第18話 忘れぬ者
グィネヴィアは王女であることを誤魔化しているようであった。
追及されるたびに照れ笑いを続けるのだ。
だがカゲトラは、時に大胆に語り恥じらいも見せる性格と、その美貌に惹かれた。
「その、王女様は何故ここにいらしたのですか?」
湯上りで火照ったような顔は、既に冒険者のものではない。
「王女様だなんて、グィネヴィアで大丈夫です。その、皆様があの龍の心臓だということは、一目見て分かりました。なので王女としてご挨拶をと思いまして……」
「なるほど、そうでしたか。私は龍の心臓のカゲトラと申します」
紳士ぶりながら、カゲトラは握手を求めた。
ゼファーとシャオーンがニヤつきながら、ひそひそ話を始めた。
「カゲトラ様のことは存じております。皆さまのことも……」
「グィネヴィアさんは、この像についてお詳しいようでしたが」
「はい、もちろんです。これはアダムス様を象ったものでして――」
カリファに注意されながらも、ゼファーとシャオーンはカゲトラの照れた様子が面白くて仕方ない。
「どうしたの、アドルフ?」
一方、アドルフは違った。
「いや、何でもないよ」
グィネヴィアを見つめる彼の目付きが冷ややかに思えたからだ。
カリファだけが気付き、だがアドルフはよく遠い表情をすることから些細な会話に終わった。
この日、カゲトラは人生初の恋をした。
※
数週間が過ぎ、5人は未だ神国を離れていない。
カゲトラのためだ。
戦争で一時、塞ぎ込むように覚悟という言葉で自分を取り繕っていたカゲトラ。
彼は無理に強くあろうとしたのだ。
もちろんその覚悟は偽物ではない。
だが偽物ではないにしても異変に近いものであった。
ビヨメントの再建に努めていたカゲトラは、時折、どこか遠くを見るような表情をした。
彼は5人の中で最も闇を彷徨ったのかもしれない。
今カゲトラは、あの頃ならば信じられないのど幸せな表情をしていた。
「彼女と付き合うことになった」
ある日、カゲトラはグィネヴィアを連れ4人に告白をした。
二人して頬を赤く染め。
「よくやった!」
ゼファーは微笑み。
「カゲトラにも春がきたか」
シャオーンは嬉し涙を浮かべ。
「だと思ってたわ」
カリファはニヤけた。
「アドルフも何か言ってやれよ」
ゼファーの言葉に、アドルフはワイングラスを置き。
「うん。僕も嬉しいよ。おめでとう」
笑みを浮かべ、ワインを一口飲んだ。
だがこれは禁断の恋だ。
いくら英雄とはいえ、一冒険者が一国の王女に手を出すことは許されない。
カゲトラは、せめて仲間には伝え、彼女との関係を国に気づかれぬようにしたのだ。
だが別の問題もある。
5人は冒険者だ、いつまでもこの国に居座る訳にはいかない。
別れの日は訪れ。
「お待ちください、カゲトラ様、私も連れて行ってください!」
ホテルの一室にグィネヴィアの悲痛が響く。
「君は王女だ、連れてはいけない」
「では、私はどうすればよいのですか、次はいつお会いできるのですか?」
黙るカゲトラへ、ゼファーが提案した。
「実は一度ビヨメントに戻ろうかと思ってたんだ。海に出たら、もうこの大陸には戻って来られないかもしれないだろ。だから半年後にビヨメントで会おう。どうするのかはそれまでに決めればいい、カゲトラ……意味は分かるな?」
ゼファーは王女を誘拐しろと言っているのだ。
カゲトラは理解するが、深刻な様子で。
「分かった。皆、ビヨメントで会おう」
「それじゃあ皆、ビヨメントに帰ろう」
「僕は残るよ」
アドルフだった。
「ん、なんだアドルフ、まだ何か用があったのか?」
「うん、実はとある鍛冶師に武器の発注を頼んでるんだ。それがもうすぐなんだ」
「なんだよ、じゃあ終わるまで待つか。別に今日じゃなくてもいいしな」
「いや、いいんだ。受け取ったら、次はルージュゲルトにも行くつもりだから」
「ふ~ん、そうなのか。分かった。じゃあ先に俺たちは戻ってるから、終わったらビヨメントな?」
「うん、分かった」
アドルフも残ることになった。
「じゃあ二人とも、いえ、3人ね。また会いましょう」
カリファが先に部屋を出た。
「では友よ、また会おうぞ」
シャオーンも部屋を後にし。
「じゃあな、3人共。ビヨメントだぞ、分かったな」
最後にゼファーが去り、一先ずの別れとなった。
※
3人が神国を離れてから一カ月が過ぎようとしていた。
ビヨメント近郊の小さな丘。
そこにゼファーとカリファ、二人の姿はあった。
「懐かしいな」
「ええ、そうね」
幼い頃、丘は4人にとって秘密基地だった。
ここからビヨメントの町を見下ろせば、幼少の彼らは大人びた感覚を得られた。
「色んなことがあったけど、やっぱり、立て直せて良かったと思ってるわ」
複雑な心境であった。
かつての永遠の町はなく、超人族も今や4人のみとなった。
ビヨメントは難民が復興した町だ、面影はない。
「そうだな、色々あった……」
4人が家族に見送られ町を旅立ってから、15年近く時が流れていた。
シャオーンが加わり5人となり、今や彼らを知らぬ者はいない。
Sランク冒険者になりたかっただけの夢追い人が、今では英雄だ。
「カリファ、実は話したいことがあるんだ」
「話?……」
カリファは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
だが直後、どこからか声が聞こえる。
ゼファーの名を呼ぶ声だ。
二人だけの時間が終わり。
「ん、この声、シャオーンか?」
「……そうね、シャオーンだわ。どうしたのかしら、大声なんか出して」
二人は丘を下り、すると血相を変えたシャオーンと出くわした。
「シャオーン。どうしたんだ、そんなに慌てて?」
肩で呼吸するほどに息を切らすシャオーン。
息を整えながら、彼はあることをゼファーへ告げた。
「……は? 今、なんて言ったんだ?」
聞き間違えであると思った。
「――カゲトラが殺された」
シャオーンはもう一度言った。
絶句から驚愕。
沈黙があり、しばらくして誤魔化すような不自然な笑みがあった。
悲嘆の表情があり、ゼファーの心は大きく乱れた。
シャオーンの右手にはバノーム通信と呼ばれる情報誌があった。
記事に目を通したゼファーは、そこに「英雄カゲトラ 処刑!」の文字を見る。
「どういう……」
ゼファーは理解が遅れ言葉を失った。
「カゲトラは、神国の王女を誘拐しようとし、殺された。王はカゲトラを殺し、広場で
ゼファーの手にある情報誌がぐしゃぐしゃに乱れ、彼の表情が徐々に、激しい怒りに変わっていく。
歯ぎしりをした途端。
大地に地響きが起きた。
地面が揺れ森の鳥類たちが飛び去っていく。
足を取られるほどの揺れだ。
空気が重く張り詰め。
「おちつくのだ、ゼファー!」
シャオーンの言葉に、揺れは徐々に治まった。
荒げた波動を抑え、ゼファーはゆっくりと口を開く。
「シャオーン、神国に行くぞ」
紅く光る二つの目が、シャオーンへ向けられた。
「ああ、そのつもりだった」
「ゼファー?……」
カリファは不安げな眼差しを向けた。
「カリファは、ここに残ってくれ」
「え」
「そうしてくれ。何か、嫌な予感がするんだ」
暗い声色でゼファーは言った。
※
支度を済ませた二人は町の入口に立ち。
「やっぱり、私も行くわ!」
カリファとの、一先ずの別れを済ませる。
「ダメだ。残ってくれ、頼む」
ゼファーは同行を認めない。
だがカリファは納得できなかった。
「あ奴がそう簡単に殺されるはずがない」
「ああ、あの国にカゲトラを殺れるほどの者がいるとは思えない。だがこれが事実だとすれば……」
「裏に誰かいる……」
「そういうことだ。カリファ、分かるな?」
ゼファーは同行させられない理由を説いた。
「でもまだ、アドルフも戻ってきてないのに」
「あいつが戻ってきたら、俺たちは神国に行ったと伝えてくれ」
「だがあ奴もこの事態を知り、我らと同じく向かっておるかもしれぬがな」
「でも、だったら私も力になれるわ!」
カリファは嫌な予感がしてならなかった。
「カリファ、俺は……」
だがそれはゼファーにとっても同じだ。
「……話って何よ?」
「……」
「私に話があるって言ったわよね、だったら今言って」
震える声だった。
「帰ったら話す、必ず。直ぐに戻ってくるから……」
声色は言葉と正反対の気配を帯びている。
まるで戻れないことが分かっているかのようだ。
「分かったわ。私は……みんなの帰りをここで待ってる」
カリファは笑顔で言った。
「すまない……」
「私は……あの丘で、待ってる」
涙で濡れた顔を拭い、カリファは微笑む。
ゼファーは胸が張り裂けそうな思いだった。
だが最善の判断だ、カリファを連れて行くことはできない。
カゲトラの実力は5人の中でトップだった。
そのカゲトラが殺されたということは、残された4人以上の者がいるということだ。
ならば自ずと覚悟を決めなければいけない。
二人は馬に
見ていられなかったゼファーは最後にこう告げた。
「3番目の引き出しにある……俺が戻ってくるまで持っていてくれ」
「え?」
「戻ってきたら、ちゃんと話すから。だから俺の、俺たちの帰りを待っていてくれ」
言葉を最後にゼファーは、シャオーンと共に颯爽と駆けていった。
そして。
一人残された、カリファは――。
「……あれ?」
彼女は涙を拭い。
「私……なんで、泣いてたんだっけ?……あれ、何でこんなところに……」
カリファは記憶を失っていた。
永遠の町も、冒険も、龍の心臓も、これまでのこと、そのすべてを忘れた。
首を傾げ、不思議そうな顔をし、カリファは町の方へと歩いていく――。
※
その昔、龍の心臓という5人の冒険者がいた。
彼らは数々の冒険と苦難を乗り越え、この世界に奇跡と平和をもたらし。
英雄と呼ばれた。
彼らは誰よりも、この世界の平和を願った。
だがそれを知る者はもういない。
龍の心臓とは一体何だったのか、5人の冒険者は実在したのだろうか。
彼らの冒険を、そして願いを知る者はもういない。
彼ら5人の名前は、不自然にもこの世界から消えてなくなったのだ。
だが事実が消えることはない。
いつまでも、それぞれの胸の中に残り続けるのだ。
彼らを忘れぬ者がいる限り。
彼女もその一人だ。
彼女は今も待ち続けている。
戻ってくると言った、その言葉を信じて。
この永遠の町――ビヨメントで。
今もあの丘で、誰かの帰りを待ち続けている。
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