第28話 別れ道
「何かやるならちゃんと説明してからにしてよ?」
ラズハウセンに戻り、俺たちはシエラに連れられ王城の大廊下を歩いていた。
というのも、アーノルドさんとの謁見を頼んだのだが、どうやら、王は俺との謁見を簡単に許してくれたらしい。
流石、パトリックの父親だ。
いや……パトリック以上に心の広い人間と言える。
「それで? どういうことか説明してくれないの?」
「別に大したことじゃない。少し帝国の皇帝と話をしてきた。それだけのことだ」
「なっ!」
俺がそう言うと、トアとシエラが同時に目を見開き驚いた。
「皇帝と……話……ですか?」
「ああ、皇帝というだけあって、少々鬱陶しい奴だったが……」
痛感した。
流石に皇帝だった。
俺の実力じゃあ、あのくらいが限界だった。
武力で一方的に抑えるのは容易い。
だがそれでは獣族が虐げられたままだ。
フランチェスカの情報では、帝国は獣国ネイツャート・カタルリアを支配下においているということだ。
力のあるものから優先的に拉致し、連れ去った者たちで軍隊を作っているらしい。
だがそれだけでは、獣国が支配される理由としては不十分だ。
何か大きなパーツが欠けているような気がする。
だからこそ安易に滅ぼすこともできない。
それも確かめたかったが、あの様子では教える気もないだろう。
それに、何となくだがそれについては予想がつく。
だが確かなことは直接、獣国に訪れてから確かめることにしよう。
俺はこれらの情報をフランチェスカから、自分が21名の勇者の1人であるという情報と引き換えに得た。
そして互いに情報元の開示をしないことと、飽くまで個人の趣味に留めることを条件に。
「それは……一体どういうことですか?」
「疑わないのか? 皇帝と話したって言ったんだぞ?」
「ええ、まあ……嘘をついているようには見えませんから」
シエラが俺を疑っている様子はない。
にしても、もう少し疑ってもいいと思うんだが……何より、俺は皇帝と話したと言ったんだから。
「なるほどね……そういうことだったの」
トアも疑うどころか納得している。
まあこの世界にも“電話”はあるんだ。
遠く離れた人物と話をしたところで、珍しいことでもないか。
魔法の仕組みについてはもう話した。
一応オブラートには包んだが。
《
そして相手の精神、そして意識を支配する。
だが何故、俺が遠く離れた場所にいる、『紫の魔女』に乗り移れたのか?
――それは『黒い指輪』だ。
トアやネム、スーフィリアに渡した金の指輪は特別性だ。
それとは別に俺は、念話が可能な『黒い指輪』を大量に作った。もしものためだ。
そして俺の“指輪”については仮面と一体化している。
つまり俺はこの仮面を通じて、この指輪の所有者の正確な位置、そして念話が可能となる。
つまり俺はあの時、魔女に埋め込んだ指輪から魔女が帝国らしき場所に到着したことを把握し、その指輪を触媒に『
「ああ、詳しい話は機会があれば、謁見の最中にでも話すよ」
そして俺たちは、王座の広間へとやってきた。
アーノルドさんは俺を見つけると、笑顔で迎えてくれた。
だがその表情には少しやつれた様子が窺える。
戦争の件が色々と重荷になっているのだろうか?
「久しいな、ニト」
「お久しぶりです」
「学校はどうだ? 楽しいか?」
「はい、少々パトリックに振り回されがちですが、それなりに……」
するとアーノルドさんはキョトンとした表情の後、嬉しそうに笑った。
「ハッハッハッ! そうかそうか! 私の息子と面識ができたのだな? それは何よりだ!」
「息子がいるなら先に教えておいてくれても良かったじゃないですか?」
「ハッハッ、知らぬ方が楽しかろう? それに、自国の英雄を王子が放っておくわけがない。私は見てみたかったのだ、息子とお主がどうなるのかを……息子が英雄を前に、どうするのかを……」
この人なり、何か思うことがあったんだろう。
初めて会った時、パトリックは昔の俺そっくりだった。
自信がなく、そしてネガティブ。
だが一つ違うのは、常に力を求めていたことだ。
俺が力を求め出したのは、この世界に来てからだしな。
「ところで、今日は何の用で参ったのだ?」
「シエラのことです。こいつは俺たちとの旅をやめ、この国に残る気でいる。それを王として、あなたはどう考えているんですか? それでいいと思っているんですか?」
するとアーノルドさんは悩ましい顔をし、答えを渋った。
そこからは、まるでまだ答えが出ていないような……そして、答えを求めているような感じがした。
「シエラよ、お主はどうするつもりだ? お主をニトの旅に同行させることは、ヒルダの願いであった。そしてこの国が襲われて以降、ヒルダはよりその思いを強め、私にお主の旅を許すようにと嘆願してきた。つまりヒルダは最初から覚悟していたのだ」
「それは……死を覚悟していたということですか?」
シエラの中から悲しみと怒りを感じる。
「死を覚悟していたわけではない。だがもちろん、襲撃は予想できたことではあった。だが考えが及ばなかったのだ。あれほど早く、2度目の襲撃があるとは、私も思わなかった。だがお主が気にすべきはそんなことではない。考えるべきはヒルダがお主の幸せを願い、お主を旅立たせようとしたことだ。その意味を……願いを、もう一度考えよ。あとはお主に任せる。もうこれ以上は言わん」
するとシエラは一礼した。
王はそれ以上、何も言わない。
そしてシエラからは、戸惑いも悩みを感じなかった。
これ以上は何の意味もないか……
「分かりました。では次に戦争の件について聞いておきたいんですが、アーノルドさんは、帝国と戦争をされるおつもりですか?」
「……私は戦争に反対だ。だがラインハルトを筆頭に、この国の殆どの騎士や兵は、帝国との戦争を望んでいる。そして、そこにおるシエラもだ」
「なるほど……帝国の目的は何ですか?」
とりあえず知りたいことだけを聞いてとっと帰ろう。
「分からない……だからこそ余計に手を出すべきではないのだ。何も分からぬ状態で戦争など、それこそ相手の思う壺だろう」
つまり現状、王以外のものが戦争賛成派という訳か……。
皇帝の口ぶりからして、狙いは『龍の心臓』か?
だが分からない。
結論を出すには情報が少なすぎる。
“生ける屍”を殺すために、こんな大がかりな戦争を企んでいるとも思えない。
それに、戦争がその目的と直結する意味を証明できない。
そう考えると、帝国の目的はもっと別にあるということになる。
では奴らの狙いはなんだ?
俺には関係ないが、せめて助言だけでも……
「ニト、先ほど帝国の皇帝と話をしたということですが、帝国は何と言っていたのですか?」
「――なっ! 帝国だと!? それは本当か?!」
その時、シエラの言葉にアーノルドさんが耳を疑った。
「はい、軽い雑談をしただけですけどね。皇帝とは別件で話をしました。そのついでに少し探りもいれてみましたけど……狙いは分かりませんでした」
「そ……そうか……それは、残念だ」
安易な情報は余計に混乱させるだけだろう。
結論を出すにはまず、いくつか確かめる必要がある。
獣国へ行くこと、それから創設者であるあの黒龍に直接、話を聞くことだ。
それに獣国へはオリバー・ジョーの件で尋ねる予定もあった。
一石二鳥だ。
ところでオリバーのことだが、一応アーノルドさんに話すべきだろうか?
だがどう話せばいい?
“肉体は失いましたけど、生きてます”とでも言えばいいか?
それでは訳が分からない。
これも生き返らせるまでは、伏せておこう。
「話はこれで全部です。それでは俺は旅を続けます」
俺は軽く一礼した。
「うむ、分かった。パトリックをよろしく頼む」
「いえ、あいつは俺がいなくても、もう大丈夫ですよ。最初は頼りない奴でしたけど、今はもう……」
力を手にし、自信も手に入れたパトリックに支えはもう必要ない。
俺には俺のやるべきことがある。
アーノルドさんはその答えに、薄らと笑みを浮かべ、静かに「そうか……」とだけ答えた。
そして俺は王座の広間を後にする。
※
「シエラ……おそらくだが、しばらくはもう会うこともないだろう。今は学生だが、一度旅に出たらしばらくはここには来ないしな」
大扉の前で、俺はシエラにそう告げた。
「シエラ?……シエラはネムたちとは来ないのですか?」
するとネムが悲しそうに、そう尋ねる。
「ネム? 私には私のやるべきことがあるのです。マサムネを……ニトをよろしくお願いしますね?」
「はい……なのです」
ネムの尻尾は悲しそうに、下に項垂れていた。
「スーフィリア王女、ニトを頼みますね?」
「ご安心ください。わたくしはニト様を命に代えても、最終的にはお守りします」
よく分からない言い分だが、スーフィリアはいつもの作り笑いで答えた。
そういえば、シエラは一目見た時から、スーフィリアが王女だと気づいた。
他の連中はどうなのだろうか?
「大丈夫ですよ? ニト――」
「ん?」
俺が考えていると、シエラがそう言った。
「スーフィリア王女については私の場合、以前アルテミアスに訪れた際にお見かけしたことがありましたので知っていましたが、基本的にスーフィリア王女は姿を見せないことで有名でしたし、魔的通信のフランチェスカ殿でもなければ、それほど知られていないはずです。顔から素性が暴かれる心配は特にないかと思われます」
「なるほど……そうか。分かった」
そもそも王女というものの知名度が分からなかったこともあり、シエラが知っているという事実だけを判断材料にしていたが、気にする必要もなかったらしい。
「トア、ニトをお願いします」
今思ったが、俺はどれほど信用されていなかったのだろうか?
シエラは何をお願いしているのんだろうか?
するとシエラは最後に俺を見た。
「ニト、今の私が言えることではありませんが、私の思いは以前と変わっていません」
「ん?」
「あなたには力があります。だからこそ身の振り方は他の者以上に考えなかえればいけません……」
シエラは真っ直ぐ俺の目を見つめそういった。
これは以前にも言われたことだ。
そして俺はその時もこう答えた。
「シエラ? 俺は後悔していない。結局、俺にとってそれが必要なことだったと、今ならあの時以上にそれが分かる。だが後悔していることがあるとすれば、それは殺し方だ……」
俺は後悔していない。
シエラは俺の言葉を理解していないだろう。
だがもう深くは尋ねるつもりもないらしい。
「……その左眼については教えてくれないのですね?」
「大したことじゃない、なに……これは俺が正直になった時に現れる印だ。それだけ俺が嘘をついていないと考えてくれればいい」
「……そうですか」
「ああ。じゃあな……シエラ……」
俺はシエラに背を向けた。
そしてそれ以上はないも言わずに、ただ足を進めた。
ネム、スーフィリアそしてトアが順について来る。
――後悔は結論、何も生み出さない。
俺はそこから逃れようと、何かを生み出そうとしたが、結局のところ後悔は後悔として残り続けている。
後悔はさらなる後悔を生み、悪い方へと循環するだけだ。
ヒルダさん……すいません。
無理やりにでも連れて行くべきだろうか?
戦争は墓場だ。
俺にとっては何でもない集いの場所。広大な遊具とでも言えばいいだろう。
だがシエラにとっては戦地だ。
あいつは死を覚悟しているのだろうか?
戦争が始まれば、命などいくつあっても足りないはず。
そういうもんだろう?
俺の選択は間違っているのだろうか?
「シエラ? 念のため……指輪を持っておかないか? 念話の出来る指輪なんだけど……」
俺は振り返り、そう尋ねた。
だが苦笑いをする俺に、シエラは即答する
「気にしないください。これは、私が決めたことですから」
ダンジョンを抜け、初めて俺に、普通に接してくれたのはシエラだった。
金のない俺たち2人を家に泊めてくれたのもシエラだ。
ギルドに案内してくれたのも。
ヨワスタインを教えてくれたのも。
「そうか」
仮面を装着した。
シエラも含めて、みんなで一緒に旅がしたかった。
色々なものに触れて、みんなで成長して、それから……。
そんな簡単なことができない。
「シエラ。俺はお前の味方だ」
それしか言えることがなかった。
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