第14話 不協和音

 今ここに、パトリックとアリスの試合が始まっていた。


「少しはやるようになりましたわね?」


アリスは得意の水魔法を繰り出した。

一方パトリックは、火の壁を作りアリスの魔法をすべて防ぐ。

そしてその表情には以前のパトリックからは、考えられない余裕が見えた。


「それが精霊の力ですか、流石ですわね?」


「俺の力だ……」


「ふふっ……そういう意味で申したのですよ? まさか精霊に頼ったことを悔いておられるのですか? 大した決意ですわね?」


パトリックは気を荒げることもなく、アリスに鋭い眼差しを送った。


「挑発しても無駄だ。俺は悔いてはいないし、恥だとも思っていない。この力は宿って以降、使えるようになるまで困難を極めた。そして今も殆ど使えない状態だ。だから俺の中には努力をして手に入れたという確信がある。アリス? 君にこの『確信』は折れない」


するとアリスは構えた。


「いいでしょう。では、その『確信』とやらを疑いに変えてさしあげましょう。そして別の確信を与えてさしあげましょう。『ズル』をしたという、確信に――」


アリスがそう言い終えた瞬間、パトリックの正面にあった火の盾が、アリスに向かって迫った。

火はうねりを上げ、まるで踊るように地を這いながら、真っ直ぐにアリスへ近づいていく。


「確かにこの間よりは、まともに見えますわ。ですが遅いですわよ?」


するとアリスは魔法を使わず、地面を駆けた。

逃げるアリスを追尾する炎。

だがアリスはひたすら走った。

そしてその表情には、笑顔という余裕が見えた。


「【歪な水流アクア・イナフ】!」


すると詠唱と共に、アリスの手に水のむちが現れた。


「あなたの炎は理解しましたわ! 一度でダメなら、何度も防げばいい。それだけのことですわ!」


するとアリスは足を止め、振り返った。

そして自身に迫る火に向かって、何度も水の鞭を叩きつけた。

すると目の前に水蒸気が舞い、一瞬にして視界が悪くなっていく。

その度にアリスは場所を変え、また鞭で火を消し、そして慎重にパトリックの魔法を防いでいった。


「どうですかパトリック?! あなたの魔法など、この熟練したわたくしの魔法にかかれば、簡単に防げてしまいますのよ?!」


するとパトリックの真上にサラが現れた。

そして隣にはユイの姿もあった。


急に姿を見せた精霊に、アリスは疑問符を浮かべた。


――何か、するつもりかしら?


アリスはそう思い、警戒を強めた。


「パトリック? 何をもたもたしているの? 油断は仇になるわ」


サラが言った。


「分かってる。油断はしてない。それとサラの力は使わない。使うのはユイの魔力だけだ」


「……分かったわ。じゃあユイ? 頼んだわよ?」


「はいです! 王女様の分も頑張らせていただきます!」


するとサラはニッコリと微笑み、姿を消した。


「じゃあユイ、いくぞ? 練習通り、6:4の割合で、俺とユイの魔力を融合させる」


「分かっています! ユイが4ですね?」


「そうだ」


すると2人の目つきが変わった。


「【火精霊の拒絶リジェクテッド・サラマンダー】!」


その瞬間、パトリックの足元に燃える魔法陣が現れた。

そしてパトリックの赤い炎とユイのオレンジ色の炎が、パトリックの体から吹き出し、上空で融合した。


アリスは笑みを忘れ、慌てるように手を突出し詠唱した。


「【水流の鉄槌ディボルウルーム】!」


パトリックの魔法の規模に合わせ、上級魔法を行使するアリス。


アリスが使った上級魔法は所謂いわゆる、『鉄槌シリーズ』と呼ばれる、上級魔法における基本的な魔術である。

火属性なら『火炎の鉄槌』が有名だ。


「驚きましたわ! そこまで密度の濃い魔法を、既に使えたのですね?」


「これでもまだ、セーブしてる方さ」


だが現状、これがパトリックの精一杯だった。


ユイの炎には融合に適した魔力が宿っている。

宿主を支援し、魔力の安定を促す。

だからこそサラは、パトリックの精霊にユイを選んだのだ。

ユイの魔力を軸に2人の魔力を合わせ、計3つの魔力を融合させる。

そしてパトリックに『青い炎』を習得させようとしているのだ。

だが現状、そこまでには至っていない。


「ユイ、いくぞ!」


「問題ないです!」


2人が意思確認をした瞬間、赤とオレンジの2色に燃える炎が激しさを増し、噴き出した。

そしてアリスに向かい、せまっていく。


アリスは頭上に出現させた巨大な水の玉を操り、迫りくる“炎の群れ”に目掛けて、放った。


「そもそも水の方が上ですわ! 火は水に消されるものですのよ!」


「惰弱な水魔法に、この火は消せない!」


「まっ!」


――惰弱とは失礼な!

と言わんばかりに、アリスは顔を引き攣らせた。


フィールドの中央で、ぶつかり合う火と水。

この戦いに小細工はない。

純粋な力比べだけだ。

そしてこれで勝敗が決まる。


踏ん張りながら、水玉に魔力を送るアリス。

だがそれに対し、パトリックはそれほど緊迫した状態ではなかった。

むしろ、これ以上魔力を使わずにアリスの魔法に打ち勝つには、どう火を動かせばいいのか? という、そんなことすら考えていたのだ。


「やはり以前と変わっていませんわね?!」


これは強がりだ。

アリスは分かっている。

これではパトリックに勝てないことを。


アリスも代表決定戦に向けて、日々、魔法の特訓に励んでいた。

付き人兼、親友の猫族エルの協力もあり、着実に力をつけてはいた。

だが精霊を宿したパトリックは、アリスの予想のさらに上をいっていたのだ。

前回の一騎打ちから今日こんにちに至るまで、魔法の安定と効率的な魔力の配分などを考え、鍛えてきた。

だがパトリックにそれは通用しなかったのだ。


するとパトリックの2色の炎が、アリスの巨大な水球を包み込んだ。

そして徐々に、水蒸気を発たせながら水球が収縮していく。


「アリス……悪いが、俺の勝ちだ」


アリスは消えいく自身の魔法を物悲しそうに眺めていた。


「ふ……そのようですわね。ですが……仕方ありません」


徐々に、アリスの魔法が消えていく一瞬、2人は語り合う。


パトリックは王子でありながら、おちこぼれだった。

そしてその弱みを隠すように、虚勢を張り、上級生から目をつけられては、虐められていた。

頻繁に殴られ蹴られ、だが、それでもパトリックは王子としてのほこりだけは捨てず力を求めた。

そんなパトリックに話しかける者はいなかった。


――アリス・クレスタ以外は。


その昔、ラズハウセン家から追い出されたクレスタ家は、王族としての位を失い、一貴族としてやり直した。

先人の地道な努力の結果、とある国の王が爵位を与え、公爵となったクレスタは、今や田舎の王族であるラズハウセンをもしのぐほど、大きな力を持っていると言っても過言ではない。

そしてアリスは、過去に自分たちクレスタを追い出しておきながら、小さな国に落ちつたラズハウセンが許せなかった。

そして何より、パトリックが許せなかった。

だがそれは同時に、誰よりもパトリックが強くなることを願っていたとも言える。

口の悪さは生まれつきだ。

だが何よりアリスは、パトリックに唯一、話しかけていた人物なのだ。

――ニトがこの学院に現れるまでは。


「アリス……ありがとう。アリスには礼を言っておくよ」


「ん? 何ですの、急に? 気味が悪いですわよ?」


そう言いながらアリスは薄ら笑みを浮かべていた。


「君が俺を奮い立たせてくれた。悔しさを忘れずに、いさせてくれた。だから……感謝してる」


「ふ……おかしなことを言いますのね? 私はただ、王子でありながら不甲斐ないあなたが、見るに堪えなかっただけですわ!」


その時、アリスの魔法が消滅した。

そしてパトリックの炎がアリスに近づき、まるで意思を持った蛇のように睨みつけた。


「アリス……さあ、降参してくれ……」


すると2人はしばらくの間、見つめ合った。

そして――


「……仕様がないですわね。ですが対校戦は来年もあります。わたくしにもまだチャンスはある……そうですわね……今回は、わたくしの負けですわ」


するとアリスが手をあげた。


「――わたくし、アリス・クレスタは、負けを認めます!」


その瞬間、パトリックの炎が粒子となり宙を舞い、そして散った。


そして会場から歓声が巻き起こる。

レベルの高い魔導師の戦いに、皆、興奮していたのだ。


――“『勝者! パトリック・ラズハウセン!』


大歓声に見送られ、2人は会場を後にする。

そしてパトリックは、準決勝へと進むこととなった。


――相手はネムだ。


そして、どちらか一方が決勝へ進出できる。


「だが、勝つのは俺だ」


試合が終わったばかりだというのに、パトリックの目には火が宿っていた。









  会場を後にしたパトリックの前に現れたのは、校長。


――サブリナ・キッドマンだった。


ここは会場から控室まで続いている、専用通路だ。

小さなトンネルのようにも見える。

そして辺りは薄暗く、ひんやりと肌寒く、そして声がよく響いた。


「見事だったわ、パトリックさん。だけど……分かるわよね? 私が何故、ここにいるのか?」


パトリックは無表情から、徐々に表情を曇らせた。

だがパトリックには検討もつかない。


「精霊魔法とは、アダムスがこの世の深淵を消し去るために生み出した力。その力は偉大であると共に、強大なものよ? 使い方によっては世界をも脅かす存在になりえる」


この時点で、パトリックはサブリナの目的に気づいた。


「その……俺は」


するとパトリックの隣で小さく火が燃え上がり、そこにサラが現れた。

そしてサブリナは、現れた精霊王をまじまじと見つめた。


「……彼女が精霊王ね?」


パトリックはその言葉に驚き、心の中で慌てた。


――何故、校長先生がサラのことを知っているのか?


パトリックの額に一筋の汗が流れた。


するとサブリナは表情を変えず、ため息をつくと、続きを話した。


「無断で部屋に立ち入った時点で、本来ならば退学です! そして禁書を持ち出したことも、それに該当する十分な理由になります! おまけに精霊王まで……」


するとサブリナは自分で話しておきながら、辟易するように、また大きなため息を吐いた。


「ですが今回の一件は不問とさせていただきます! 口外も禁止です! “彼”に今、この学院を離れられては私も困りますから……ですがいいですか? こんなことは、もうこれっきりにしてください!」


パトリックは話を聞きながら、退学を覚悟していた。

だが結果、不問だったことに驚き、状況の整理が追いつかず戸惑った。

そして“彼”とは誰のことなのか?

だが心当たりがあるとすればニトしかいない。


「その……ニトが、何か言ったんですか?」


「どうかしらね? 知りたければ本人に聞くといいわ。だけどまさか、王子であるあなたが、こんなに愚かだったとは思わなかったわ。お父様の顔に泥を塗ることになるとは思わなかったのかしら?」


「俺はただ……」


「仮にも王子なら、もっとその自覚を持ってほしいものね。あなたは一国の王子。アーノルドの次に即位することになる、ラズハウセンの王なのよ?」


パトリックは何も言い返せなかった。

すると見かねたサラが口をはさむ。


「誰かは知らないけど、それ以上パトリックを愚弄するのは止めてもらえる?」


すると、まさか精霊が口を出すとは思わなかった――と、言わんばかりの表情をするサブリナ。


「こ、これは生徒と教師の問題です」


「そうかしら? 私には私情を挟んでいるようにしか見えないけれど? それに、パトリックが私と精霊契約をした時点で、それは、すべて最初から決まっていたことなのよ? つまり、これはアダムスの意志。あなたごときがどうこうできることではないわ」


するとサブリナはプライドをへし折られたかのように、鼻をピクつかせ、怒りを隠した。

そして口を閉ざしたまま、サラの目を真っ直ぐ睨みつける。


「ふんっ……私も舐められたものね? 私は校長として、当然のことを言ったまでよ? それを精霊ごときが、馬鹿にするなんて……」


サブリナがそう口にした時だった。

サラの目に青い火が宿り、そして体から同じく青い火が噴きだした。

そして、まるで捕え、逃がさないように、それがサブリナの周りを囲った。


「精霊ごとき?……お嬢ちゃん? 何か勘違いしていないかしら?」


するとサブリナは顔を引き攣らせながら――


「勘違い?! ふ……精霊が人に危害を加えて、どうなるか分かっているの?!」


「やっぱりあなたは何も分かっていなようね? 人間族であったアダムスは、人に害を為すことを私たち精霊に禁じた。けれど、それはただの教えよ? それに主従関係を気付いた精霊は、その掟には従わないの。ただ契約者の意志に従い、相手を殺す!」


するとサブリナはそこで、自分の誤認識に気づいた。

世間的に精霊は、何をされようと人に害を為さないモノだという認識がある。

だが実際はそうではなかったのだ。


サブリナは怯え、唇をつむぎながら震えていた。


「サラ、もうやめろ――」


だがその時、パトリックがサラを遮った。

するとそれに従い、サラの青い炎はみるみる内に収縮しサラの中へと戻っていった。


「先生……すいませんでした。ただ、俺は力が欲しかったんです」


パトリックの言葉には反省と、そして悲しみがあった。


「王子でありながら、俺は……ロクに魔法すら使えなかった。基礎的な魔法すら上手く使えず、上級魔法は不安定。ここに来てから2年以上が経とうとしているのに、俺はまるで成長していない……これじゃあ父に顔向けできない……そう思ったんです」


そう話すパトリックの言葉を聞き、サブリナの表情は先ほどよりも穏やかなものになっていく。


サブリナは決して悪い先生ではない。

ただ学院の責任者として、耳当たりの良いことばかりを言ってはいられないのだ。


「先生、これだけは約束します。俺はニトとは違います」


「――――」


「そしてニトも……いつかは気づくはずです。あれは本来の彼じゃない。あいつは虐められていた俺を助け、そして本当に、心のそこから怒ってくれた。俺が見返せるように協力してくれた。だから違うんです……あいつは仲間思いで、それから、ちょっと情が深すぎるだけなんですよ。だからいずれ……」


するとパトリックは、そこで唇を噛み、口を閉ざす。


「すいませんでした……失礼します」


そしてその先は言わず、サブリナに軽く頭を下げると、その場から静かに立ち去っていった


サブリナはしばらく何かを考えているように、立ち止まっていた。

だが複雑な、険しい表情をすると、静かに通路の奥へと消えて行った。


そしてその通路には、コツンコツンというサブリナの靴音が響いていた。

次第に音は消え、気づくとそこには誰もいない。

会場に向かって吹く風音が通路に響き、不協和音を生み出すだけだ。

寂しさ……そして、切なさ……


それはまるで、この先にある、何かを表しているようであった。

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