第13話 陰謀論

「アダムスの遺物?」


またアダムスか……何かある度に、アダムス、アダムス……

一体そいつは誰なんだ?


「人に害を与えず、人に害を為すもの……何より、世界を『深淵』から守る存在」


「それが、精霊ですか?」


俺は辟易しながらも尋ねた。


「そう。だけど精霊王を除いた他の精霊は違うわ。あれはそこから派生した生命だから。でも精霊王は違う。精霊の王にはそれぞれ、最初の精霊の記憶が宿ると言われているわ。つまり彼らはアダムスの意志を受け継ぐ者たちなのよ」


「なるほど、それもあの本に書いてあったんですか?」


「いいえ、私が個人的に調べたのよ。そして見つけた。過去に精霊王を宿らせた者の日記をね」


俺はその時、何故かパトリックとサラが俺の留守中に仲良くなっていた理由について考えていた。


「そういえば、今『深淵』と言いましたか? 深淵からこの世界を守るための存在だと?」


「ええ、だけど厳密に言えばそうじゃないわ。彼らは『その時』が訪れた時の、保険としてアダムスが自身の存在を用いて作った生命。つまり、暴走した愚者を殺すために遺したのよ」


なるほど……じゃあ俺がもし暴走したら、俺はパトリックに殺されてしまうわけか?


「ハッハッハッ! なかなか面白い話ですね?」


すると先生は真顔で俺の目を見た。


「……信じていないようね?」


「いえ、信用してますよ。俺が面白いと言ったのは、まるでパトリックが俺を殺すようなことを先生が言ったからですよ。そんなことあるわけないのに」


だが実のところ、俺は少し引っかかっていた。

もしや、サラがパトリックに何かを吹き込んだのではないかと、そう思ったのだ。

先生が見つけた日記というのも、過去に精霊王を宿した者の日記だし、そいつも精霊王に聞いたからこそ文字に出来たわけだと、そう考えられる。

だとすればパトリックも……。


「そういえばサラはやたら深淵に詳しかったな~」


「サラ?」


「パトリックが連れている精霊王の名前ですよ。サラマンダ―だからサラ」


「な、なるほどね……」


だが……だとしても、今どうこうできることじゃないし、それに。


「あの程度の力で、俺を抑えられるとは思えませんけどね~」


「……もちろん、さっきも言ったけど、保険よ。日記には『その時』が訪れると、すべての精霊の王が集結するとあったわ。だけど記述は曖昧だった。おそらく日記を書いていた本人は、『その時』を知らずに亡くなったのね」


俺はそこで先生に、ここへ呼び出した理由について尋ねた。

まさかサラとパトリックの話をするためだけに呼び出したわけじゃないだろう。


「この間は助かったわ」


「いえ……」


“この間”とは帝国の一件のことだろう。


「だけど、あれはあんまりだわ。彼らがその後、私に何と言ってきたか、あなたには分かるかしら?」


“彼ら”とは……あそこに集まっていた生徒たちのことだ。


「分かるわけないじゃないですか? 俺はこれでも温室を出てから大分経つんです。それにあいつらとは、“温室”のレベルが違った。金持ちの考えることは、俺にはわかりませんよ」


「そう……」


すると先生は少し、苛立ちをみせる。

だが知らないものは知らないのだから、仕方がない。


「あの中には今回の対校戦にエントリーしている生徒もいた。そしてブロック予選を通過している者もいたのよ?」


俺は気のない返事をした。

すると先生はため息を吐く。


「彼らは棄権したわ。もう対校戦には関わりたくないと。そして、どこにも仕えたくないと言っていたわ」


「ハッハッハッハッハッ! 予選を通過できるくらいの力はあるのに、血にビビったんですか?! ハッハッハッハッ! 傑作ですね?! でも良かったじゃないですか?」


「それは……どういう意味かしら?」


すると先生は目を細め、尖った口調でそう言った。


「対校戦には各国から、偉い人が見にくるんですよね? じゃあ下手なものはみせられないでしょ? 早い段階で選別できて良かったじゃないですか?」


「棄権した者の中には、クラスでトップの成績を誇る者や、学年トップの者もいたのよ?!それを『下手なもの』の一言で済ませる気?!」


どうやら先生は怒っているらしい。

だが……


「やっぱり先生は、生徒に対して愛情はないんですね?」


「は?」


「もちろん俺もありませんよ。彼らには何の感情もなかった。不愉快以外は……」


あれは、あいつらへの報復でもあった。

トアやネムやスーフィリアに対して、あいつは「出ていけ」と言ったんだ。

恐怖による過言ではあっても、俺は許さない。

場違いはどちらかはっきりさせる必要があった。


「でも先生よりはマシだと思うんです。何しろ彼らはこの先、その進路に進んでいれば、間違いなく死んでましたからね。それに早い段階で気づけてよかったじゃないですか。これは先生にとっても、彼らにとってもWIN!WIN!な事なんですよ」


「ちょっと待って?……あなたは何を言っているの? あの時言っていたことは――」


「――あれは本音ですよ。全部」


すると先生は呆れた表情を見せた。


「まさか本当に帝国がそんなことをすると思っているの?! 大陸中を巻き込んだ戦争なんて、もう何百年も昔の話よ?!」


どうやら大昔、帝国が起こした戦争については知っているらしい。

その戦争を終わらせた伝説のパーティーについては、調べるまで知らなかったのに。


「大陸を巻き込むかどうかは知りません。そこは少し飛躍しましたけど、間違いなく争いは起こりますよ? だってこの世界はそういう世界じゃないですか? そもそも魔法という簡易的な兵器が身近にある時点で、戦争が起き易いんですよ」


「……まるで、他人事のように言うのね?」


「まあ、俺にとってはどちらでもいい話ですからね。俺は正義の味方ではありませんから。ラズハウセンを救ったのは偶々ですし、あれはトアたちを助けるためのついででした」


「シエラさんの国でしょ?」


「……まあそうですね。でもあの国自体を救ったわけではありませんよ。シエラとトアとネムのためです。まあ割と長い間、滞在していたので色々と思い出もありますし、結果よかったとは思ってますけどね」


するとそこで微妙なものではあるが、先生から少しばかりの安心を感じた。

何に安心したのかは分からないが……。

この能力ももう少し具体的に分かればいいのだが、そういう訳にはいかないのだろう。


「だけど、やはりあれは間違っているわ。彼らはまだ『外』に出たことがない子供よ。知るには早すぎた。何でも順序というものがあるのよ。それに誰もがあなたのように、なんでもできるわけじゃない。皆それぞれのリズムで生きているのよ? それなのにあなたは……残酷よ。あれは残酷だわ……」


棄権すると言っていたが、参加は魔法契約の元で成立していたはずだ。

生徒たちはどうなるのだろうか?


「そもそも、世界がそうなんですから仕方ないですよ。それに、これから世界はもっと残酷なものになっていきますよ?」


「……またその話? それはもういいわ。あなたの偏見は聞き飽きた」


「信じてないんですね……」


少しくらい違和感を持っていてもいいはずなんだが。

いや、少しくらいはあるのか?

……分からない


「確かに数年前からあの国はおかしいわ。だけど……」


「数年前からおかしいように見せているだけですよ。今の俺にはそれが分かる。

――そうだ! 一つ面白い話を聞かせてあげますよ!」


「面白い話?……まったく、今度は何?」


すると先生はそう聞き返した後、また呆れたような表情をした。

どうやら先生には俺の心意が届いていないらしい。

まあ、と言っても俺は伝わってほしいとも思っていない。

だが先生には色々、教えてもらったし……。


それに俺はもう、あまり自分を隠す気がない。


「先生は、世界とは何だと思いますか?」


「世界? また唐突に聞くのね?」


俺がそう尋ねると、先生はその問いに困っていた。

そして胡散臭いモノでも見るかのような目で俺を見ていた。


「先生は異世界をご存じですか?」


「異世界? つまり別の世界のことかしら? 言葉と概念自体は分かるけど……」


まるで俺を馬鹿にするように、淡々とそう言う。

この人から見れば俺も子供なのだろう。

だが何にしろ、概念を知っているなら簡単だ。


「なら話が早い。これは先生にとって面白い話ですよ。きっと……」


「そう、期待しないでおくわ。あなたの話しは面白くないことだらけだから」


「ハハハハハ……」


俺は愛想笑いを返した。


「おそらく先生は、知り得た知識を自分の内に隠しておくタイプの人間だ。だから教えます」


すると先生は疑問符を浮かべる。


「グレイベルクが行った勇者召喚。それにより呼び出された21名の勇者。

――俺は、その1人です」


「―――――」


俺がそう言うと、先生は口を紡いだまま、固まった。

表情は驚いている。

頬も引き攣っている。だがそれ以外は窺えない。


俺は先生が落ち着く間もなく、続きを話した。


「ですが召喚時に少しありまして、ヒーラーだった俺は役に立たない無能だと判断されたんです。そして当時の王女だったアリエスに、転移魔法で破棄されてしまったというわけです。まあ言ってみれば国外追放ですよ。そこで先生に聞きたいんですけど、先生にとって、異世界とは何ですか?」


だが先生は驚きながら、必死に冷静になろうとしている途中だった。

どうやら早く話し過ぎたようだ。


「ハッハッハッ! 相当、驚いてるみたいですね?! でも大袈裟ですよ。たかが勇者なんですから、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか?」


「いいわけないでしょ?! あの、勇者なのよ?!」


すると先生は少しずつだが、落ち着きを見せた。


「話には聞いていたわ……まさか、あなたが行方不明の勇者だったとはね? どうりで――」


先生は意外と直ぐに信用した。

聞き返すこともしなかった。


「――ああ、でも勇者だから強いんじゃないですよ? 俺はそもそもヒーラーで、最弱でしたから。ハッハッハッ!」


「もういいわ……それで? 私にそれを教えてどうしたいの?」


「この世界は俺たち勇者にとっては『異世界』です。ですが今は、ただの『世界』だ……」


そう。

これまで夢だった異世界は夢ではなくなった。

そして現実的な世界になった。


「ですが最近、ロメロという医者に会いまして、その人におかしなことを言われたんです」


「おかしなこと?」


「はい。俺はしばらく考えました。考えても、考えても、ロメロの言った意味が分からなかった。でも……結果、ロメロの言ったことというのは単純だったんです」


「ロメロとは……Dr.ロメロのことね? その人物なら有名だから私も知っているけど……何を言われたの?」


「まあ、言ったように話は単純で、俺は異世界症候群という病にかかっていたようなんです」


「異世界……症候群?」


「はい、俺は召喚されて直ぐに、この世界が異世界であることに気づいたんでしょうね。そして念願の世界を手に入れた俺はこう思ったんでしょう。――“壊したくない”と」


ロメロは常に“その話”をしていた。

そして“彼”は俺と似ているとも言っていた。

だが似ているだけ。


「厳密に言うなら、失いたくなかったんでしょう。一度手にしたものは、大切であればあるほど、失いたくないものですから。弱い人間なら尚更です。俺は失いたくないと思ってしまった。するとステータスに異変がおきた……基礎値が著しく下がったんです」


「基礎値が下がった? そんなことが……。つまり失いたくないから、この世界に干渉することを恐れたということ?」


流石、校長先生だ。

理解が早い。


「さあ、深いことは分かりませんけど、どうなんでしょうね?……でも、問題はそこじゃなかった。問題なのは、それと同時に“異世界症候群”という状態異常が表示されてしまったことでした。つまり、俺は病を患っていたわけです。ステータス上は――」


すると先生は、俺の言っている言葉の意味が分からなくなったようだった。


「その……もう少し分かり易く言ってくれるかしら?」


だが、俺は続きを淡々と話す。


「ある日、異世界症候群を完治しました。すると基礎値が跳ね上がりました。俺はその理由について考えた結果、すべて異世界症候群によるものだと判断しました。だけど違った。ロメロは俺に、それはステータスの誤認識だと言ったんです」


「誤認識?」


「はい。つまり俺の基礎値が下がったことと、異世界症候群は関係ない。何故なら原因は失うことへの恐怖だから……そうロメロは言ったんですよ」


「その……つまりニトさん? あなたは何がいいたいの? 私は帝国の話をしていたんだけど……」


「――ですが、俺のステータスは正常です。この意味が先生には分かりますか?」


「――――」


俺は先生の疑問を置き去りに、最後まで話した。


「ロメロは……異世界はないと言いました。それは単純に彼が異世界というものを知らないからでしょう。ですが異世界は現実に存在する。俺がここにいることが何よりの証拠だ……だから、俺のステータスは正常なんですよ」


「だから! それが帝国の話とどういう関係があるの?!」


「人は皆、利己的な都合で生きています。帝国も同じです。心意は分かりませんが、彼らは世界を動かそうとしています。いや、現に今、動かしている。自分たちの思い通りに」


「動かしている?……」


すると先生は難しい顔をした。

俺の話を振り返っているのだろうか?


「この先、この世界に何かが訪れます。もし帝国を阻むものが現れ、そして帝国が破れたとしても、結局は同じことです。帝国に留まらず、また次の帝国が現れるんですよ。この世界はそういう世界です。『世界』というものに、自身の都合を求めるものがいる限り――」


俺がそう締めくくった時、先生は大きなため息を吐いた。

そしておもむろに席を立つ。


結局、この人は俺の言うことを分かってはくれないのか……


「はぁ……私が馬鹿だったわ。あなたの話を真面目に聞いた私がね……陰謀論には興味がないの。私は現実を生きているから! あなたと違ってね?」


先生はワザとらしく、そしてうんざりするように、もう一度ため息を吐いた。


「先生、俺は質問に答えましたよ? だから……彼らは気づいて良かったんです。人は慣れます。一度や二度じゃダメですけど、俺が慣れたようにあのロバートくんもその内、慣れますよ。そして、“その時”を迎えた時に、感謝するはずです。あの時、気づけて良かったと……戦場では一瞬の躊躇いが、命とりになるらしいですからね」


すると先生は会話を止めるように、口を閉じた。

そしてしばらく黙った。

部屋には、俺と先生の呼吸する音だけが聞こえる。


「……私はあなたが、何故、帝国が戦争を起こすのか……それについて聞いているんです。最初からね?」


「俺はもう答えました。もっと情報が欲しいなら、先生が知っている『深淵』に関する情報をすべて、俺にください」


「話にならないわね。やはりあなたは間違っている。今に痛い目を見るわよ?」


すると先生はそう言った後、苛立った態度で部屋を出て行った。


「まったく、ヒステリックだな~……」


あの人には分からなかったか……。


王の盾は3人にいる。一人はラージュだ。

そして後2人、おそらくその2人もラージュ同様、どこかの国へスパイとして送り込まれているのだろう。

だとすれば、この先また何かが起こる。

そしてそれは次第に規模を広げていく。

辿りつく先は戦争だ。


これは飛躍した考えだろうか?


俺はラズハウセンの戦争が、どこか仕組まれているように思えてならない。

何故なら、帝国くらいの力があれば今すぐにでもラズハウセンを落とせるからだ。

あのラージュの魔力は今まで出会った中でも、割とトップクラスだった。

前回は俺がいたから無理だったが、帝国がこの学院へ、あの2人を送ったことからも俺がもうあの国にはいないことが周知の事実であると分かる。

ならば今すぐ落としに行くべきだ。

だが帝国はそれをやらない。

おかしい……。

ラズハウセンは罠にはめられているのだろう。

多分……


なら俺はシエラを助けに行くべきか?

だがシエラはそれを望むだろうか?

あいつはそもそも俺たちの動向を拒否したし……。


今は……答えが出ない……。


「そういう時は、考えない方がいいか?……」


ここから見えるフェールドの上では、パトリックとアリスが戦闘を繰り広げていた。


そういえば、パトリックは王子だろ?

なら国に戻らなくて大丈夫なのだろうか?


俺はそんな疑問を傍らに、パトリックの試合を観戦する。

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