼしたのが彼らであること。

そして『龍の心臓』と呼ばれ出したきっかけが、黒龍との一件にあったこと。

当時彼らはダンジョンを攻略し、伝説のパーティー、英雄と呼ばれていたこともだ。

ゼファーやカリファさんが今も生きていることは、話していない。

その5人はある日を境に、行方不明となった。ということにしておいた。


「それは、何と言いますか、真実だとすれば大変なことです」


フランチェスカは動揺しているようだった。


「俺が言ったと書いてもらって構いません。そっちの方が信憑性も増すでしょうし」


「それは、有難いことではありますが」


 トアが横から、


「この、宗教団体ってなんですか?」


 トアが言っているのは、魔的通信の記事のことだ。隅の方に小さく掲載されている。


「ああそれは急に現れた『慈者の血脈』という名の小さな慈善事業団体のことですよ。同僚に、その手のスクープが好物の記者がいまして、その記事もどうやら彼が調べているそうです」


「アンク・アマデウス?」


 記事にそう名前が出ていた。


「創設者の名前のようです。私も直接聞いたわけではありませんが、『生命の神』として崇めてられているんだとか」


「ニト様の仮面がブームのようです」


 スーフィリアが言った。


「ブーム?」


 記事を覗き込む。そこに『ニトのお面、各地でブーム!』と見出しがあり、愚者の面を着けた子供たちの写真が掲載されていた。


「流石、ニト様です。子供たちにも大人気だとは」


 片言だった。

 ニュースの下には、『ニト効果? 今、ヒーラーが熱い!』とあった。

 俺の知らないところで、俺の存在が浸透しているらしい。


「ニトさんに興味深い話も聞けたことですし、私はこれで失礼します」


するとフランチェスカとドリーが席を立った。


「好きなように書いてください」


「……分かりました。お言葉に甘えてそうさせていただきます」


そう言うと彼女は無邪気な笑みを浮かべながら、ドリーと共に去って行った。


「ねえニト、そろそろよね?」


「ん? 何がだ?」


トアが突然にそう言った。

するとその時、まるで答えを知らせるようにアナウンスが鳴る。


――“『ただいまより、フィシャナティカ魔法魔術学校、代表者の発表を行います』


トアに視線を送ると、「これのことよ」と呆れた顔をしていた。

そういえば掲示板に張り出してあったな。


――“『1位 ティム・ロイド……2位 ジョアンナ・ハリス……』”


「1位がネムの相手だよな? 確か……」


対校戦はシャッフルも何もなく、代表としての順位がそのまま対校戦にも使われる。


「はい、なのです」


ただのアナウンスだというのに、ネムは少し緊張気味だ。


――“『そして……』”


「次がニトの相手よね?」


「ああ、そうだな」


トアが尋ねる。

1位と2位は知らない奴だった。

俺の予想では、佐伯か木田……もしくは小泉あたりがくるだろうと思っていたんだが……


――“『3位 ケンタ・サエキ……』”


――――。


「ケンタ、サエキって……なんだがニトの名前に似てない?」


トアがその名に反応し、俺に確かめてきた。


佐伯……


俺の大戦相手が……佐伯。


「ニト?……」


「あ! ああ……そうだな、似てるかもな」


「ご主人様、目が紅いのです……」


すると隣にいたネムが、心配そうにそう言った。

俺は直ぐに手で顔を隠し、それから仮面をつけた。


「もしかして……勇者の?……」


トアの鋭い問いが突き刺さる。


「フィシャナティカには19名の勇者がいるという話ですし、ニト様の反応からして、かつてのご友人ということで間違いないでしょう」


と、一方で、勝手な推理をするスーフィリア。

だが的確だ。


「ニト……まさか……最初から、これが狙いで、立候補したの?……」


そう言ったトアの中には俺への疑いがあった。


「ふ……シエラが知ったら起こるだろうな……」


「ニト……」


ネムはしょんぼりしていた。


「――何もしないさ」


それだけは言っておきたい。

それだけは3人に言っておかないといけない。


――“『続きまして追加試合の代表者を発表します』”


アナウンスと俺たちの会話が重なる。


「だがな……すべてにおいて、あいつらが名誉を得ることはない。それは俺が許さない」


――“『代表者 シンヤ・キョウゴク……』”


また勇者か……にしても京極? そんな奴も一緒に召喚されていたのか?

確か、不登校の不良だった気がするが……


あの時はアリエスとの問答に必死で周りを見てなかった。

河内や小泉の顔は見えたから知っている。後は小鳥か?

だがそれ以外に、誰があの召喚に巻き込まれたのか……


するとそこで、アナウンスは終わった。

代表者の名前は掲示板にも張り出されるらしい。


「最後の人も、知り合い?」


「いや、名前からして俺と同じ勇者だあろうが、よくは知らない」


「名誉って……どういう意味?」


トアが俺の目的を、心意を探っている。

そこにはやはり疑心があった。


「殺さないと、そう言いたかっただけだ。俺はあいつらを殺さない。もう復讐は終わりだ。それだけは安心してくれていい。だが何があろうと名誉は与えない。英雄になっていいのは俺だけだ」


トアはまるで俺の言葉など聞いていないかのように、俺の目を真っ直ぐ見つめた。


「そう……」


それは納得した者の返事ではない。


「ちょっと確かめるだけだ。どの程度強くなったのかを……。俺はこの世界に来て早々、追放された。馬鹿にされながらな……そんな俺を馬鹿にしたあいつらが、一体どれほど強くなっているのか、それくらい気にしても罰は当たらないだろう?」


「罰?」


「ん? なんだ? この世界にはそういう考え方はないのか? 要は咎められる理由はないと言ってるんだ。もちろんあいつらは俺より強くなっているだろう。何よりあいつらは俺と違って、“本物の勇者”なんだからなぁ? 俺もこれから強くならないといけない。ちょっと稽古でもつけてもらうっていう、その程度のことだ」


「ニト? あなたは分かって――」


「――分かってるさ……俺はまともだ」


トアは俺の何を疑っているのだろうか?

これくらいしてもいいじゃないか?

何故やり返したらいけないんだ?


「俺は真面目だ。ふざけてるわけじゃない。だがこの生活を壊すようなこともしない。欲しいものは全部手に入れる……」


「……私は、あなたを軽蔑したりしない。だって……信じてるもの」


「ホントか?」


「え?」


「本当に信じてるのか?」


するとトアは目を背け、そして、また俺の目をもう一度見つめなおした。


「私はあなたを信じてる。あの時、あなたが私の前に現れた……あの時から」


「ニト様。わたくしはニト様がどのような決断をしようとも、死の底までついていく所存です」


「ネムも……なのです」


トアの感情を読み取ってみる。

だがそこには俺の思っていたような、疑心や軽蔑はない。

トアは嘘をついていない。

だが何かを心配しているようだ。


この能力は不完全で、例えば嬉しいだとか楽しいだとか、そういったポジティブな感情は読み取りずらい。

むしろ、はっきり言って見えないと言っていいかもしれない。

だが一方で、悲しみや苦しみ、殺意のようなものは如実に、些細なものまで感じることができる。


「トア、心配しなくていい。もう何かを意味もなく壊したりはしないから」


――“『ただいまから、転移魔法を行います』”


その時、またアナウンスが聞こえた。

どうやら声の主は校長らしい。


「なんだ?」


俺がそう言うと、またトアの『呆れ』を感じた。


「この間、先生が言ってたでしょ? 対校戦の2日前に学校ごと転移するって?」


「は? どこに?」


「フィシャナティカの隣によ!」


なんだそれ? 聞いてないぞ?


「隣にって……まさかこの学院ごとか?!」


「そうよ?」


「じゃあカタールに行けなくなるじゃないか?」


「カタール?……用事でもあるの?」


「いや、別にないけど」


別にないが、直ぐ近くに酒場くらい欲しいじゃないか。

ここは異世界なのだから。


「はぁ……学院は転移するけど、跡地にはちゃんと“玄関”は置いていくから、いつでも自由に出入りできるって、そう先生が言ってたでしょ?」


つまりトアが言っているのは、大扉は残してあるから、遠く離れていても出入りについては、いつでも自由に距離に関係なく行えるというわけだ。


……あ。


そういえば一条がハイルクウェートに来るとか言ってたなぁ……

だったらむしろおかしな魔法は設置しないで、大扉ごと持っていってほしかった。

だがそういう訳にもいかないか……

一瞬、一条を阻害できると思ったのだが、これでは結局一条が来てしまう。


ところであいつの目的は何だろうか?

ちゃんと聞いておくんだったな……

まさか佐伯たちに会うわけじゃないだろうな?

これでは召喚された2-3の生徒が、1ヵ所に集結してしまう。


――『では転移を行います』


 アナウンスと同時に重い浮遊感が襲った。

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